2007/06/21 - 2007/06/26
139位(同エリア401件中)
リータさん
もう5年以上も前だが、ミュンヘンを訪れたとき、ダッハウのユダヤ人強制収容所へも立ち寄った。
それ以来、いつかアウシュビッツへも行かなければという思いが強くつのった。
もちろん、映画「シンドラーのリスト」の影響は大きい。
他にもいろいろその当時のことを記録した映画はあるが、あの映画は本当に衝撃的だった。
シンドラーのほかにも同じようにユダヤ人を助けた人はいるが、その当時、自分がその中に入ってユダヤ人を助けてあげられたかと自分に問いかけると、その答は分からない。もしかしたら、彼らに背を向けていたかもしれないし、自分を犠牲にして助けてあげたかもしれない。
とにかく、「ナチスは酷いことをした」と現在皆口を揃えて言うが、今だって、似たようなことが起きたとき、それに、立ち向かえる人間はその当時と同じ確立で存在するのではなかろうか。
人間も所詮動物。強いものになびく傾向があるのだろう…
それが自分の身を守ることにもつながるのだから。
どんな時にでも、善悪を見極め、善のために勇敢に立ち向かいたいものだ。
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クラクフからバスで行くと、ちょうど元アウシュビッツ収容所1号の前に着く。
ここですぐに国立オシフィエンチム博物館の日本語の案内書を買った。(3ZL)
ガイドがいなくてもこの案内書を読みながら回れば大丈夫。 -
こんな二重の有刺鉄線に囲まれ、囚人たちは収容されていたんだ…
「アウシュヴィッツ収容所は、第二次世界大戦中5年間にも及びナチス・ドイツによって占領された国の国民に恐怖感を与え続けた…」
〜案内書より〜 -
1940年にポーランド人政治犯を収容するために設立されたアウシュヴィッツ1号。
アウシュヴィッツは、ナチスのつけた名前。
ここは、オシフィエンチム村だ。
「働けば自由になる」というプレートがかかげられたこの正門をくぐり、囚人たちは毎日労働にでかけた。
その行き帰りは、音楽隊の行進曲に合わせて行進しなければならなかった。 -
有刺鉄線で囲われた中には28棟の囚人ブロックがあるが、現在そのいくつかに展示物があり、全体が博物館になっている。
展示物は大体ポーランド語とドイツ語と英語で書かれているが、案内書を見ながら順路をたどっていけば、結構いろいろ分かる。 -
髪の毛の山。
こんなにたくさんあってびっくりしたけど、これもほんの一部。 -
開放されたときの証拠写真。
このように袋詰めの髪の毛がたくさん見つかった。 -
殺した人の髪の毛で毛布を作って売るなんて…
でもまあ、そんなのここでは序の口。
死んだ人間の金歯だってちゃんと取ってたんだから…
その整理整頓された管理の正確さには脱帽する。
そして更に酷いのは医学実験の材料として、生身の人間を使っていたことだ。
これは絶対に酷い!
材料として使われた方々の苦しみを思うと胸が痛む。
ナチスの作った収容所では、人間は動物以下の扱いだったと、改めて感じる。
でも、実際その場にいたら「やめろ」という勇気は私にはなかっただろう。ただ、今ここで「酷い」などと言っている自分もあまりそれらの人間と変わりのない人間なのだ… -
ちょっと見難いけど、囚人が着せられた囚人服と、囚人の写真。
新しく到着した囚人たちは、洋服とそのほかのものを取り上げられ、髪を切られ、消毒を受けて、囚人番号を付けられて登録された。
各囚人は3ポーズの写真を撮られ、1943年からは、その代わりに左腕に刺青を入れられた。
刺青を入れられた赤ちゃんの写真もあってびっくりした。 -
こういうことを言って実際それに向けて行動できてしまったというのが恐ろしい…
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アウシュヴィッツ1号の前の大通りの向かいにあったレストランに入った。
ぜんぜん期待していなかったのに、おいしかったのだ。
これは、グーラッシュ。
お野菜たっぷりで本当に美味しかった。 -
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これがアウシュヴィッツ2号、ビルケナウ。
オシフィエンチム村から3キロ離れたブジェジンカ村だ。
1号と2号間は、バスが往復している。
ここから列車は地獄のような場所へ… -
とにかく広い敷地でびっくり。
約53万坪だそうだ。 -
現在残されている木造バラックの一つ。
もともと馬小屋だったそうだ。 -
これがその中だが、隙間だらけで、床がない。
冬、寒かっただろう…。
ここには、特に、病気の囚人が入れられていたとのことだ。 -
これは、レンガ造りのバラックの中。
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共同トイレ。
水もなく、とても不衛生だった。
鼠の大発生が囚人の生活環境をさらに悪化させた。 -
ところどころに建っているのは、残された暖房の煙突の跡。
300棟以上のバラックはほとんど破壊され、今残されているのは、45棟のレンガ造りと22棟の木造だけだ。
囚人の数は、1944年8月で10万人に達したというのだから、すごい。 -
これが、証拠抹消のために爆破されたガス室跡。
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この部分が地下に位置したガス室。
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正面奥から列車は収容所に入ってくる。
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ここで降ろされ、この奥に見える門をくぐり、直接ガス室に連れて行かれる人たちもいた。
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1967年に除幕されたナチス政権下犠牲者国際記念碑。
ユダヤ人グループの歌声が哀しくひびく。
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この旅行記へのコメント (3)
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- shinesuniさん 2007/09/02 00:41:44
- オシフィエンチム博物館前のレストラン
- オシフィエンチム博物館前のレストランは
結構評判が高いので興味がありました♪
なるほど...次回行かされる時
(無理やり案内役で連れて行かされそう)
はぜひ行って見たいと思います。
PS
↓の旅行記の写真が数枚みれないのですが...^^;
http://4travel.jp/traveler/rita_c/album/10161259/
- リータさん からの返信 2007/09/10 21:18:50
- RE: オシフィエンチム博物館前のレストラン
- ご指摘、ありがとうございました。
確か、一度写真を入れてから削除したように記憶してます。
見つけていただき、助かりました。
そして!やっと全部出来上がりました!
ものすご〜く仕事が遅いですよねぇ〜
もう二ヶ月以上も経ってしまいましたから…
shinesuniさん、また行かれるかもしれないんですね。
うらやましいです。
実はそのレストランにお醤油らしきものがあったんですよ。
日本人のためでしょうかねぇ…
ピエロギを餃子感覚で食べるのでしょうか…
聞いてみればよかったです。
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- mottiさん 2007/08/30 12:36:49
- 夏がおわりますね。
- ここ何日かは涼しいですが、まだまだ9月も暑いようです。
アウシュビッツ、証拠隠滅のために爆破されたんですね。
この前、テレビを見ていたら、日本も中国(満州)で、おんなじ様な事をやっていたらしいですね。
捕らえてきた人を(いろいろ言いがかりをつけて中国人なども)収容所に入れて、人体実験(主に生物兵器を作る為に)していたようです。
やはりこの施設は満州から引上げるさいに壊されました。
こんな怖い事が行なわれてたのに、ほぼ日本人はその事実をしらない。
そんな国なんですよねえ。
motti
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