2007/09/08 - 2007/09/08
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スキピオさん
9月8日(土)快晴
今日は、まずメトロで「トロカデロ駅」下車、シャイヨー宮殿→エッフェル塔→シャン・ド・マルス公園、ここから87番のバスに乗り、「オデオン」下車、パリ最古のカフェとして有名なレストラン「プロコップ」で昼食をとる。
昼食後、オデオン座を経由して、リュクサンブール庭園を散歩する。「リュクサンブール駅」でRERに乗り、一つ乗り換えで「オルセー美術館駅」で下車する。もちろん、オルセー美術館見学をする。
6時に美術館を追い出されて、ソルフェリーノ橋→テュイルリー庭園→コンコルド広場→マドレーヌ教会→ヴァンドーム広場→オペラ座大通り→ホテルまで散歩しながら、帰る。
皆さんご苦労様。
写真【エッフェル塔のエレベーター内の注意書き】
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【証券取引所】
みんなの宿所「オペラ、メトロポール」の近くにあるこの立派な建物は、1826年に完成する。 -
【パノラマ・パーサージュ】M氏撮影
このパッサージュは1799年に開通する。 -
【ジュフロワ・パーサージュ】
このパッサージュは1845年に完成する。蝋人形で有名な「グレバン」の出口がある。 -
【トロカデロからエッフェル塔】M氏撮影
メトロで「リシュリュー・ドゥルーオ駅」から「トロカデロ駅」まで、乗り換えなしで一本。
朝だったので、観光客の姿は少なかった。 -
【シャイヨー宮殿】M氏撮影
シャイヨー宮は1937年のパリ万博を機に建設される。設計者は、カルリュ、ボワロー、アゼマ。 -
【エッフェル塔】M氏撮影
シャイヨー宮前の庭園を下り、イエナ橋を渡る。エッフェル塔の下に辿り着くと、エレベーターの前には長蛇の列。我々も並ぶ。 -
【最上階のエッフェル像】
最上階に、エッフェルが実験室として使っていた部屋がある。 -
【エッフェルと対面するエジソン】
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【セーヌ河、白鳥の小径】
この小径の先端に「自由の女神像」がある。 -
【トロカデロの丘】
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【凱旋門とエトワール広場】
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【シャン・ド・マルス公園、陸軍士官学校】
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【エッフェル塔】M氏撮影
シャン・ド・マルス公園から撮ったエッフェル塔。 -
【エッフェル塔】
シャン・ド・マルス公園のバス停から。
ここから87番のバスに乗り、サン・ジェルマンの方へ・・・ -
【レストラン「プロコップ」】
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【看板】
ルイ14世の時代、1686年創立と書かれている。パリで最初に出来たカフェとして名高い。プロコップさんはシチリア人だったそうだ。 -
【1999年5月4日の詩人の会】
ベルギーの詩人モーリス・キャレーム(1899-1999)の生誕百年を祝った宴会が催された。
彼は、「詩のプリンス」の称号を1975年にカフェ・プロコップで与えられた。 -
【看板】
「ル・プロコップ カフェ・アイスクリーム 1686年創業」と書かれている。
当時のアイスクリームはどんなだったのだろう。ちなみに、今パレ・ロワイヤルに隣接する「コメディー・フランセーズ」はこのすぐ近くにあった。だから、貴顕紳士・淑女たちは、モリエールの芝居を見て、抱腹絶倒した後、冷たいアイスクリームをほおばったに違いない。 -
【若きヴォルテール像】
このカフェを愛用していた哲学者ヴォルテール(1694-1778)が使用していた家具調度が置かれている。 -
【ヴォルテール愛用の小卓】
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【ヴォルテールの書棚と書】
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【ヴォルテールの肖像】
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【晩年のヴォルテール像】
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【店内のギャルソン】
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【26ユーロのムニュ】
前菜+メインディッシュ+デザート
で,26ユーロだった。
まず食前酒、みんなにはキール、僕にはもちろんパスティスを注文する。飲み物は暑かったので冷たいシャルドネ白葡萄酒にした。前菜はエスカルゴ、グラタン・オニオンスープ、メインは鱒料理、ビーフなどなど。 -
【トイレ紳士用】
この店の常連客がマラー、ダントン、ロベスピエール、ナポレオンなど大革命の立役者たちだったからだろうか。トイレの入り口のマークが「citoyen, citoyenne(市民、女市民)」となっていた。
革命中、階級的な言葉である「ムッシュー、マダム」は嫌われ、「市民」が用いられたことによるのかも知れない。 -
【紳士用トイレに飾られた気球の絵】
熱気球は1883年にモンゴルフィエ兄弟が初めて飛ばした。人間が空中に初めて飛んだ年だ。
革命軍、及びナポレオン軍が無敵を誇ったのは気球のおかげだったという説もある。 -
【マリー・アントワネットの最後の手紙】
帰りがけに思い出し、ギャルソンにこの有名な手紙がどこにあるか尋ねると、教えてくれた。
王も王妃も、「市民カペー」「女市民カペー夫人」として処刑された(1793年1月と10月)。 -
【ルイ16世の手紙】
彼の裁判時の名「ルイ・カペー」は、ブルボン家のルイが連綿と続いたカペー朝の末裔であるという自負を感じさせる。確かに、彼は「市民カペー」として生まれ、生きていたなら、穏やかで善良な市民として生涯を終えたかも知れない。 -
【ダントン像】
フランス革命の大立物ダントンはこの近くに住んでいて、カフェ「プロコップ」の常連だった。 -
【メディシスの噴水】(M氏撮影)1624年制作
昼食後、リュクサンブール庭園を散歩しながら、RERの「リュクサンブール駅」に向かう。
リュクサンブール庭園については
http://4travel.jp/traveler/scipion/album/10197318/
をご覧下さい。 -
【スフロ通り、パンテオン】M氏撮影
リュクサンブール庭園からスフロ通り越しに見たパンテオンは美しい。しかし、マリー・ド・メディシスがリュクサンブール宮殿を建てたときには、まだパンテオンはなかった。 -
【リュクサンブール宮殿】M氏撮影
アンリ4世の後妻マリー・ド・メディシスは、ルーヴル宮殿が気に入らず、故郷のフィレンツェ風の宮殿をここに建てさせた。しかし、彼女は、宮殿が完成するとほぼ同時に息子のルイ13世に追放の憂き目にあい、ここに住むことがかなわなかった。
ここを飾るはずだったルーベンスの24枚組の大作「マリー・ド・メディシスの生涯」は、現在彼女の好みではないルーヴル宮殿にある。
リュクサンブール宮殿は現在元老院(日本の参議院に当たる)の議場となっている。 -
【オルセー美術館】M氏撮影
オルセー美術館駅から地上に出ると、目の前に美術館がある。 -
【カルポー作「ダンス」】M氏撮影
オペラ座の右正面を飾る彫刻だが、今はここにある。オペラ座のはポール・ベルモンド(有名な俳優の父)の作ったレプリカだ。 -
【カミーユ・クローデル作「成熟時代」】M氏撮影
ロダンの弟子にして恋人の最高傑作。 -
【若きイギリス婦人】
ベルギーの芸術家フェルナン・クノップフ(1858-1921)の作品。 -
【豪華な展示室】
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【オベリスク】
エジプトの副王ムハマッド・アリが、1929年にシャルル10世に贈ったものだが、到着した時(1833年)には、シャルルは革命で追放されてしまっていた。迎えた王はルイ・フィップだった。高さ23メートル、重量220トンあまり。 -
【コンコルド広場からのマドレーヌ】M氏撮影
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【コンコルド広場からブルボン宮殿】M氏撮影
ブルボン宮殿は現在「国民議会」(日本で言う衆議院)として利用されている。
正面は向かいのマドレーヌ教会に合わせて、ナポレオンが、ネオ・クラシック様式にするように命じた。 -
【マドレーヌ教会】M氏撮影
マドレーヌからヴァンドームにかけての旅行記は
http://4travel.jp/traveler/scipion/album/10107461/
をご覧下さい。 -
【マドレーヌからオベリスク、ブルボン宮殿】M氏撮影
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【ヴァンドーム広場】M氏撮影
パリ・コミューンの時、この中央の記念柱が倒されたが、画家のクールベが首謀者と見なされて追放処分を受ける。 -
【オペラ座大通り】M氏撮影
ここから、皆さんの宿「オペラ・メトロポール」はすぐ近く。
今日も一日、引っ張り回してしまいました。お疲れさま。後は、部屋で宴会ですね。
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