2008/01/19 - 2008/01/19
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sikizakuraさん
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私生活の場となっていた内廷は、中華皇帝の威厳を示すことに重点が置かれた外朝とは全く異なる雰囲気でした。別の意味で驚くことしばしばでした。
丁度「ラストエンペラー溥儀展」が開催されていたため、実際に溥儀が生活していた建物に入り、溥儀が実際に使用した家具などを感慨深く見ることができました。
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紫禁城外朝の北端にある保和殿基壇から、内廷の正門ともいえる乾清門を眺めています。
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乾清門をくぐります。
明の時代には外朝の太和門で皇帝が政務を行っていたが、清の時代にはこの門に場所が移ったそうです。
外朝で大きな太和門などを見た後なので、とても小さく感じます。 -
乾清門の看板、漢字の右には、満州文字で乾清門と書かれているそうです。
清朝は満州族による王朝だったことを示しています。 -
乾清門から、内廷の中心的な建物、乾清宮が見えます。
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乾清門から乾清宮へは、両側を彫刻のある欄干に囲まれた道を通ります。
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乾清宮に向かう途中から、振り返って乾清門を
この鼎(かなえ)も、防火用の水瓶??残念ながら、忘れてしまいました。 -
乾清宮の内部、玉座です。
殿内にある“正大光明”の額の四文字は雍正帝のもので、自分のあらゆる行いはすべて正当であり、細事にこだわらないという意味です。康煕帝以降は皇帝自らが指名した後継者を書き、この額の裏にしまい、皇帝亡き後にその額を開けて後継者を宣告したそうです。 -
これは、乾清宮前から、乾清門を
その乾清門の屋根に重なって見える屋根は、保和殿の屋根でしょう。 -
乾清宮の下の屋根にある飾り。火除けの意味があるそうです。
魚らしいのですが、インカで見るようなそんな雰囲気があります。 -
この狭い通りは、乾清宮の西側を南北に貫く通りです。これを北に向かいます。
この写真の中国人カップル、カメラを向けたら、女性が恥ずかしそうに下を向いてしまいました。いいなあ〜。 -
この小さな門をくぐり、溥儀が過した館へ。
外朝でスケールの大きい建物を数多く見てきただけに、この門がやけに小さく貧弱に見えて仕方ありませんでした。 -
中に入りました。ここが、溥儀が結婚後に過した場所だそうです。
なんとなく、四合院造りのような -
溥儀がここで過したのは、袁世凱により皇帝を退位させられた後だったようです。
この二つの建物内で「ラストエンペラー溥儀展」が開催されていました。 -
麗景軒、ここで溥儀は新婚生活をおくりました。
この中には、溥儀が使用した家具などが今も置かれています。私生活の場は、こんなに狭いのかと驚きました。日本の将軍や大名の屋敷の方が、規模が大きいからです。
入ってみます。 -
溥儀は西洋好みだったそうです。室内には、洋風の家具。
溥儀が実際に使っていたダイニングテーブル -
溥儀愛用のピアノ
メーカー名を探したのですが、分かりませんでした。ヤマハでも、スタンウェイでも、ベーゼンドルフでもなさそうです。 -
溥儀の部屋にあった置物です。何か不思議な…
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そこから出て、さっきの通路を、今度は九龍壁へむかいます。
ここは、内廷の西側です。今度は、乾清門前を通って、内廷東側へ行きます。 -
途中、四つ星トイレを発見
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北に乾清門、南に保和殿、その間を西から東に向かいます。
この水がめは、乾清門西にある物です。この向こうに見える門が、錫慶門です。その先に九龍壁が。 -
再び、乾清門の前を、今度は横切ります。
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これは、保和殿
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で、この錫慶門をくぐると
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珍宝館へ入るには、このチケットが別に必要となります。これは、この門手前で買います。
この先の九龍壁の北側にある皇極門が入口となります。 -
そのチケットの裏面
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これが、九龍壁です。
雲と波の間で珠と戯れる九匹の龍が、描かれています。 -
どうも、中国の龍は異様な姿をしている、なんか変です…ね?日本人が描く龍の姿の方が堂々としていると思えてならない。
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どうも、貧弱に見えてならない。それに胴の太さに比べて、手足が太すぎ、長すぎる。
やっぱ、変だよ、ここの龍は、と思いました。ドラゴンボールに出てくる龍の方が、絶対にいい。 -
ガイドさんが、九龍壁にまつわるエピソードを説明しています。
その話とは、この九龍壁完成真近かに起きた事件です。向かって左から三番目の白龍を作っている時のこと、 -
作業中、この腹部の彫刻を落し割ってしまいました。しかし、作り直していては期日に間に合いません。間にあわなければ、関係者全員処刑となってしまうので、急遽、木製の彫刻を造りそれをはめて完成にこぎつけた、という逸話です。
つまり、「みんなで騙せば、時の皇帝も怖くない」というお話です。
これは、その部分の写真です。 -
その後、九龍壁の反対側にある皇極門をくぐると、この寧寿門が見えます。
ここからの建物群は、珍宝館となり、先ほどの入場券が別に必要となります。今回は南から入って北に出ます。 -
その寧寿門左の獅子。
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皇極殿です。
これ、実は、先ほど見た乾清宮にそっくりだったので、最初見たとき、乾清宮へ戻ってきたのかと錯覚を起こしてしまいました。
それもそのはず、乾清宮を模して造ったのだそうです。 -
珍宝館で見た、大きなダイヤモンド。
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次は、乾隆花園にむかいます。
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看板には、「寧寿宮花園」と書いてあります。これが正式名称で、乾隆花園は、通称だそうです。
乾隆帝の隠居所だったので、そう呼ばれたらしいです。 -
「えっ!」て驚いたのは、その狭さです。
中国の皇帝はこんな狭いところが好きなのか、と。こんな狭い庭園を眺めても、心は安らがないのでは??
日本の大名庭園、例えば小石川後楽園・六義園などの方が広々としていてくつろげるように思いました。 -
これは、太湖石です。中国の宮廷人が好んで用いた庭石です。頤和園にもあります。
こんな石のどこがいいのかと思った時、私は根っからの日本人だなあ、と。 -
乾隆花園の内部、
乾隆帝以降の歴代皇帝が、この建物の中から庭園を眺めたであろうと想像します。 -
乾隆花園の眺め
もう少し丁寧に沢山写真を撮ってくればよかったと、今は反省しております。 -
花園を後にして、この建物に入っていきました。
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この建物の中には、この人が掛け軸の書を書いていました。
この人、実は、ラストエンペラーの実弟溥傑の甥だそうです。中国では書道家としても有名だそうです。 -
希望する人にはこの場で書いてくれます。
欲しかったのですが、なぜか書いてもらいませんでした。今になって、失敗したと思ってます。これぞまさに「後悔」です。 -
これで、3万円だそうです。書いてもらって鑑定団に出してみたかったですね、今頃言っても仕方ないけど。
ちなみに、3万円は、ここ故宮博物院に寄付されるそうです。つまり、ボランティアでこの人は書いているとのことでした。 -
ここを出て、また、お宝を見に行きました。
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天球儀です。星のところは真珠が埋め込んであります。
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金メッキされた仏様
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まだ、珍宝館の中にいますが、これがどの建物か、思い出せません。
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珍宝館を出て西へ神武門に向かいます。これは、紫禁城北の端を東西に貫く通りです。
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珍宝館北の出入口から出ると、紫禁城東北の角にある角楼が見えます。
日本風に言えば、隅櫓でしょうか。 -
珍宝館を出て西に歩くと、
ラストエンペラーの撮影シーンに使われた南北に走るこの通りが左手に見えます。
500mくらいの直線です。この先には、先ほどの珍宝館のチケット売り場があります。 -
紫禁城、北の門、神武門が見えてきました。
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その神武門を抜けると、景山が目の前に現れます。ここに上りたかったのですが、今回は、コースに含まれていませんでした。残念です。
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外から見た神武門、故宮博物院と書いてあります。
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さようなら、紫禁城、
帰りのバスの車中から先ほどの角楼を見ながら紫禁城に別れを告げました。
約3時間の歩行でした。それにも拘らず、疲労感はありませんでした。
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