2008/03/22 - 2008/03/22
317位(同エリア354件中)
離島民さん
「高北土楼群景区」の見学を終えた後は「洪坑客家土楼民俗文化村景区」へ移動。約10分ほどで到着。
昼食は朝よりは豪華。名物の「梅菜扣肉」を初め、牛肉団子のスープや大根スープ、里芋、魚を揚げたもの、カリフラワー、竹の子、客家風の具の入った団子のようなものと小さな白玉団子など。
個人的には牛肉団子のスープが好み。若い香港人男性は「肉が少ないな〜」といっていたけど、確かに根菜類や山菜などが中心の食事。まさに質素倹約。厳しい環境で耐え忍んで勤勉に励む客家の生活ぶりがこれだけでもよくわかるような感じ。
食後は環保車に乗って福裕楼の辺りまで移動。往復で10元という話だったけど、ツアーメンバーが交渉して片道5元で復路は各々歩いて駐車場に戻ることに。歩けば片道1時間掛かるというけど、その途中に土楼が点在しているので問題なし。しかも集合時間は5時半。4時間も自由行動時間がある。
問題があるとすれば雨。午後からついに降り始めてしまった。これは残念。
ということで、福裕楼の辺りで降りてから各自自由行動。みんなは初めにガイドさんや添乗員さんと一緒に奎聚楼の方へ向かっていたけど、他のツアーの人たちも丁度一緒になって込み合っていたので、一人そこから離れて福裕楼から見始める事に。
福裕楼→光裕楼→慶福楼→如升楼と見て周り、その後辺りの表に名前の出ていないような土楼をいくつか見て回った。
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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洪坑客家土楼民俗文化村景区に到着。写真は景区外にある環興楼。環興楼は1550年に建てられた古い円楼。中は見に行きませんでした。
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向こうに見えるのが慶雲楼。こちらも景区外の土楼。その左手に見える建物がどうやらレストランになっている様子。
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慶雲楼の前の川。
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慶雲楼全景。慶雲楼は清の乾隆年間に建てられた方楼。
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慶雲楼の入り口。名前が剥がれかかっています。
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慶雲楼に入るのは後にして、まずはレストランの方へ向かいます。
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レストランの様子。多くのツアーが利用しているようでした。
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山盛りのご飯。
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昼御飯。牛肉団子のスープが美味しかったです。
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食後にちょっと慶雲楼の中を覗いてみました。
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観光車に片道だけ乗って(5元)、景区の一番奥まで行きます。
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残念ながら、雨が振り出して来てしまいました。
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福裕楼の近くが終点。
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川の向こうには如升楼が見えます。
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如升楼の方へは橋を渡っていきますが、そちらは後で。
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まずは福裕楼へ。
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壁には漆喰が塗られており、色落ちはしているものの白いです。
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福裕楼は清の光緒6年(1880年)に建てられた五鳳楼。でも、近くからではその姿はわかりにくいです。
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門の右下にある飾り。
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門の左下の飾り。狛犬のようなものでしょうか?
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周辺の土楼とは異なり、門や屋根などの飾りが非常に繊細な造り。広州などでみた清代の豪邸に似た雰囲気があります。
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特産品の梅菜のようです。
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家鴨?
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福裕楼に隣接する光裕楼へ向かいます。
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光裕楼は清の乾隆40年(1775年)に建てられた大型の方楼
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「光華復旦 裕業重興」。
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中庭の平屋の建物。
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ちょっとぶれてしまいましたが、祖堂には祭りなどにつかわれるであろう龍の姿が。
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大富豪の林三兄弟の本邸である「裕福楼」ほどではないものの、その血縁者が住む家屋であるからか、梁の彫刻も凝っています。
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まだ数家族が住んでいるようですが、隣の福裕楼と比べて観光客が少ない為か、中は静か。
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光裕楼に隣接する慶福楼へ。こちらも林氏が居住。清の乾隆45年(1780年)に建てられた方楼。
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慶福楼の中の様子。
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慶福楼の前。川の水が利用できるようになっています。
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ひとまず最初のところまで戻って如升楼へ向かうことに。写真は確か光裕楼と福裕楼の間。
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あの橋の方まで戻ります。
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福裕楼の脇の建物。
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川面に如升楼が映っています。
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先ほど歩いてきたところ。手前は九盛楼。九盛楼も林氏が清の乾隆年間に建てた方楼。
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学校の裏手の方にも土楼が。
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でも、まず先に如升楼へ。
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林氏によって清の光緒年間に建てられた、非常に小さな円楼。
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空が丸く切り取られたよう。
天気が悪いのが残念。 -
雨。
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上から見た様子。あの葉っぱも梅菜なんでしょうか。
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如升楼近くの方楼。名前が書いてありません。
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こちらも名無し。
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観景台があったので登ってみました。福裕楼の五鳳楼形式がよくわかります。
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「落下に御注意」。
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先ほど見えた学校の裏手にある土楼のほうへ来て見ました。拱成楼は損壊箇所が目立ちました。
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門の入り口辺りには屋根もあり、座るところもあるので住民の溜まり場となっていました。
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このあたりの土楼は観光化されていません。
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拱成楼の更に奥にある土楼の内部。拱成楼よりも更に損壊箇所が多く、2階部分のないところがこんなに。
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土楼の中を見ていると、黒い小さな子犬が。子供たちが3人いたので、「他幾歳?」と聞いてみると、「三歳?」、「一歳?」「両歳・・・二歳!」と三者三様の答えが。でももっと小さいような気が・・・。
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先ほどの損壊のひどい土楼の裏側。
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「日新学堂」。かつて林氏が建てた学校のようです。
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日新学堂のすぐ近くには現在の学校もあるようで、雨の中、子供たちがバスケットボールをして遊んでいました。
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