2007/03/23 - 2007/03/23
285位(同エリア287件中)
のださん
今日は明石・姫路まで足を伸ばし、見るべきものが目白押しです。
行ったり来たりと忙しく、キツキツの予定です。
もっとゆったり見て回ればよいのですが、私のことですから、ちょっと見てはすぐに去るという薄っぺらいものになること必死です。
予定としては、須磨、姫路、明石、淡路、といった感じで回ります。
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本日宿泊予定のザ・ビー神戸にでかい荷物を預け、予定より大幅に遅れて出発です。
今日はスルッとKANSAIの1dayパスを使いますので、私鉄中心に。
神戸の私鉄で須磨方面に向かう場合は、ちょっと複雑に私には思えます。
住んでいる方にはそうでもないでしょうか?
阪神の方が早く着くと思って阪神から入ったが、普通列車にしか乗れなかったから、阪急でも同じだったのかな?
阪急の駅のほうが近いしね。
8:03発の便に乗ったが、東須磨(だったっけ?)までだそうで、須磨浦公園まで行く予定の私はどこかの駅で乗り換え。
須磨浦公園は普通しか停まらないから、これがまた時間がかかります。
それにしても、この駅の電光掲示板は、出発時刻を表示しないので、ちょっと不親切です。 -
やっとこさ須磨浦公園に着きました。
さあ薄っぺらい観光の第1段は敦盛塚です。
享年16歳の笛の名手。
須磨寺にも敦盛塚がありまして、こちらとは首と胴体を分けて安置しているそうですが、こちらは首でしたっけ?
胴体でしたっけ?
胴体のようだった気もするが、はっきりと思い出せません。
ここの掲示にも書かれていないような気がするな。
後ほど須磨寺に行きますので、そのときにはっきりするでしょう。 -
敦盛塚も意外と駅から離れていますね。
戻ってきまして、須磨浦公園。
ここをちょっと進んでみます。
すでにちょっと暑いですが、日陰が多いのは助かります。 -
奥に大きい玉が見えますね。
あれは地球儀で、右にある柱の上に載っていたが、地震で落ちたそうです。
神戸市といっても広くて、区によって震災の影響に差があったかもしれませんが、ここら辺も被害は大きかったことをうかがい知れます。
この落ちた地球儀も、そのままで残しておくべきと考えられているのでしょうね。 -
みどりの塔です。
恥ずかしながら、ここに来るまで、この塔の存在を知らなかった。
右側に柱と地球儀が見えますね。
左側に同じようにあったが、その地球儀が落ちてしまった、ということです。
先ほど見たように。 -
戦の濱碑。
ここら辺は一ノ谷の戦いの舞台ですね。
「逆落とし」の場所は今でも論争の的になっており、結論は出ていません。
「鹿に下りられれば馬に下りられぬことはない」って有名なセリフ、しびれますねえ。
これが「馬鹿」の語源・・・ではありません。
後世語り継がれる有名な逆落とし作戦を考案したのは、陸奥鬼一です。
わかる人だけニヤリとしてください。 -
安徳帝内裏跡が近くにあるらしいので、行ってみようと思います。
しかし私が持っている地図ではわかりにくい。
どう進めばいいのでしょうか?
適当にくぐってみると、道が分かれている。
で、左の方に進んでみましたが、ちょっと違うんでねえの的な雰囲気になってきて、不安なので住民の方に訊いてみたら、みどりの塔の先の道を入っていくらしいです。
みどりの塔から駅方面に戻ってきてしまっていました。 -
ここか、この道ですか。
確かに掲示があるね。
ちょっとわかりにくいかな。
私が見過ごしただけですね。
でも、「この先行き止まり」なんて言われた日にゃあ、普通はここではないと思いますよね? -
え、ここを上っていくの?
信じられなくて、ちょうど下りてきていた方に訊いてみたら、そうらしいです。
もうこの段階で汗だくです。
ここを行くの? って思っただけで、汗が吹き出てきます。
今日はまた暑いんだ、これが。 -
最後まで上って振り返ってみたら、眺めは良いですね。
苦労した甲斐があった。 -
道なりに進んでいくと、着いたらしいです。
多分ここですよね。 -
第81代安徳天皇。
壇ノ浦の戦いが終わり、祖母の二位尼に抱かれて入水。
わずか8年の生涯を終えました。
物心つく前から勝手に天皇にさせられ、気がついたら無理心中、その心中やいかに。 -
傍には真理胡弁財天。
「海の下にも都があります」という祖母の言葉とともに安徳天皇は沈んでいった。
海の下の都とは龍宮、つまり御祭神は龍神、とのことです。 -
なぜか皇女和宮像。
駅まで戻ることにします。
先ほど来た道を引き返しましたが、私が間違ってくぐっていった道の右側の坂でも行き来できるようですね。
確認はしていませんが、そちらの方が道がわかりやすいかもしれません。 -
須磨浦公園駅から上りで須磨寺駅まで行きます。
源氏物語に絡んで「須磨がえり」という言葉がありまして、文字通り一旦三宮方面に戻るわけですが、そんな戯言はさておき、なぜこんな一見非効率なことをするのかというと、私なりに今日のスケジュールを考えた結果でして、ご容赦ください(誰に許しを請うているのでしょうか?)。
ただ今9:40ですが、37分発の便を逃すと、次は53分発だ!
両駅とも普通しか停まらないしなあ、待ち時間が長くて大変です。 -
途中須磨という駅で何とか特急というのを待ち合わせて、着いたのはすっかり10時を過ぎています。
予定を大幅に遅れておりますが、私自身の不徳の致すところです。
この須磨寺前商店街を進んで須磨寺まで行くわけですか。
この商店街も活気があって好きですが、震災の影響はどうだったのでしょうか? -
須磨寺駅に降り立ったからには須磨寺に訪れざるを得ません。
遠かった、遠すぎる、すべてが遠い。
やっと着きました。
入ります。 -
本堂。
神戸七福神のうち福禄寿が祀られているというこの須磨寺。
真言宗、本尊は聖観世音菩薩。
威風堂堂としています。 -
その隣にある護摩堂。
今日は10時から護摩行が見られるということで、それを一度見てみたくてこの時間帯に来ようと思いました。
密教独特の行事ですよね。
私も全然詳しくないが、このような修行を否定して、浄土宗をはじめとする鎌倉新仏教が生まれたのではなかったでしたっけ?
護摩も修行の一種ですよね?
どうも、一般の参拝客も参加して念仏を唱えているらしいです。
次々に参加者が増えています。 -
須磨寺はとにかく広くて、全部見て回るのは時間がかかりすぎるから、目に付いたものだけササっと。
みざる、きかざる・・・といった5匹のサルです。
頭をなでると動きます。
これは面白いですね。 -
敦盛塚があります。
こちらは首塚だそうで、ということは須磨浦公園側のほうは胴体塚ですね。 -
きんぽとん童子。
金太郎のように健康で
浦島太郎のように夢を持って
敦盛のように心やさしく音楽を愛してほしい
それぞれの頭文字をとって「金浦敦」→「きんぽとん」だそうです。
この須磨寺には敦盛の笛が納められているということですが、私は見ていません。 -
源平の庭は、平敦盛と熊谷直実の一騎打ちの場面を再現しています。
向かって左が敦盛、右が直実ですね。
直実は敦盛を斬った後、むなしさを感じたのが原因で出家した、と伝えられていますが、出家したのは敦盛を討った8年後ですので、勢力争いに敗れたのが原因だというのが有力な説ですね。
しかし、人々の心の中では、敦盛を討ったのがきっかけでないといけないのです。
悲劇の話の流れとしては、そうである必要があります。
ちなみに、直実は法然に弟子入りしたので、宗派は浄土宗ですね。 -
仁王門付近にある千手観音。
もうここを離れますが、もっとじっくり見たかった。
この寺は見どころが多くて楽しめますので、時間をかけて散策すべきです。 -
須磨寺前の交差点にある「須磨霊泉」。
震災の直後も尽きることなく水が出たそうです。
生水はダメで、沸かしてから飲むように、とのことです。
この向かいにあるカラオケ喫茶「来音」で、この水を使ったコーヒーを出しているそうです。
今日は休みみたいです。 -
須磨寺前商店街にある「盛神堂」というお店。
有名なのかどうかは知らないが、敦盛だんごを買いました。
後ほど食べようと思います。
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