1971/09/15 - 1971/09/20
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さすらいおじさんさん
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7月後半のモスクワは暑かったが9月中旬のモスクワは薄寒く落葉、紅葉が進み、日本の晩秋を思わす光景。夕暮れも早くモスクワの夏の短さを実感した。天気が良く、りんご、桃の果樹園を通りモスクワ大学に行くと地質学を専攻する学生が3人、キャンバスのベンチで休憩しており言葉を交わす。講義をのぞいてみたいと頼むが断られた。果樹園でモスクワ産の小粒のりんごを買って食べるが、水気が少なくスカスカした感じだった。
モスクワからは20時発のアエロフロートの国内機でハバロフスクまで飛ぶ。ヨーロッパではまともな食事をほとんどしていなかったので、夕食の鶏肉、ポテト、キャビア、ピクルス、鱈の塩漬け、瓜の漬物、パン、ケーキ、りんご、紅茶の夕食が豪華に思えた。機内で迎えた夜明け、雲の上に弧を描いて白んでくる空、弧の周りが次第に青みがかり、弧の中央に黄色い朝日が少しずつ広がる。太陽に向かって飛ぶ飛行機から見る朝の訪れは素晴らしい光景だった。ハバロフスクからナホトカはシベリア鉄道、ナホトカから横浜は貨客船バイカル号。税関では荷物を全部あけたが、フィンランドに出国した時の鉄道検査官の容疑者取調べのような厳しさはなかった。船旅はまる2日。甲板にはビリヤード、卓球、輪投げ、チェスなどの遊具があり、船内には映画、ピアノの設備、談話室にはトランプなどの遊具があり、夜は楽団が演奏しダンスを楽しむロシア人も見られた。だが、日本海は荒れていて、船は木の葉が波に舞うように、10mの大波に飲み込まれそうに見えるほど上下に揺れた。私は生まれて初めて船酔いを経験し、一日ベッドで横になっているという情けない船旅だった。船が津軽海峡に近づいてようやく波が静かになり船酔いも収まった。
バイカル号が横浜に到着、税関の検査を受けるがソ連が厳しかったので、簡便な検査のように思えた。
1971年の66日間の旧ソ連、ヨーロッパの旅は私にとっては初めての体験ばかりで強いカルチャーショックを受けた。青春時代に受けたカルチャーショックは私の人生観を変えてしまった。1971年以後は2005年まで長期の旅はできなかったが、私を旅の魅力にのめりこませた。私は現在も将来も恐らく体が動かなくなるまで旅を続けるだろうと思っている。
(旅の費用)
66日間の総額56万円。1ドル360円の時代だから、1ドル120円の現在に換算すると2,016,000円。内訳は旧ソ連内の往復旅費・宿泊費・ビザ等が222,000円、ヨーロッパ鉄道パス45,000円、ヨーロッパ各国での宿泊、移動、観光、食事、その他の費用293,000円。トラベラーチェック700ドル(1ドル360円−252,000円)と日本円30,000円を持参した。
(写真はナホトカから横浜まで帰国便のバイカル号)=1971年の旅 完=
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 100万円以上
- 交通手段
- 鉄道 船
- 航空会社
- アエロフロート・ロシア航空
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