2007/02/25 - 2007/03/13
2920位(同エリア3080件中)
nkさん
[3/10(土)昼〜3/13(火)昼]
スキポール空港に着いたのは15時半。
日本から来てくれた物好きな友人を見つけ、東京で会っているような安堵感を感じた。
週末のアムステルダム旅行という過酷な状況の彼に、私は情けをかけず別々の部屋を取らせる。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 航空会社
- KLMオランダ航空
-
アムステルダムは街中が幾重もの運河に囲まれていた。
そこに浮かんだ船や跳ね橋、運河沿いに立ち並ぶ木々なども絵になるような、とても綺麗で心が癒される場所だった。
私も海とか川とか、水辺での暮らしに憧れる。東京ではつい便利さを優先してしまって実現できていないのだけれど。 -
私たちの、アムステルダム最大の目的とも言える「ドラッグパーティー」(ただの合法マリファナ体験)。
私はロンドンの友達(マリファナ体験済み)に「うんちをもらした気がして、トイレの中をずっとぐるぐる走り回っていた」と聞いたばかりだったので、ひるんでいた。
タバコも吸ったことのない私は、昔、ミャンマーでタバコのガムを食べただけで、ひどい目眩がして吐きそうになったことがある。
だから今回「マリファナ」という響きだけで相当びびっていた。 -
あくまでも健全そうな、街角の「コーヒーショップ」でマリファナとカフェラテを買う。
店の奥で体を痙攣させている男の人を見ていよいよ怖くなる。
火をつけ、浅く吸って、火が消えて、またつけて、浅く吸って・・・意識は何も変わらなかった。
口と胸の上のほうが変に甘く、ムワッとした感じが気持ち悪く残った。
友人もたいして変わらない様子。
ホッとしたような、残念なような。
きっと、
「マリファナでハイになって、うっかり隣にいる彼に何かご褒美をあげてしまったらどうしよう」
とか、
「激しい2日酔いみたいになって、何も観光できなくなったらどうしよう」
とかいう緊張の方が、マリファナに勝っていたんだな。 -
道端のあちこちで見かけた脅威の(?)男性用公衆トイレ。
日本ならセクハラになるような気が・・。 -
夜はディナークルーズに参加し、贅沢なひと時を過ごした。
2時間半かけて通った水路は、たぶん一度も重なっていない。水の都なんだなぁと実感。 -
続いて、飾り窓地区に行った。
運河沿いに並ぶ建物に独特のいやらしいネオンが光り、でもそれぞれの小部屋にいる下着姿のお姉さん達は何だかエンターテイメント的で、あまりいやらしく感じなかった。
私はこうゆう、ちょっと危険な感じがするところに安全な体制で望むのが好きだ。ちょっとうきうきして、かわいい女の子を探した。
飾り窓地区で私が学んだことは、
・下着のときは顔よりもスタイルが大切だということ。
・売れる女の子は売れ続けるのが見て分かるのは、キャバクラや、もしかしたらプライベートでも同じかもしれないこと。
・間違ってセックスショーの店で全裸の男を一瞬見てしまったが、このリアルさを私はまだ楽しめないこと。 -
タイのバンコクでも、こうゆう歓楽街に遊びに行ったけれど、あそこで働く子達は本当に貧しいから働く。政府も分かっているので目をつぶっているらしい。
自由で豊かに見えるオランダで売春をする女の子達にも、そんな理由があるのだろうか。それとも日本の風俗で働く感じなのかな。
どっちにしろ、私にはその心情までは理解できない。 -
翌日、風車を見に行くことにした。
オランダは九州くらいの面積しかないらしく、アムステルダムから15分も電車に乗れば、風車の立ち並ぶ村、ザーンセ・スカンスに到着した。
とても小さな村で、季節外れの牧場や畑、一つ一つおしゃれで開放的な民家など、のんびりした風景が広がっていた。 -
風車はあんなに優雅に見えているのに、中に入るとすっごく原始的に力強く歯車を回していて迫力があった。
まるで白鳥みたいなのかも。 -
土産物屋の壁いっぱいに、色とりどりに並ぶ木靴がかわいかった。
履いてみると、意外にしっくりくる。 -
アムステルダムに戻り、昼食をとる。
色々なきのこが入ったオムレツは日本のおいしい洋食屋さんで出てきそうな味。
そういえばオランダ料理って、具体的に何かはよく分からなかったなぁ。 -
15:20の飛行機に乗る友人を見送る。私より丸一日早い帰国。
一緒にビールを飲んでいるときなんて、東京で遊んでいるのかと錯覚するするくらいだった。
彼はきっと帰りの飛行機で「これでよかったのか」と自問自答したことだろう。
感謝の気持ちを大切にしよう、と思い、最後の一人の観光に戻る。 -
中学生の頃、「アンネの日記」を読んで心を打たれたので、アンネ・フランクの家には必ず行こうと決めていた。
「アンネの日記」が中学生の私に響いたのは、どんなことも率直で生々しかったからだったと思う。
同世代でも個人的には共感できない感情もあったけれど、アンネの人間性にはすごくひかれるものがあって、最後まで興味深く読めたのを覚えている。
アンネ・フランクの家は行列ができていた。
そこは期待以上によく、日記に書かれていた様子がみるみる記憶から蘇ってきた。
壁にぎっしり貼られた映画俳優のポスターや、お姉さんとの背比べの跡など、とてもリアルで切なくなった。
この、全てが閉鎖的な空間で2年間隠れながら生きて、そして死ぬなんて、悲しすぎる。 -
夕方になって、街の中心からはずれたホテルまで40分ほど歩く。
日曜のアムステルダムは、ほとんどの洋服屋や土産物屋が閉まっていて寂しい。商売っ気のなさが日本とは全然違うなぁ。
バルセロナでもそうだったけれど、ここは中心のダム広場のにぎわいから少し離れると、運河の音が聞こえそうなくらい、人通りが減る。
ひっそりとした住宅地と夕日が映る運河沿いを歩いて、ホテルに帰った。
旅行の最後の夜は一人でゆっくり過ごすことにした。 -
翌朝、ホテルから歩いてすぐの国立ミュージアムに行く。
私はやはり形のある、色んな角度から見て楽しいドールハウスに興味を持った。
もちろん必見のレンブラントやフェルメールの絵も堪能する。
でもそのあと入ったミュージアムショップで隣のゴッホ美術館のグッズにさらに惹かれてしまったのだけど、ユーロも時間もないので、ゴッホとは日本での素敵な出会いに期待することにした。 -
ホテルでスーツケースを受け取り、青いトラムに乗ってアムステルダム中央駅へ向かう。
アムステルダムの乗り物といえば、自転車とトラム。
街の造りにあった乗り物が発達するんだなぁ。 -
そこから日本の3月13日の昼、自分の家に帰り着くまで、ぼんやりとしたり、眠ったり。
すごく楽しい夢から覚められないような、あの恍惚に浸りたかったのだけど、私は容易に元の生活に馴染んでいた。
それはたぶん、旅の終盤から帰国後の心の準備をしてしまっていたから。15泊17日間の一人旅は私には十分すぎる期間だったのかもしれない。
でもその時間はかけがえのないもので、私はたくさんのことに気づいたり、感じたり、考えたりした。
自分の、急に大胆な行動に出たり、無性に心細くなったりするところ。
友達の大切さや、いつもみんなに助けられていること。
日本や東京の素晴らしさ(これは帰ってからさらに感じたなぁ)。
英語は下手でもどうにかなるけど、上手だったらもっと素晴らしいに違いないということ。
毎日遊ぶことはすごく大変で贅沢なこと、働ける仕事があるのは幸せなこと・・・
たくさんたくさん体に染み込んで、ちょっと疲れてしまったので、しばらく一人旅はよそう、と思った。
でもきっとまた、衝動的に行ってしまうのだろうなぁ。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
nkさんの関連旅行記
アムステルダム(オランダ) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
17