2007/03/11 - 2007/03/18
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ciao66さん
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トルコ旅行もいよいよ5日目、今日はイスタンブールを離れて日帰りで船と、バスに乗って南に100km、古代ローマからの街、イズニックに行きます。
旅の中盤に入り、ここで素晴らしい出会いが待っていました。
表紙の写真は現地で出合って、夕方までほぼ1日にわたりイズニックの街をご案内頂いたアフメット・クチュクデミールさんです。左はアフメットさんの甥の方です。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 船 タクシー
- 航空会社
- ターキッシュ エアラインズ
-
朝、7時前にホテル近くのタクシー乗り場からイェニカプ桟橋まで行きます。タクシーはマルマラ海沿いに猛烈に飛ばし、10分くらいで港に着きました。(7YTL)
写真の船はヤロワ行きのフェリーボートです。切符を買うのに名前が必要、私の名前を聞き取りにくそうなので、クレジットカードのローマ字表記を見せて、12YTL支払い。
いよいよ乗船です。 -
7時30分時間通りに出航。1時間10分くらいのマルマラ海の船旅です。
イスタンブールの旧市街地は朝まだ薄暗いのですが、ブルーモスクのミナレット(尖塔)が遠くに見えます。
イスタンブールから南に、船でYALOVA(ヤロワ)、そこから南東にバスで湖畔の街IZNIK(イズニック)に行きます。
ここは人口2万人のとても小さな街ですが歴史がとっても有ります。
NICAEA“ニケーア”というのが古代ローマ時代の名前で、世界史では西暦313年の「ニケーア公会議」という名前で登場します。キリスト教の「三位一体説」を決議した場所ということです。
またここは、美しいイズニックタイルの産地としても有名でした。
この船は、観光客らしきものは余り無く、ほとんど地元の方ばかりの雰囲気です。 -
定刻の8時40分にヤロワに到着。下船し、皆さんてんでバラバラに目的地に向っています。
ここで、一人掴まえて、バス乗り場を聞きます。「右へ行け!ガラージュが有る」。先に聞いた船員と同じことを言っているので情報は正しいようです。
最後にまた聞いた人は「連れて行ってあげると」・・・親切です。
で、私が「引き渡されたのが」この方です。“バスガラージュ”と皆が言っていたのはバス乗り場のことで、この方はそこの案内人さんです。
親切に連れてきてくれたトルコ人に“テシェッキュルエデリム”とお礼を言ってお別れしました。
にっこり皆さんいい笑顔です。トルコ人は皆さん日本人が大好きの様です。 -
バスは1時間ほどでイズニックの街の中に入ってきました。街の中心に来て、“アヤソフィア”と言っていますので、ここで降りることにします。・・・朝10時15分、これからイズニックの歴史散歩です。
アヤ・ソフィアはイスタンブールに有るものが有名ですが、イズニックのも歴史遺産で、西暦313年の「ニケーア公会議」が開かれキリスト教の「三位一体説」を決議した場所ということです。
半分廃墟のような所に花が咲いていい雰囲気ですが、ぐるっと周りを1周しても建物は開いていないようです。
アフメットさんとの出会いはこの後です。 -
ガイドブックの地図に“ハジュ・オズベク・ジャーミー”と有る場所に来ました。
ここで、写真を撮っていると、後ろから声を掛けられます。
これが、夕方までほぼ1日にわたりイズニックの街をご案内頂いたアフメット・クチュクデミールさんとの運命的な出会いです。
「ハジュ・オズベク・ジャーミーはここでは無い。それは今建築中で私がそこへ案内してあげる。」
帰国後、調べましたら、正解はおそらく、屋根の低い建物の形から寺院そのものではなく、寺院付属の昔のハマム跡と思われます。 -
建築中というハジュ・オズベク・ジャーミーです。アフメット・クチュクデミールさんは大工の棟梁の様です。一緒に居るのは従業員さん。昔の寺院を再建しているのでしょうか。青空が見えていますので修復ではなさそうです。
-
次に行ったのは、陶器のお店です。ここで、珍しく日本人の女性が買い物中でした。
「ランプを買いにイズニックに来たが、この店が安くていいものが有った。」と言っていますので私も、記念にお皿9YTLと陶器のブローチ3YTLを買うことにします。
いいものが買えました。
この感じのいいお店、アフメットさんの甥っこさんのお店でした。アフメットさんは英語は少し出来ます。でも喋るのはほとんどトルコ語です。甥っこさんは英語okでした。
イズニックは、イズニック・タイルで有名です、15世紀から17世紀にかけて、その美しさからモスクなどの建築に良く使われました。オスマントルコの全盛期と重なっていますが、陶土が無くなって、残念ながらオスマントルコともに衰退してしまいました。 -
少し歩いて、別のモスクに来ました。“イエシル・ジャーミー”ミナレット(尖塔)は太く、カラフルです。タイル製みたいです。
仕事もあるだろうにと思って、「充分案内してもらったので、もう自分で行くから」と私が言いますが、アフメットさんは・・・「いいから案内するから」と。で、もう少しご案内をお願いします。社長だから現場のお仕事は任せておいたら良いのか? -
イズニックは、街の周りをローマ時代の城壁が一周しています。
街は15世紀までは発展した後に陶土の枯渇とともに衰退しましたので、ローマ時代から街の規模は余り変わっていないようです。
城壁を見たいという私のお願いで、レフケ門に着きました。なかなか雰囲気があります。古代ローマ帝国の遺跡です!
前を行くアフメットさん。
-
城門の上に上がるとこんな感じです。
-
これは何でしょう?落書き?と私が聞きますと・・・・
「いいえ、ビザンティン時代の遺跡です。」と教えていただきました。
アフメットさん、ローマ時代の城門に、このようなビザンティン時代の跡があることをご存知とは!
この方は只者ではない!とっても教養人です。
大工の棟梁ですから建築関係の豊富な知識と歴史にもお詳しいようです。
まさに歴史散歩のご案内人として、こんなにぴったりの方は街中でもそんなに居ないでしょう。
本当に、いい方にめぐり合えました!
このあと、お昼になった時間も忘れて、2人で美しいオリーブ林の野山を散策しながら、トルコ人のヒーローの遺跡めぐりが始まります。
(・・・続きは次回)
(この旅行記はペンギンの足跡?http://ciao66.exblog.jp/d2007-04-11
のダイジェスト版です。 まだまだこの「 4(for)travel version」も続きますが、こちらもどうぞご覧下さい。)
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