2007/08/18 - 2007/08/18
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ぬいぬいさん
ヴォーリズの足跡を訪ねての街並み散策でしたが、近江八幡といえばやっぱり近江商人ですよね。天秤棒を肩に諸国を歩く行商から身を起こし、豪商となった近江商人たちゆかりの江戸時代の商家が軒を連ねる町並み。見越しの松とうだつのある光景なかなか風情があっていいですね。
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秀吉の甥の豊臣秀次によって開かれた城下町・近江八幡は、江戸時代に自由商業都市として大きく発展して多くの優れた商人を生み出し、「近江商人」の発祥地として栄えました。
「買い手よし、売り手よし、世間よし」の三方よしの理念のもと、天秤棒一本の行商から始め、いつしか大きな財をなし、全国はもとより海外まで飛躍していきました。 -
彼らは、橋の架け替えや神社仏閣への寄進も怠ることなく、地域貢献を忘れることはありませんでした。そんな商人達がかつて住んだ地域は、格子戸や見越しの松、うだつなどが並び「重要伝統的建造物群保存地区」として、町並み保存がなされて往時の面影を今も残しています。
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ここは、間口の狭い京都の町家と違って、主屋の横に座敷を構え、その座敷と通りとの間に庭を設け、見越しの松を植えています。それだけで近江商人の繁栄の様子が窺がえます。
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犬矢来、出格子、うだつ、格子戸と町家の特徴を余す所なくふんだんに取り入れた、これぞ町家の展示場といった建物です。
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この新町通りの景観を印象付けているのは、塀越しにのぞく「見越しの松」ですね。
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それでは、歴史民族資料館の建物の中に入ってみましょう。
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庭先には石臼か漬物石のようなものが並んでいました。これなんだろう?
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江戸時代末期の商家を修復・保存しているこの場所、近江商人の気分を味わうことのできる貴重な場所ですね。
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茶室、座敷など質素な中にも洗練された意匠を持つ居室は、近江商人の気質を表しており、財力を偲ばせるものがあります。
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往時の生活用具や民具が各部屋に展示してあります。
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暖簾には屋号をあらわしたマークが染め抜かれています。
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当時の帳場を再現しています。
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こちらは旧西川家。西川利右衛門は屋号を大文字屋と名乗り、江戸・京都・大阪に店舗を構え、蚊帳・畳表などの商いで財を成した豪商です。現在の建物(主家)は3代目によって宝永3年(1706年)に建てられたものです。
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西川家は初代から11代まで約300年にわたり活躍しましたが、昭和5年に子孫が途絶え、土地建物は市に寄贈され公開されています。
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住居部分の玄関は路地を奥に入った裏側にあります。
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この西川家の家訓は、「先義後利栄・好富施其徳」
つまり、義理人情を第一とし、利益追求を後回しにすることが商売繁盛となり、得られた富に見合った人間形成を行えと説いています。近江商人の信条の特徴を捉えたすごい立派な家訓ですね。
屋号を表した暖簾 -
この屏風も美術的に見て価値のあるものなんでしょうね。
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この部屋は茶室のようです。
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建物の奥行きは広く、庭に植えられた木々の周りに飛び石が巡らされ、苔むした状態になっています。
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店の部分と居住部分に分かれており、これは住居部分の玄関で突き出した座敷玄関となっています。
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この建物、国の重要文化財にも指定されています。
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この通りの近江商人の家には、ご覧のような見越しの松があります。
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こちらは、旧西川利右衛門家の向かい側にある西川庄六邸。2代目西川利右衛門の子「庄六」を初代として分家された家で、蚊帳・綿・砂糖・扇子などを商い、利右衛門に次ぐ豪商となりました。現在も東京・大阪・京都に本支店を持つ「メルクロス株式会社」として活躍中だそうで、内部は公開されていません。
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郷土資料館の向かい側にあるこの門構えの建物は、旧伴家住宅。
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伴庄右衛門家は江戸初期から活躍した八幡商人の一人で、屋号を扇屋といい 主に畳表・蚊帳を商い豪商となった人物です。
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代々当主は商売の他に高い教養を身につけ、特に5代目庄右衛門は隠居後、剃髪して伴蒿蹊と称し国学の道に進み「近世畸人伝」を著し有名になったそうです。
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伴家も明治になって没落し、この建物も八幡町に譲渡され、小学校、役場、女学校とその用途が変わっていきました。
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戦後は近江兄弟社図書館となり、その後近江八幡市立図書館になりましたが、平成16年からは現在の資料館の一部になり公開されています。
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近江商人の繁栄と切り離すことのできないものは,この八幡掘りです。
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八幡堀のすぐそばにもこんな町並みが残っています。
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すごく年季の入ったクラシックなアーケードの中にも、古い商家が建っています。
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商家と町屋が入り混じったなかなか趣きある町並みです。
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この正福寺は、安土から移転してきた滋賀県下では最も古い承応3年(1645年)に建てられた本堂があります。
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この朝鮮人街道は、中山道に合流した江戸時代の脇街道で、朝鮮通信使が通行したためこの名前があり、「京街道」「浜街道」とも呼ばれています。
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堀に沿って、白壁の土蔵や旧家が立ち並び、華やかだった往時の様子を髣髴させます。
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最後は、西川甚五郎邸
現在も「布団の西川」で知られる西川産業の旧本店。八幡城築城の時に 工務監督を務めた旧家で、山形屋と称して蚊帳・畳表などを商っていた。江戸日本橋にも出店、現在は西川史料庫となっているが非公開となっています。
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この旅行記へのコメント (4)
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- あんみつ姫さん 2008/11/08 23:23:00
- 近江商人の町
- ぬいぬいさん、こんにちは。
今週末に近江八幡に行って来ます。
この、新町には絶対行って見たいと思います。
このような、日本的な町並みが続くのを見ることがなかったので
今から楽しみです。
はじめは、安土・長浜&彦根に大きな琵琶湖とひこにゃん見に行こうと
計画していましたが、近くの近江八幡にこのように見るところがたくさんあることは知りませんでした。
近江八幡だけでも、まる1日かかるみたいですね。
時間足りるかしら…
ヴォーリズ建築も見たいと思っています。
- ぬいぬいさん からの返信 2008/11/09 16:11:50
- 近江八幡いい町ですよ!
- あんみつさん こんにちは
近江八幡いいところですよ。
私はヴォーリズの足跡をたどるのがメインでしたが、この古い街並みや八幡掘りを散策するのも良かったです。
近江八幡の駅からこの新町やヴォーリズの建物まではかなり離れていてバスで移動することになりますが、八幡山ロープウェイの乗場の横にある日牟禮ヴィレッジもお奨めです。
ツーリスト今中さんの旅行記に詳しく書いてありますのでこちらを参考にしてください。
http://4travel.jp/traveler/kaorin/album/10283491/
駅の観光案内所で地図をもらえますので、ヴォーリズの建物も是非見てきてください。
旅行記楽しみにしてます。
良い旅を!
- あんみつ姫さん からの返信 2008/11/19 23:13:11
- RE: 近江商人の町
- ぬいぬいさん、こんにちは。
近江八幡に行って来ました!
新町は風情があって、本当によかったです。
松の木があるのがよかったです。
ヴォーリズさんの家も行って来ました。
説明やビデオでその人柄に触れ、
近くの建物(YMCAや郵便局)にも行きました。
10時頃から16時頃まで近江八幡にいたのですが、
ゆっくり見すぎて、
八幡堀や日牟禮ヴィレッジに行く時間がなくなってしまいました。
(近江商人町とヴォーリズ建築で終わってしまった)
時間配分に失敗。
ちょっと、心残り…
でも、静かでいい町でしたよね。
雰囲気がとてもよかったです。
安土には行きませんでした。
調べたら、信長の館(安土城復元)は駅から遠すぎたのです。
その分、近江八幡の町をゆっくり味わえたので
よかったと思っています。
- ぬいぬいさん からの返信 2008/11/20 06:13:24
- 近江八幡いい町でしょ
- あんみつさん おはようございます
そうですか 行って来ましたか。
私も近江八幡には1泊して、朝から歩き回ってヴォーリズ建築見て回りましたがそれでも1つだけ見落としてしまいました。
いつも京都に行くたびに途中下車してまた散策したいなと思いますが、なかなか実現できないでいます。
ところで、「歴史的建造物大好き」コミュのオフ会、3連休に設定してしまい、みなさん参加できないということで、延期しました。
また企画しますので、そのときは是非ご参加ください。
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