2005/03/13 - 2005/03/18
12202位(同エリア13572件中)
myceさん
全都道府県制覇へ向けて2回目の旅
寒さと雪と戦いながらの旅
城の写真が満載です
この旅行記は6〜11日目です
6日目:名古屋〜浜松
7日目:浜松〜馬籠・妻籠〜諏訪
8日目:諏訪〜松本〜砺波
9日目:砺波〜五箇山・白川〜金沢〜敦賀
10日目:敦賀〜京都〜姫路
11日目:姫路〜福山〜広島
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6日目
毎年中日ドラゴンズが必勝祈願をする熱田神宮へ。 -
少し引き返して清洲城
信長が若かったころの城
すぐそばを東海道本線、新幹線が通っている -
名古屋国際女子マラソンのコース脇を走り抜けて南へ。
この岡崎城は撮りにくい -
東へ進み、ダイソーのガイド(観光ガイドつき地図)で綺麗そうだった、鳳来町というところにある阿寺の七滝へ行ってみた。
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7日目
浜松城 -
鰻が有名な浜名湖
先に見える赤い橋は東名高速
前日通った257号線をそのまま返して北へ。 -
通りがかりで見つけた標識のほうへ進むと...
授業で知った「棚田100選」に選ばれている四谷千枚田
近くまで行ってみると、お爺さんお婆さんが黙々と作業をしていて長閑なところだった。
田植え前だが、棚田の段々と山桜が映えて見える。
朝の浜名湖近くでは気温が6℃だったが、北へ進むに連れて空も曇り出し、道路脇の温度計も2℃、1℃、0℃、−1℃と少しずつ下がっていく。
つま先があまりにも寒いので、中津川のコンビニで靴用のカイロを購入。これが非常に温かく、以後靴用カイロは重宝することに。 -
19号線からわき道の中山道へ入って馬籠宿
島崎藤村の生家がある
↓馬籠宿‐信州の旅.comより
http://www.shinshu-tabi.com/kiso2.html -
続いて妻籠宿
こちらのほうが趣がある。
この妻籠宿から宿場町の再生が始まったそうだ。
↓妻籠宿‐信州の旅.comより
http://www.shinshu-tabi.com/kiso.html
19号線へ戻って走りだすと案の定降ってきた。
ぼた雪に視界を塞がれ速度を落としていると、後ろで渋滞が発生していた。
歩道に避難して案を練るも、進んでも進まなくても手が冷たいのは一緒。とりあえず進もうと再出発。 -
雪も次第に弱まって、何とか木曽谷を通り越し、塩尻から少し足を伸ばして諏訪へ。
峠から下りる途中で見た、諏訪湖畔の街の光、その奥に見える裾野がきれいだった。
諏訪湖を一周して、上諏訪で見つけた民宿に泊まる。
写真は湖越しに岡谷、塩尻峠方面 -
8日目
7時前。スタンドの横のレバーを下ろしてエンジンをかけ、写真の高島城に寄って諏訪を離れる。
朝の風邪は冷たくて痛い。塩尻峠の温度計は−6℃と表示されていた。 -
北へ北へ〜松本城に到着。
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歴史的にはあまり重要だとは思いませんが、国宝です。
現存天守ならではの内部の雰囲気が良かった。 -
山道を抜け、長野盆地に出たら、川中島古戦場の近くにある信玄・謙信一騎討ち像へ。
実際一騎討ちはしていないらしいが、つくり話からこんな名シーンが出来たそうだ。
長野市内(善光寺など)には特に興味がなかったので寄らずに北へ進む。
ナウマン像で有名な野尻湖の近くを通り抜け、県境を越えると、いつのまにか道路脇には除雪で出来た雪の壁が現れた。
それと驚いたのは信号が縦型。
話では聞いたことがあったのだが、初めて見たときは少し感動した。横並びだと雪が積もり易く、氷柱が垂れて見えにくくなったりするので縦並びになったそうな。 -
上越からは8号線で西へ進み、親不知子不知へ。←読めるよね?(笑)
この近辺は飛騨山脈が海に落ちるところで、片方はすぐ山、もう片方はすぐ海という地形。
義経御一行はよくこんなところを通ったもんだと感心したが、こんなところに道路2本と鉄道1本を通した現代人も立派だ。
富山市内に入り富山城で少し休んだら、屋敷林で有名な砺波平野へ。といっても夜なので屋敷林らしいものは見えなかったのだが、市街地でなんとか宿を見つけて泊まる。 -
9日目
早朝、ポツポツと小雨の降る中宿を出る。庄川とそのダムに沿って山道を上り、五箇山は菅沼の合掌集落へ。
小さな集落だが、住民は今でも家を守り続けている。 -
県境を越えてさらに奥の白川合掌集落へ。
土産物屋を探してウロウロしていると(早く行き過ぎて開いていなかっただけだった)、展望台への道を発見。上って行くと、目前にはこんな素晴らしい光景が。
2日前は雪に苦しめられたが、(おそらく)そのときに積もった雪が幻想的な光景を演出してくれた。
どうせなら夜のライトアップも見てみたかったが、それは次来るときの理由にしておこう。 -
また五箇山に戻って相倉(あいのくら)合掌集落。
白川と五箇山の菅沼・相倉の3つが世界遺産になっている。
実際に人が暮らしているので、マナーを守って観光しましょう。
↓白川郷・五箇山の合掌造り集落(ウィキペディア)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E5%B7%9D%E9%83%B7%E3%83%BB%E4%BA%94%E7%AE%87%E5%B1%B1%E3%81%AE%E5%90%88%E6%8E%8C%E9%80%A0%E3%82%8A%E9%9B%86%E8%90%BD -
続いて金沢は兼六園へ。
ツアーのガイドさんが、よく(天気予報などで)テレビに映るのはここだと言っていた。 -
残念ながら雪は積もっておらず冬らしい景色を見られなかったので、ここへもまた来ようかな。
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兼六園から道を挟んだところにある金沢城へ。
加賀100万石で知られる前田家の居城でごわす。
1995年まで金沢大学のキャンパスが中にあったらしい。 -
やたらと長い長屋
長いから長屋なのです。はい。 -
8号線でスイスイと南へ進み、写真の東尋坊で散策したら、敦賀まで行き宿泊。
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10日目
この日は朝から雨。
琵琶湖の西から京都方面へ行こうとしたのだが、遠い山の中を通る道を選んでしまい、迷ったり、荷物を(少なくするために)送ったりで大分時間がかかってしまった。最初の目的地は比叡山の延暦寺だったが、原付だとドライヴウェイには入れないし、ロープウェイだと時間もかかるし、雨だし...で断念。
で、次に向かったのは宇治の平等院鳳凰堂。
皆さんもご存知の通り、10円玉の絵に描かれている建物だ。
入場料も10円だと良かったのだが、ギャグでもそんなことはできないみたいだ。 -
次に向かったのは清水寺。修学旅行の定番だが、ここには来たことが無かった。
そそくさと歩いて、写真の「清水の舞台」へ。上から見るとかなり怖いが、飛び降りた人の生存率は85.4%らしい。 -
続いて慈照寺銀閣
写真を撮るためだけに入ったような気がする。。。
授業で覚えていることといえば、足利義政と東山文化くらいかな。 -
二条城へ行こうと思っていたのだが、閉まっていたので鹿苑寺金閣へ。
朝の時間ロスと、先に平等院へ行くというルート設定が悔やまれる。
どうでもいいですが、金閣は英語でThe Golden Pavillionというらしい。 -
11日目
帰路の途中で前から気になっていた赤穂へ寄る。城には天守閣はなかったが、規模が大きく、門や外壁が立派だった。それと近くの神社に赤穂浪士の像が並んでいたのを覚えている。
写真撮っとけば良かったなー。
続いて写真の福山城へ。福山駅の真ん前にあり、帰省の度に見えるので、「見た」回数は今まででトップである。 -
原付初心者にも関わらず、11日で約3300kmも走ってしまった。2回ほど雪に苦戦したが、自転車に比べると10倍も100倍もラクで、秘境の祖谷渓、白川郷へ行けて良かった。
写真57枚中23枚が城と、本当に自己満足で申し訳ないです。。。
最後までご覧頂きありがとうございました。
―終わり―
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