2007/02/10 - 2007/10/21
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akkiy363672さん
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ホテルで昼食を済ませたのち、午後はアユタヤへ向かった。
バンコクの北およそ80?。そのあたりではまだそれほど大きくはない流れのチャブラヤー川とその支流に囲まれた中州に、アユタヤ王朝の遺跡は時を刻んでいる。1350年から400余年間、5つの王朝35人の王が壮麗な歴史を刻んだ古都だ。
1767年、侵攻したビルマ軍の手によって、アユタヤは徹底的に破壊される。かつて黄金色に輝いていたというワット・プラ・シー・サンペットの3基のチュディは、今、黄金の装飾をはがされて黒ずんだ石の素肌をさらし、3人の王の遺骨を抱いて歳月の中に静かに眠る。
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- タクシー
- 航空会社
- JAL
-
バンコクの道路はよく整備されている。
← バンコク市内は片側6車線、 -
← 郊外へ出ると4車線
-
← アユタヤ近くなどの地方道は、センターラインも
引いてないけれど、でも広い。 -
アユタヤ遺跡の近くの「日本人町」へ寄った。
← 「アユチャ日本人町の跡」と刻まれている。
14世紀から18世紀ごろまで、タイ在住の日本人が集まっていた。
最盛期で1000〜1500人の日本人(タイ族などの使用人を除く)が住んでいたとか。 -
← 日本人有志によって運営されているセンターの中に安置されている、山田長政像
1612年に朱印船でシャムに渡った山田長政は、日本人町の頭領となり、アユタヤ王朝の国王ソンタムの信任を得て、第三位であるオークヤー・セナービムックという官位を授けられ、国政に重きをなした。
ソンタム王の没後、王位簒奪を狙う摂政シーウォーラウォンに反対して戦いとなり、味方の裏切りに遭って、王宮での戦いに敗れた。
長政の死のあと程なく、日本人町はアラビア人・タイ族・華僑の組織する兵によって焼き討ちされ壊滅した。
「アユタヤの暑夜には魔物が棲む」と遠藤周作がその著書「王国への道」の中で書いた魔物とは、微笑みの国の奥に潜む欲望・奸計・謀略という、人間の性(さが)のことだったのだろうか。 -
← 日本人町のすぐ横を流れるチャオプラヤ川
物語の中で華々しく活躍する山田長政の足跡は、歴史の彼方へと消えている。長政の名前は、当時のオランダの文書に残るだけで、資料が散逸してているアユタヤ朝の文献には何も残されていない。長政は…どこから来て、どのように生きたのか。いや、山田長政は本当に居たのか。
日本人町のすぐ横を流れるチャオプラヤの川面は、今日も変わらぬ静けさであった。 -
← ワット・ヤイ・チャイ・モンコン
アユタヤの東南端に位置するこの寺は、はアユタヤ朝(1350〜1767)の建国6年目、1357年、初代国王ウートンによって建立された。
境内中央の大仏塔(チェディ)は、1592年にナレースエン王が建てたもの。高さ72mの塔はかなり上まで登ることができる。
今日もたくさんのタイの人たちがお参りに来ていて、子供たちが芝生の中で遊んでいた。 -
← 大きな寝釈迦像に参拝する若い女の子
屋外に臥する像だけれど、お参りする人は靴を脱ぎ、
正座して参拝していた。 -
← 大仏塔の東側に安置されている大仏様
この大仏の横の階段を登って、塔の中ほどまで上がることができる。
アユタヤが一望されて、眺望が素晴らしい。 -
西側に鎮座する大仏様。一対の脇侍仏をはべらせている。
この大仏様は、きれいな白さで大きい。西日を浴びて、輝くようであった。 -
← 塔を取り巻いて多くの仏像が安置されている。
壊滅的な破壊に遭っているアユタヤの諸仏の中で、この寺の仏像はほとんど壊されていない。
大きな仏像も、小さな仏像もそれぞれ、お顔が微妙に違っているが、微笑みのある、なんとも、優しいお顔であった。 -
ワット・マハタート
1374年に建立されたアユタヤ朝初期の寺院。でも、ビルマ軍により徹底的に破壊されていて、建物は瓦礫を残すのみ。境内の仏像は頭や胴体を切られている。
← ビルマ軍の持ち帰りを逃れた、地上に転げていた仏頭が、木の根に包まれたものらしい。 -
← 大仏の両側に居並ぶ仏たちの頭部は
すべて切り取られ持ち去られた。 -
← 破壊され、風化して、廃墟となった 寺院の跡
-
← もうほとんど 土の塊りだ。
-
← ワット・プラスイ・サンペット
アユタヤは、1350年から400余年間、5つの王朝35人の王が壮麗な歴史を刻んだ古都だ。
1491年に建立されたアユタヤ最大規模の寺院。隣接する王宮とともに、ビルマ軍によって徹底的に破壊された。 -
← 逆光に浮かぶチューダ(仏塔)
境内に残るこの3基の仏塔には、今も3人の王の遺骨が眠る。 -
アユタヤ象センターで 象に乗った。
象の背中は、意外に揺れるが、しばらくたつとバランスをとる方法がわかってくる。 -
象乗りに、年齢制限はない。
-
← 道路は、象優先だ。
-
← 象の乗り降りは、この台の上からエイと乗り、よっこらしょと降りる。
-
アユタヤから戻って、今日の夕食はバンコク屈指の高級タイ料理店「バーン・カニタ−」。
ここでも章くんは、プ・パッポン・カリーを頼んだ。タイ料理の定番とはいうものの、店によってその味は微妙に違う。
さすがにカニタ−の逸品、カニの香りが高く卵のきめが細かい。手を上げるとウエイターが白いご飯を大きな器から皿に盛ってくれ、何度もお替りに応じてくれるから、「少し…」とか言えばよい。
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