2006/10/20 - 2006/10/20
172位(同エリア188件中)
まみさん
2006/10/20(金)第13日目:ペーチ
ブダペスト・ケレーティ駅発9:30の列車でペーチ着12:30頃
旧ガーズィ・カスィム・バシャ・モスク、チョントヴァーリ美術館、大聖堂、ジョルナイ博物館、ハンガリー現代絵画館、マーティン・フェレンツ美術館、良きサマリア人の教会とジョルナイ噴水、セーチェーニ広場で夕刻と夜景の撮影
つばのない水色の帽子をかぶった坊やのような、シンプルで可愛い旧ガーズィ・カスィム・パシャ・モスク。
これぞぺーチのシンボルです。
ペーチ駅を出たとき、ここが本当にぺーチなのかと心細くなったものですが、市バスでゆるやかな坂を上った先に、車窓の外にこの特徴的な建物を目にしたとき、ああ、ここはペーチなのだと、やっと実感がわきました。
中は現在キリスト教の教会として利用されていますが、モスクの美しさがそのまま残されていました。
とりわけ、赤と白のしましまアーチと、天使の絵のある宇宙チックな天井の絵が息をのむような美しさです。東と西の文化の幸運な融合の一つの姿ではないかと思いました。
その融合に至る歴史は決して幸運ではないにしても。
「ハンガリーに現存する数少ないモスクの一つ。都市の中央広場にあり、周囲のバロック、セセッションの街並と共存しているのが興味深い。現在はカトリック教会として用いられているが、ミフラーブなど当初の内装の一部も保存されている。」
(「世界の建築・街並みガイド5」(エスクナレッジ社)より)
ぺーチが、15世紀、スルタン・スレイマン大王時代のオスマントルコ軍に攻撃されたとき、防御の体制は整っていませんでした。町を守る壁は弱く、武装した兵はほとんどいませんでした。町にいたのは、商人の他は、書記など文系の人間ばかりでした。
町は王に救援を求めましたが、当時、ハンガリーには王が2人いました。ハプスブルグ家のフェルナンドと、ジョン・サポリアイ(John Szapolyai)です。どちらの王も自らの勢力の拡大に始終していたため、ペーチに救援が送られることはありませんでした。その結果、1543年、ペーチはオスマントルコに征服されてしまいます。
ただし、オスマントルコ支配時代、ペーチの役割はトルコ軍要塞への物資供給だったため、町は破壊を免れました。それどころか、トルコ軍は新しい建築を建てました。旧ガーズィ・カスィム・バシャ・モスクはその一つです。
(ぺーチで買ったパンフレット「PECS─A City Set in Time」(Colvina社刊)より抜粋抄訳)
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旧ガーズィ・カスィム・バシャ・モスク内部
まずは内部の写真から。
入場料は無料でした。
この赤と白の「しましま」───スペイン・アンダルシア地方のコルドバのモスクを思い出させます。 -
聖人あるいは天使の絵のある、どこかビザンチン的な旧ガーズィ・カスィム・バシャ・モスクの天井フレスコ画
美しい幾何学模様はイスラムの影響を思わせます。 -
トルコらしい窓としましまアーチと天井のフレスコ画の一部
鍾乳洞をモデルにしたくぼみのところにキリスト教の聖像が。 -
裏側から眺めた主祭壇
アーチ上部の壁一面のフレスコ画がすばらしいです。
2階部分にもすてきな絵が並んでいます。
こちら側は、20世紀に増築された部分です。 -
天井フレスコ画とアラブチックなシャンデリアと
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アラブチックなシャンデリアを、アングルを変えてもう1枚@
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旧ガーズィ・カスィム・バシャ・モスクと三位一体の柱
内部見学に満足した後、外からの写真を撮りました。
旧ガーズィ・カスィム・バシャ・モスクの屋根は、空を背景にすると、ちょいと緑がかったエメラルドグリーンに見えます。なかなか微妙で繊細な色合いです。
セーチェーニ広場のこのモスクの前にはずらっと車が駐車していたので、それをなるべくファインダーに入れないようにするには苦労しました。
この三位一体の柱は、Lonely Planetによると、1908年に建てられた3本目だそうです。
「ペーチュの町を象徴するこのモスクは、16世紀のトルコ支配時代に建てられた。外観はイスラム寺院だが現在はカトリックの教区教会になっている。高さ28m、直径18mの青銅色の丸い屋根は、外郭も美しく内部の装飾も素晴らしい。トルコ軍が引き上げた後にキリスト教の教会に改築されたが、今世紀になって再びトルコ時代の外観に造り替えている。」
(「旅名人ブックス ハンガリー“千年王国”への旅」(日経BP社)より) -
セーチェーニ広場の旧ガーズィ・カスィム・バシャ・モスク
三位一体の像とフニャディ・ヤーノシュの騎馬像と
この写真は実は翌日に撮ったものです。
ペーチに行く前夜にブダペストで見た天気予報では、翌日の土曜日はペーチを含むハンガリー南部はときどき雨ということだったのですが、ごらんのとおり、よく晴れていました@
ちなみに、フニャディ・ヤーノシュは、1456年のベオグラードでトルコ軍を敗った総司令官です。
そのときのフニャディ軍は1万人、しかもローマ教皇の十字軍宣言でやってきた民衆の援軍をあわせて3万ほどでしたが、10万のトルコ軍を相手に奇跡の大勝利を収めた戦いだそうです。
(参考「「旅名人ブックス ハンガリー“千年王国”への旅」(日経BP社))
このフニャディ・ヤーノシュの息子が、ハンガリーにルネサンス芸術を開花させ、最も安定した時期をもたらした、マーチャーシュ・コルヴィヌス王です。
ただ残念ながら、1526年のモハーチの戦いでハンガリーはオスマントルコに大敗します。
その後、トルコ支配は160年間続くことになります。
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