2006/09/28 - 2006/10/01
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ぱんぱーすさん
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嘉峪関。万里の長城の西の終点。ここより西、万里の長城はない(秦・漢代の長城はほぼ現存していない)。長城と一口に言うと、北京あたりの保存のよい部分がクローズアップされそうだが、この嘉峪関あたりの長城もまた長城。東方のそれとは全く趣が異なる。
表紙を飾るのは、まさに長城の西の端の端、それに最西の狼煙台。この向こうに、道は続いていない。
ひと味違う万里の長城をとくとご覧あれ。
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9月28日9時30分、列車内から景色を撮る。敦煌から嘉峪関までは、こういった砂の大地が延々と続いていく。時折点在する川は干上がっている。ここに水が流れる事はあるのだろうか……。
こんなところに線路を敷いた人夫さん達の苦労はいかばかりだったのでしょうか。青蔵高原にも敷こうとしているようだが、並大抵の苦労ではないはず。皆さん頑張ってください。ボク乗りに行きますから。 -
写真を撮っていると、同じ車輌に乗っていた姉弟が興味深々で俺の傍へ寄ってきた。姉は好奇心旺盛で元気いっぱい、弟はちょっと引っ込み思案で俺が話しかけると姉の後ろに引っ込んでしまう。
姉「ねぇ、何してるの?」
俺「んー?外の風景を写真にとってるんだよ」
姉「あたしもやりたいあたしもやりたい」
俺「んー。落とさないように注意してねー」
姉「わー、やったぁ!」
俺「弟くんもカメラ触りたいの?」
弟「……ササッ(姉の後ろへエスケープ)」
俺「……(^^;」
とまぁ、こんな感じでしばらくデジカメを貸してあげる事にしました。写真は姉が自らを撮った1枚。顔近ぇよ!でもまぁ可愛い。 -
後から姉が撮った写真の記録を見てみると、手ブレだらけでほとんど全滅でした。この写真はそんな中できっちりと写っていた数少ない1枚。
どこかの駅。名前は覚えていないが、こんな砂漠のど真ん中に駅なんてねぇ。緑があるから多分オアシスみたいなものがあるのだろうけど、こんな辺鄙な土地で乗り降りする乗客なんてそうそういないだろうに。
ふと「千と千尋の神隠し」を思い出した。水の上に浮かぶターミナルだけの駅舎から神様が乗り降りしている、駅向こうに広がるのはどこまでも果てのない水平線……ちょっとおセンチな郷愁に浸りたいところだったが、俺の周囲では中国人どもがやかましくおしゃべりをし、ひまわりの種を飛ばしまくり、子供は車内を走り回り……ええいもう! -
姉と弟くんを撮ってあげた。こういう出会いってのこそ旅の醍醐味。大事にしないとね。俺自身子供は好きなので、纏わりついてきてくれるのはむしろありがたかった。単調な車窓だけではつまらんし、暇潰しには格好の相手だ。
弟くんには神が降りたとした思えない(笑)。 -
姉が撮ったもう1枚。姉弟の家族がぐーすか寝ています。気持ちよさそうねあなたたち。肖像権侵害になりそうなら消しま〜す。
さて、俺も嘉峪関に着くまでひと眠りしますか。朝早かったからちょっと寝不足……。 -
そんなこんなで12時09分、嘉峪関到着。駅前には数件の賓館以外は何もない。市街地は駅から多少離れたところにあるようだ。バスを利用することにしたのだが……
この地のバスは、日本の路線バスのイメージとは全く違う。具体点を挙げると
?マイクロバスである
?電動扉が壊れているので、扉開閉専用の女性が乗ってる(兼切符売り)
?バス停が無いので、道すがら手を挙げるとバスが停まってくれる
?降りるときも申告制。勝手がわからない旅行者はどうすりゃいいのか
?中国の一般的な路線バスは1元だが、ここでは7角。細かいのねぇよ
う〜ん。瀋陽とも違うな。同じ国でこうも違うとは。
先々が楽しそうだ。 -
13時16分、青年賓館到着。思っていたよりはるかに綺麗な賓館。バス路線(バス停が無いからこう書くしかない)からは1ブロック程離れているが、問題ないだろう。レンタサイクルは無し。
歩き方には「3人ドミトリー90元」とあったので1人で使うと丸々90元払わされるのかとどきどきしていた。フロントの値段表示にも同じように書いてあったし。他の部屋の値段を見るとそれも妥当なのかな〜と思っていたら、ちょっと貧乏臭い俺の格好をみて憐れんでくれたのか、30元に値下げ。もともとこの値段だったのかも知れないが、どっちにしろへ〜い、きたこれ〜い。しかもドミトリー入室時他の客は泊まってなかった。へ〜い、きたこれ〜い。荷物を部屋に残し、身軽になった俺は早速嘉峪関探索開始! -
という訳で街へ繰り出した俺。13時45分、街の中心街の入り口ロータリーにて。確かに砂漠の街なのだが、嘉峪関と長城の西端という観光名所がある街という事で、観光客が落としていくお金でかなり潤っているようだ。道の整備はしっかり行われているし、中国のブランド店も数々出店している。スーパーには品物が数多く揃い、トイレや水道などのインフラも充実している(お湯がきちんと出る!)。トイレットペーパーはやっぱり備え付いてないけど。
しかしいい天気だ。今回の旅行は本当に天気に恵まれている(砂漠なんだから当然か?)。 -
これが噂のリンタクリキシャってやつか。どう見ても日本語っぽい発音だが、中国でもこういうのだろうか、いやそんなはずないだろう。
この街はこういった自転車タクシーが通用する街。さすがに駅まで行けとはいえないが、市街地ならば何処へでも連れて行ってくれる。見てみると結構使っている客が多い。
民航の事務所が移転していたのか、歩き方の地図の場所にない。嘉峪関から次の蘭州までは飛行機を使う予定なのに、これではまず〜い!という事で、図らずもリンタクのおっちゃんに声をかけ、民航の事務所まで連れて行ってもらうことになった。おっちゃん、俺100kgやで。重いやろ……スイマセン、ダイエットします。
さて、着いた先は民航ではなく航空会社の事務所。事務所の方に聞いてみると「民航の事務所は嘉峪関にはありません」と。おーい、じゃあどうやってリコンファームすりゃええんや。とりあえずそこの事務所で飛行機が飛ぶか飛ばないかだけ確認した。 -
という事で、今日は観光チックな1日にしよう。歩き方を開いて、午後だけで周れそうなスポットをチェック。あった、魏晋壁画墓。名の通り、三国時代の魏、そして魏の後継である晋の時代に描かれた壁画が残っている地下墓だそうだ。さて、どんなものが見られるやら……
タクシーの運ちゃんはめちゃめちゃ気のいいおっさんだった。何かしゃべる度に、語尾に「みんばいらまや〜(注訳:わかったんかおんどりゃ〜)」みたいな言葉をいい調子でくっつけてきて、かなり面白い。
運ちゃん曰く「あんな地下の墓なんぞ見て、観光客は何が面白いってんだおらぁ〜!あんなトコ現地の学生が見学で行くくらいしかねぇぞくそったりゃあ!」といった感じで、どうもあまり面白くはないようだ。
写真は墓の上。右の棒状のものは墓の空気穴。さてさて、運ちゃんの言うつまらないものとはどんなものなのでしょうか。時間は只今14時42分。 -
15時06分。俺は既に壁画墓博物館へ来ていた。何故か?
確かに面白くねぇ!値段こそ歩き方に書かれていた35元から31元へと引き下げられていたが、地下には狭っ苦しい小部屋が2つだけ、写真撮影は禁止、壁画の保存状態は確かに良いのだが、描かれている内容が王朝の発祥から滅亡まで……みたいなすごいものではなく、民間の生活をちょこちょこっと描いただけのような、目新しいものではない。欧米のツアーが同時間に訪れていたが、ツアコンが説明している傍から次々と墓の外へ抜け出して行く始末。つーかこんな狭い空間にウン十人も入れるかってーの!
ちなみに博物館も、博物館というよりは土産物屋の色合いが濃い。ここに31元は些か高いように思われます。見るだけ見てとっとと帰る事にしました。今日はもう店じまい、店じまい。 -
9月29日。天気は快晴、いよいよ本格的な観光の開始じゃ!
昨日の時点でれいの調子のいい運ちゃんと交渉して、半日タクシーを借りる事にした。金額は100元。まぁ妥当な金額だろう。運ちゃんとは9時に待ち合わせ。いざ、出発!
9時10分。市街地を抜けると風景は一気にその趣を変える。やはりここもまた砂漠なのだ。どこまでも荒地が広がる。というか、こういった荒地も「砂漠」に分類していいものなのか?
写真は祁連山脈遠景。華西回廊の背骨ともいえる、神の造りたもうた山脈だ。晩夏の砂漠だというのに、山頂付近では雪を頂いている。万年雪なのだろう。雄大な自然を前に、俺の期待は高まってゆく。 -
9時12分。はるか地平の彼方に、小さく小さく見えてきたのは万里の長城の最西端・天下第一墩(←の文字が文字変換でも出ねぇ〜!)。まさに周囲には何も無し。地の果てにそびえる石の壁です。つーか、写真じゃ遠すぎてロクにわからねぇ!やはり最高のカメラは肉眼ですね。皆さん、是非嘉峪関観光へ!
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いよいよ到着です。本当に荒涼とした大地です。こんなところを守らされていた兵士には、たまったものではなかったのでしょうか。
入場は11元。こんな何もないところでも、しっかりチケットブースだけは機能してやがる。まぁこのブースが嘉峪関の財政の生命線の1つなのだろうから無理もないか。 -
9時20分。第一墩の下より。第一墩のすぐ隣は断崖絶壁だ。大地が終わっている。まさかこの地形が人の手によるものであるはずはないだろうが、ギリシャ本土とペロポネソス半島の間の海峡は人の手で造り出したものだというし……
確かにこの地形ならこの先に長城を築く必要はないだろうが、北方騎馬民族も頭を使えば、この谷の入り口を探して、谷の下から中国へ侵入できたのではなかろうか。というか、騎馬民族もこんな辺鄙な土地に来てまで南の諸国を襲う算段は無かったのではなかろうか。
西に広がる「人外の地」西域の大地は、祁連山脈を遥か彼方に頂きながら、穏やかに歴史の営みを見続けてきたのでしょう。 -
この谷を挟んで索道が通っています。といってもロープウェーの事ではなく、消防の避難救助に使うような胴衣を巻き、金具をフックに引っ掛けて滑り降りるという、恐怖感バッチリの代物です。一瞬やってみようかと思いましたが、こんなトコで死ぬと会社に迷惑がかかるというとても殊勝な思考が頭をよぎったので、これは使わない事にしました。べ、別に怖いからやめたんじゃないですよ(^^;
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人用ロープウェーのロープは、対岸にある集落?のようなところまで伸びています。何だろ、あれ。どうやら大回りして橋を渡ればあそこまで行けそうです。一旦上まで戻ろう。
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9時32分。こちらがわの岸の集落?の上へ到着。ここから階段を下りて行く。集落だと思っていた建物群は、どうやら映画のセットであり、過去に中国の何かの映画でこの場所を使って撮影を行ったそうだ。多分、戦争の映画だろう。集落には兵士用の鎧や兜が展示してあったり、物見矢倉が設置されていたり、武器や砲台が多数残されていた。おそらくは、橋を使って対岸へ渡り、そこに広がる広大な平原で撮影を行ったのだろう。
日本と違って土地がひたすら余ってるよなぁ〜。 -
断崖の高さはおよそ30〜40m。遠目で見るとそうでもないが、崖の傍まで近寄って下を眺めると……うわわ、吸い込まれそうで怖い怖い。肝試しは程々に。
崖と崖に挟まれた狭量な棚地を歩く。こんな場所、自然にできるのかますます不思議になる。この地の形成について詳しく研究するのも面白そうだが、時間も金もないのが残念だ。 -
荒地の先に広がるは、神々の降りたもう山、祁連山脈。何故かな、この山並みを見ていると落ち着くというか、心が洗われるというか、祈りを捧げたくなるような感傷さえ起こる。巡礼の地、そんな思いを起こさせるこの地は実に不思議だ。
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映画セットの隅っこで妙な石像群を見つけた。「酔臥砂場」と名づけられたこの場所では、酒を楽しそうに飲む男達の姿が模られていた。けれど……これって何故ここにある必要があるのでしょうか?色々な要素を1つにまとめたがる中国の悪い癖が出たのでしょうか?特に歴史的な彫像でもないようですし、何が何やらサッパリです。
あとから得た情報によると、涼州詩というこのあたりを謳った古代の詩集の中にこの砂場が出てくるんだとか。全然知りませんでした。 -
こんな食べ物もろくになさそうな環境でさえ、生きている生物はいました!
とかげちゃんとでも呼びましょうか……おーいとかげちゃんよぉ、この辺りは干からびた草木と砂地や荒地しか残っていないぞぉ。数十m下には確かに水が流れちゃあいますが、ここには何もないぞぉ。早く元いたところへ帰れよ〜。砂地で隠れているよりきっと楽だぞ〜。
とかげって何食べて暮らしてるんだろう…… -
9時46分。天下第一墩全景を写す。中央の奥で小さく盛り上がっている部分が狼煙台。狼煙台から足滑らせて落ちたやつとか、長い歴史の国だ、1人くらい絶対いそうなものだが。
よく調べてないからよくわからんが、この川ってどこまで流れていくんだろう……祁連山脈が源流っぽいのは何となくわかるのだが。もしかしてこの流れもいつかは黄河へとつながり、東シナ海まで滔々と流れていくのだろうか。 -
9時53分。渓谷の間にかかる橋の前に立つ。崖の途中の棚から延びている橋とはいえ、高さは軽く15mはありそうだ。おまけに橋の板の何枚かにガタがきていて、俺が踏むと浮く!ずれる!お前これいかんでしょ〜!高所恐怖症なお方には渡れないかもしれません。
こんなところで的屋さんが弓と矢持って突っ立ってましたが、商売になるのか?客よう寄り付かへんやろ。いや、だから俺相手に腕前見せてくれなくたっていいからさ。あぁ的に当たったね、凄い凄い。だから俺をぎらぎらと見るのはやめてくれ〜〜(><; -
10時06分。棚から上へ戻り、そろそろ出発することにする。長城最西のシンボル、第一墩狼煙台を撮影。ただの大きな岩にしか見えないが、これも人が造ったものなのだろうか。上へ上って狼煙の跡を確かめたかったが、残念ながら上るのはNG。何しろ狼煙台の向こう側はそのまま谷へ落ち込んでいるのだから危険極まりない。隅の隅まで警戒を怠らなかった、それだけ北方民族の勢力を脅威と感じていたかつての中国王朝の姿が垣間見える。
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俺はダメだろ〜と思ったが、タクシーの運ちゃんが上っちゃえというので、長城の上から写真を1枚。あぁ、俺も同罪。
この盛り土のような長城が、山を飛び谷を越え、僕らの街へはやってこないが、北京を越え、北朝鮮朝鮮民主主義(?)人民協和(???)国との国境の街、丹東まで約5000km弱も延びているんだなぁ。この長城をずーっと歩いていったら、北京の八達嶺長城あたりにも無料で入れるのかなぁ。
地平線の向こう、消失点の近くに微かに見えているのは、おそらく嘉峪関だろう。 -
表紙にもした長城最西端と狼煙台の写真。よく見ると、頂上の上部と下部の土の色合いが違う。境目(写真の下ぎりぎり)もはっきり見て取れる。やっぱりそうだよね、復元しないととても長城だなんてわからなかったんだろうね。それより、復元前の長城って北方民族の侵入を防ぐ術にはなってなかったのではなかろうか。いや、そもそもその時代にはそんな北の脅威なんて無かったんだろう。
北京辺りの楼閣や石積みがしっかりしている長城も、復元される前はどんな姿だったのだろうか。 -
10時08分。空はどこまでも青く、人の心を満たしていく。
次の目的地、懸壁長城へ向かう事にする。
第6章 終幕
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