2006/09/22 - 2006/09/22
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Krisflyerさん
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宋廟と昌慶宮の観光を終えるとそのまま、元来た道を通り西へと向かう。10分程歩いた所で、昔ながらの大きな門が見えてきた。ここがソウルにあるもう一つの世界遺産である昌徳宮の入り口となる「敦化門」である。
案内書(日本語版)によると、昌徳宮は1405年、李氏朝鮮の国王太宗(テジョン)により二番目の宮殿として建てられた。ちなみに一番目の宮殿は景福宮(キョンボッコム)であるが、こちらは残念ながら、世界遺産には認定されていない。昌徳宮はオリジナルの建物が多い事が理由で登録された。
昌徳宮の観光は自分勝手には出来ない。一日に韓国語、中国語、英語、日本語のツアーが何度か催行され、それに参加しての参観となる。さすがに日本語ツアーは大人数になるようだ。ツアー出発時間になるとドヤドヤと大勢やってきた。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 航空会社
- アシアナ航空
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【敦化門/トンファムン】
昌徳宮の入り口でもあり、ツアーの集合場所でもある。1412年に建てられたが、現存するものは1609年の再建である。韓国では最古の宮殿門であるらしい。 -
【錦川橋/クムチョンキョ】
韓国の宮殿は宮殿内部に入る前にこの様な堀に掛かる石橋を渡るような造りになっている。堀は風水による吉永の役目を果たすらしい。
橋の向こうには宮殿の入り口となる進善門(チンソンムン)が見える。 -
錦川橋の欄干部分の頂部にある動物の彫刻。
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【仁政門/インジョンムン】
進善門より宮殿内部に入るとすぐ左手に見えてくる門。1405年に建てられたが消失した為、1803年に再建された。ここの門を入ると、仁政殿(インジョンジョン)へと通じる。 -
【仁政殿/インジョンジョン】
臣下の礼、外国使節との接見等公式行事に使用された建物。1405年に建てられたが、2度の消失を経て、1804年に再再建されたものである。 -
仁政殿にへと上る階段。階段の中央部にはこの様に彫刻が施されている。紫禁城にも見られるこの様な造りは中国の影響と思われる。ここは皇帝だけが通る道なので、今でも一般観光客は通ってはいけない。
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仁政殿の内部。天井には電気明かりが見えるが、これは観光用に付けたのではなく、朝鮮王朝末期には既に電気という物が存在していたらしい。
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仁政殿から仁政門の方向を見た様子。皇帝はここで臣下と接見したが、臣下は自分の官位に従って順番に並んだらしい。並ぶ場所には官位を記した「品階石」が順番に並んでいる。
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仁政殿を取り囲む回廊の様子。やはり朱塗りの柱に緑色の切妻の梁が通してある。
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宣政殿へと通じる門。門の上部には槍の先端の形をした様な装飾が施されている。
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【光範門】
宣政殿に通じる門。 -
【熙政堂/ヒジョンダン】
宣政殿の右手に見えるのがヒジョンダンです。解説は後で・・・・。 -
【宣政門/ソンジョンムン】
宣政殿へと通じる門。 -
【宣政殿/ソンジョンジョン】
王の執務室。1461年に建てられたが何度も火事で焼失し、現在のものは1647年の建築。宮殿では現存する唯一の青瓦の建物。 -
熙政堂/ヒジョンダンへと続く通路。正面に有る建物の下をくぐると右手に熙政堂、左手に大造殿が有る。正面にあるのは熙政と堂大造殿とを繋ぐ廊下。高床式の建築なのが興味深い。
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【熙政堂/ヒジョンダン】
元々の建物は1917年に焼失したので、現在の物は景福宮より移管してきたもの。熙政堂はもとは王の寝室であったが、後に執務室を兼ねる様になった。 -
【宣平門/ソン・・ムン】
熙政堂の向かいに有る大造殿へと続く門。 -
【大造殿/テジョジョン】
国王の寝室の向かいにある王妃の寝室。こちらも1917年に焼失したので、景福宮にあった別の建物を遺憾してきた。一部は洋式になっている。 -
その中の様子。
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何の建物だったか忘れました。
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【スラッカン】
大造殿の西側にある王室の台所。近代に造られたので洋式となっている。国王は結構クッキーとかケーキを好んで食べたらしい・・・。意外と現代的な人だったのですね。 -
大造殿の裏手にある建物。
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同じく、大造殿の裏手に有る。この建物の下にはオンドルが仕込まれている。オンドルとはいわゆる暖床の事。冬の寒いソウルには欠かせない。
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これがオンドル。竈の様になっている。ここで火をくべて床を暖めたという。
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建物の裏手にはオンドルの煙突が有る。
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大造殿の裏手にあたる部分。
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ここからはちょっと高台となる後苑へと向かいます。後苑は皇帝とその家族の秘密の庭園とも言われていました。
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ここから芙蓉池エリアへと入っていきます。
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【芙蓉亭/プヨンジョン】
芙蓉池/プヨンジの辺に立つ四角形の建物。建物のうちの2本の柱は池の中に浸かっている。池の中に迫り出した縁側からは国王が釣りを楽しんだという。王が魚を釣り上げる毎に音楽が打ち鳴らされたらしい。 -
【芙蓉池/プヨンジと宙宇楼/ジュハップル】
芙蓉池は人口の池で天は丸く地は四角いという伝統的な宇宙観によって造成されている。池は地を意味し、真ん中の島は天を意味する。
池の向こうに見える2階建ての建物は宙宇楼と呼ばれ1776年に建てられたもの。この建物の1階には学問を研究する機関や文書倉庫が置かれていた。更に左手の建物は王の図書館となっており、寒い冬にも本を読めるようにオンドルの装置が有る。 -
【英花堂/ヨンファダン】
芙蓉池エリアの北東に面している建物。王族の休息空間として使われた。
暎花堂前の広場では、王が参席する中で科挙の試験が行なわれた。現在この建物にかかっている看板は英祖が直接書いた。 -
【全馬門】
愛蓮池エリアに入る門。 -
【寄傲軒/キオホン】
愛蓮池に向かっている建物。純祖の息子が休憩したり読書をしていたところ。 -
【奇斗閣/イゥドゥハップ】
寄傲軒の隣に立つ小さな建物。 -
愛蓮池エリアより再び急な坂道を登り南側のエリアに下りてきた。この建物は内医院/ネイウォンと呼ばれ、宮殿内部の医院であった。かの有名なチャングムはここで医者をしていた・・・らしい。
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【承華楼】
楽善斎の裏手にある東屋。図書館だったらしい。このエリアは残念ながら特別ツアー以外では参観出来ない。次回期待。 -
【楽善斎/ナクソンジェ】
1847年に王の息子の宮の東宮が有った場所に、王の休憩場所として建てられた。他の建築と違い木の自然の色をそのまま使い至って落ち着いた感じである。 -
これが、楽善斎。最近まで李氏朝鮮の王族が住んでいたらしい。日本の皇室から政略結婚で嫁いだ方子もここで暮らしていた。
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【王の車庫】
王が使用した御輿、移動式休憩室、車が並ぶ。車はキャディラックとダイムラー。最近2億円をかけて修理した・・・にもかかわらずエンジンは動かないらしい。 -
こちらが御輿。
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