2007/12/25 - 2007/12/25
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マキタン2さん
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はじめての奄美大島15景めぐり3日間
【2日目】ホテル-?ホノホシ海岸-古仁屋港-?<東洋一と言われる大島海峡を海上タクシーで渡る。>-加計呂麻島・瀬相港-加計呂麻島観光【?呑之浦-?スリ浜(白い村と呼ばれる美しいビーチ)-?安脚場-?諸鈍長浜】-生間港-<海上タクシー>-古仁屋港-?住用・黒潮の森マングローブパーク【OPカヌー体験】-名瀬[泊] 奄美シーサイドホテル
加計呂麻島(かけろまじま)は鹿児島県大島郡瀬戸内町に属する。面積77.2平方キロメートルで、 2006年7月現在の人口は1,600人余。
奄美大島の南側に大島海峡を挟んで存在する東西に細長い離島である。大島海峡は水深が深く、東西両側で外海に接続している。
加計呂麻島の情報については・・(参考になります。)
http://www.kakeroma.com/
http://www.ritou.com/amami/kakeroma.shtml
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 観光バス JALグループ
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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島尾敏雄。小説家。
第十八震洋隊を率いて加計呂麻島に駐屯するも、出撃前に終戦。 -
島尾敏雄文学碑
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夫婦2人が向き合う姿。
中の円は魚雷艇を象徴という。 -
特攻隊員として出撃を待つ『出発は遂に訪れず』等に詳しいとのこと。
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駐屯中に知り合った大平ミホ(後の妻)との逢瀬を描く『島の果て』から
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加計呂麻島の薩川湾は太平洋戦争中、軍港として栄え、大和や武蔵などの連合艦隊が停泊したことで有名とのこと。
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呑之浦(のみのうら)には、特攻艇震洋の基地が置かれていた。
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震洋(しんよう)
第二次世界大戦で日本海軍が開発した特攻兵器。 -
小型のベニヤ板製モーターボートの船内艇首部に炸薬(約250kg)を搭載し、搭乗員が乗り込んで操縦。上陸しようとしている敵艦に体当たり攻撃することが目標とされた。 末期は敵艦艇の機銃増加に伴い、機銃を破壊、到達するために二発のロケット弾が搭載されたとのこと。
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終戦時には本土決戦に対する備えとして4000隻近くが実戦配備についていたらしい。バカげた作戦が実行されなかったのが救いだ。
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板根が特徴のサキシマスオウ。
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カケロマブルーの海
薩川湾が連合艦隊の泊地として用いられていた。
この泊地を防衛するために、大島海峡東端に面した加計呂麻島の安脚場(あんきゃば)集落東側の加計呂麻島東端に軍事施設が置かれていた。 -
内湾は静かだ。
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サキシマフヨウの花が咲いた。
芙蓉の変種だろうが、ピンクが上品。 -
サキシマフヨウが青空に映える。
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安脚場(あんきゃば)戦跡公園は鹿児島県大島郡瀬戸内町の加計呂麻島東端にある公園である。
当時の兵舎が今も残っていた。 -
金子毛防備衛所の解説板。
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金子手崎防備衛所の建物跡
1941年(昭和16年)から海軍によって砲台として整備された。この際に大島海峡東端に設置した防潜網や管制機雷を遠隔操作する金子手崎(かねこてざき)防備衛所が建設されたという。
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人影もないが、どんな思いでいたか?
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シラタマカズラの実。
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安脚場戦跡地に残存する弾薬庫跡
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弾薬庫の説明板
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弾薬庫の中に入った。何もないが綺麗な空間があった。
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