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行き先:鎌倉<br />日にち:2004年9月23日<br /><br />鎌倉へ行ってきた。<br />日本史好きな僕としては、一度は必ず行ってみたかった場所。<br />日本史の中で特に『鎌倉時代が好き』ってわけでもないけど(だた、室町へ移る時期〜南北朝時代〜は好き。後醍醐天皇と足利尊氏の話がおもしろい)、日本史上初の武家政権が樹立された『鎌倉』へは一度いきたかったのだ。<br /><br />---------<br /><br />僕が始めて鎌倉幕府にゆえんのある人の名前を知ったのは、源頼朝でも源義経でもなく、ましてや北条政子でもなく、何を隠そう『源実朝』なのである。<br />小学校6年生のころに初めて知った源実朝。和歌好きで鶴ヶ岡八幡宮で甥の公暁に暗殺されたということを知って、かなり日本史の興味を持ったのを覚えている。<br />なぜ、そんなことで日本史に興味をもったのだろうか?まったく覚えていないけど、僕が日本史に興味を持ったきっかけは、戦国の英雄「織田信長」でもなく、風雲の異端児「坂本竜馬」でもなく、和歌好きで鶴ヶ岡八幡宮で殺された「源実朝」なのだ。<br />そんな想いを胸に、『いざ鎌倉』へ旅立った。<br /><br />---------<br /><br />鎌倉の寺社は結構点在しており、徒歩でいけなくもないが、つかれきってしまうので、江ノ電の一部とバスの一日乗り放題切符『頼朝手形』なるものを買ってから観光することにした。<br /><br />最初に向かったのは『長谷寺』である。<br />確か、アジサイが有名な寺だったような…ってあいまいな記憶のまま、特に知っていたわけでもないけど、「るるぶ」に観光コースのひとつとして掲載されていたので行ってみた。<br />記事的にはかなり小スペースで掲載されていたけれども、入ってみるとかなりいいお寺だった。<br />きれいに彼岸花が咲いており、池もきれいに手入れがしてあった。本堂にはかなり大きな観音様(高さ9メートル)が安置されており、荘厳な姿を見せていた。<br />この寺には「弁天窟」というところがあり、弁天様と弁天様に使える12の従者が祭られている。腰をかがめないと入れないような場所で、中は薄暗かったが、壁に彫られた弁天様が静かに立っていた。昔は修行僧が本当に修行をしていた場所らしい。<br />きれいに咲いている彼岸花を後にして、僕は次のスポット「高徳院」に向かった。<br /><br />『高徳院』は「鎌倉の大仏様」で有名な寺社だ。<br />「奈良の大仏様」とは異なり、金色でもないし立派な大仏殿もない。<br />だけど、周りの山々に囲まれて自然とともに静かにたたずむ大仏様は、本当に味があって、心が癒される思いがした。<br />本当は大仏殿もあり金色だったらしいけど、大仏殿は火災で焼け落ち金箔は剥がれ落ちたらしい。<br />東大寺には奈良の大仏様の鼻の穴大の穴が東大寺の柱に空けてあるのに対し、高徳院の鎌倉の大仏様は実際に大仏様の中に入れる(¥20円)。<br />入ってみたが、中は薄暗く外ほどの精密さはなかった。ちょうど頸部に強化プラスティックを塗りこんだ後があっただけで、それほど見るところはなかったけど、大仏様の中に入れただけでうれしい気分だった!<br />もともと大仏殿の柱の基礎に腰を下ろして休憩した後、次の目的地「鎌倉宮」へむかった。<br /><br />『鎌倉宮』は歴史は浅い。<br />明治時代に創建され、後醍醐天皇の第一皇子が祭られている場所。<br />真っ白に塗られた鳥居が印象的だったが、その他にはほとんど見るところはなかった。<br /><br />鎌倉宮から歩いて少しのところに『源頼朝の墓』がある。<br />鎌倉幕府を築き日本史上初の武家政権を構築した偉大な武将の墓だ。<br />僕は徳川家康の墓(日光東照宮)にも行ったことがある。豪華だけど素朴さもあり長期政権の元を築いた家康の最後の場所にふさわしいと思った。<br />そんなイメージを抱きながらいってみた頼朝の墓。<br />本当にびっくりするほど素朴だ。<br />小高い丘に鳥居と墓石がひとつあるだけ。<br />これにはびっくりした。だけど、決して陳腐なわけではなかった。鎌倉市内を見渡せる丘の上のうっそうとした雑木林に囲まれて、コケが生えているものの、それがまた歴史を思わせるような墓であり、偉大な武将の最後の場所には、日光東照宮同様にふさわしいと思った。<br /><br />源頼朝の墓を後にして、鶴岡八幡宮までの途上にある『荏柄天神社(えがらてんじんじゃ)』に立ち寄った。<br />何で立ち寄ったかというと、「天神社」ってのは何の神様なのか?ということが急に疑問に浮かんだからだ。<br />天満宮と関係するのか?とか、いろいろ考えたけど、行って見るのが早いと思い、いってみることにした。<br />この神社は「紅梅」が有名らしく、春先にはきれいに咲くらしい。たが、今回は残暑のときであり、まったく見れなかったけど…。また「筆供養」に関係ある神社でもあるらしく、大きな筆のモニュメントがおいてあり、その周りに有名無名を問わずさまざまな漫画家のサインがされていた。<br />結局、先の疑問に直結するような答えは見つからなかったけど、売っていた御守りがほとんど「学業」であり、受験日には合格祈願をするサービスも行っていると書いてあったので、おそらく学問の神様であり、天満宮と同じような神社であろうと思う。<br /><br />そんな寄り道を抜け、とうとう今回の旅の本命である『鶴ヶ岡八幡宮』に着くことになった。「八幡宮」とは武家の神様を祭る神社であり、武家には深いかかわりがある。<br />源頼朝が「平家であらざるものは人ではあらず」と言われていた時代に、無謀にも挙兵をした後、すぐに鶴岡八幡宮に勝利祈願をしたらしいと言われている。それほど「八幡宮」は武家と関わりの深い神社なのだと思う。(ただ、頼朝は自分が出陣した戦で、一度も勝利したことがない…)<br />鶴ヶ岡八幡宮は敷地も広いし、源平池などという比較的広い池もあり、その中に蓮が生育されていた。花が咲く7月ころはかなりきれいだろうと思われた。<br />広い境内をゆっくり本宮に向かって歩いていき、参拝を済ますと一通り本宮を見て回った。本宮そのものは赤や緑、黄色とカラフルな色調で江戸時代や奈良・平安時代に建てられた寺院とはちょっと違う気がした。どちらかというと、唐風で安土桃山時代のような豪華絢爛な建物のように思える。武士は自分の生活は質素だが、信仰には篤く崇拝する寺院にはお金を惜しまなかったのだろうか?<br />100円で入れる宝物院に入ったが、ここはちょっと期待はずれ。あまりいい宝物は置いてなかった。ただ、八幡宮の「八」が形象化され「鳩」が描かれている看板が安置してあり、「鳩」が八幡宮の大切な鳥であることが知れた。<br />鶴ヶ岡八幡宮を満喫した後、鎌倉五山の一位「建長寺」に向かった。<br /><br />『建長寺』は鎌倉五山の一位であり、当時はもっとも権威ある寺社である。<br />「座禅」を組む「臨済宗」の総本山で、歴史もかなり古い。<br />その古さのため三門もかなり荘厳で古めかしく鶴岡八幡宮とは異なった良さがあった。<br />仏殿におまいりしたのち、ちょっと奥の方にある「建長寺庭園」が見渡せる「方丈」に向かった。<br />「方丈」は仏事を行うような建物であり、大きな畳の部屋がある建物なのだが、そこから見渡せる庭園が最高にいい景色を作っていた。きれいに手入れされた芝生と池があり、まさしく日本庭園という形で、ちょうど夕方にもなり涼しい風と座り午後地のいい椅子が用意されており、疲れた足を一休みさせるのに絶好な場所だった。<br />本当に癒される庭園を見ながら、毎日満員電車にのって通勤している心を和ませた後、建長寺を後にした。<br /><br />次は鎌倉五山の第二位である『円覚寺』!とおもったが…閉園時間となり見ることができなかった。<br />せっかく鎌倉に来たので、日本史の教科書になら必ず掲載されている『円覚寺舎利殿』を見たかったのに、とても惜しいことをした。<br />まぁ、途中休憩したり寄り道したのがいけなかったが、旅の中で寄り道は付き物だし、再び鎌倉に来る用事もできたというものだ。<br />そう思い直して、再び江ノ電に乗って鎌倉を後にした。<br /><br />---------<br /><br />このようにして鎌倉の旅は終わった。<br />別に「源頼朝ツアー」でもなんでもなく、ただ「鎌倉に行って見たいな」という気持ちだけで行ったが、頼朝のことも少しは知れたし、鎌倉という土地も知れてかなり楽しめた。<br /><br />歴史は好きな人と嫌いな人に分かれると思う。<br />僕の兄貴は「歴史」と聞くとじん麻疹ができるほど歴史嫌いな人だが、好きな人にとっては本当に楽しいものだと思う。<br />学んだって実際に頼朝や実朝、義経に会えるわけでもなく、彼らのような英雄のように生きれる訳でもない。ただ、彼らが実際にその土地に存在し、同じ日本人だったのは事実であり、そのような人物の生き様を想像しながら、時には「自分なら…」と思い、想像するのが楽しく、それが「歴史」の最大の醍醐味だと思う。<br /><br />せっかく何かの縁で関東に来ているのだから、なるべく多くの歴史名所を訪ねて、歴史上の人物に想いを馳せていきたい。

てくてく鎌倉…

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2004/09/23 - 2004/09/23

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なごみさん

行き先:鎌倉
日にち:2004年9月23日

鎌倉へ行ってきた。
日本史好きな僕としては、一度は必ず行ってみたかった場所。
日本史の中で特に『鎌倉時代が好き』ってわけでもないけど(だた、室町へ移る時期〜南北朝時代〜は好き。後醍醐天皇と足利尊氏の話がおもしろい)、日本史上初の武家政権が樹立された『鎌倉』へは一度いきたかったのだ。

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僕が始めて鎌倉幕府にゆえんのある人の名前を知ったのは、源頼朝でも源義経でもなく、ましてや北条政子でもなく、何を隠そう『源実朝』なのである。
小学校6年生のころに初めて知った源実朝。和歌好きで鶴ヶ岡八幡宮で甥の公暁に暗殺されたということを知って、かなり日本史の興味を持ったのを覚えている。
なぜ、そんなことで日本史に興味をもったのだろうか?まったく覚えていないけど、僕が日本史に興味を持ったきっかけは、戦国の英雄「織田信長」でもなく、風雲の異端児「坂本竜馬」でもなく、和歌好きで鶴ヶ岡八幡宮で殺された「源実朝」なのだ。
そんな想いを胸に、『いざ鎌倉』へ旅立った。

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鎌倉の寺社は結構点在しており、徒歩でいけなくもないが、つかれきってしまうので、江ノ電の一部とバスの一日乗り放題切符『頼朝手形』なるものを買ってから観光することにした。

最初に向かったのは『長谷寺』である。
確か、アジサイが有名な寺だったような…ってあいまいな記憶のまま、特に知っていたわけでもないけど、「るるぶ」に観光コースのひとつとして掲載されていたので行ってみた。
記事的にはかなり小スペースで掲載されていたけれども、入ってみるとかなりいいお寺だった。
きれいに彼岸花が咲いており、池もきれいに手入れがしてあった。本堂にはかなり大きな観音様(高さ9メートル)が安置されており、荘厳な姿を見せていた。
この寺には「弁天窟」というところがあり、弁天様と弁天様に使える12の従者が祭られている。腰をかがめないと入れないような場所で、中は薄暗かったが、壁に彫られた弁天様が静かに立っていた。昔は修行僧が本当に修行をしていた場所らしい。
きれいに咲いている彼岸花を後にして、僕は次のスポット「高徳院」に向かった。

『高徳院』は「鎌倉の大仏様」で有名な寺社だ。
「奈良の大仏様」とは異なり、金色でもないし立派な大仏殿もない。
だけど、周りの山々に囲まれて自然とともに静かにたたずむ大仏様は、本当に味があって、心が癒される思いがした。
本当は大仏殿もあり金色だったらしいけど、大仏殿は火災で焼け落ち金箔は剥がれ落ちたらしい。
東大寺には奈良の大仏様の鼻の穴大の穴が東大寺の柱に空けてあるのに対し、高徳院の鎌倉の大仏様は実際に大仏様の中に入れる(¥20円)。
入ってみたが、中は薄暗く外ほどの精密さはなかった。ちょうど頸部に強化プラスティックを塗りこんだ後があっただけで、それほど見るところはなかったけど、大仏様の中に入れただけでうれしい気分だった!
もともと大仏殿の柱の基礎に腰を下ろして休憩した後、次の目的地「鎌倉宮」へむかった。

『鎌倉宮』は歴史は浅い。
明治時代に創建され、後醍醐天皇の第一皇子が祭られている場所。
真っ白に塗られた鳥居が印象的だったが、その他にはほとんど見るところはなかった。

鎌倉宮から歩いて少しのところに『源頼朝の墓』がある。
鎌倉幕府を築き日本史上初の武家政権を構築した偉大な武将の墓だ。
僕は徳川家康の墓(日光東照宮)にも行ったことがある。豪華だけど素朴さもあり長期政権の元を築いた家康の最後の場所にふさわしいと思った。
そんなイメージを抱きながらいってみた頼朝の墓。
本当にびっくりするほど素朴だ。
小高い丘に鳥居と墓石がひとつあるだけ。
これにはびっくりした。だけど、決して陳腐なわけではなかった。鎌倉市内を見渡せる丘の上のうっそうとした雑木林に囲まれて、コケが生えているものの、それがまた歴史を思わせるような墓であり、偉大な武将の最後の場所には、日光東照宮同様にふさわしいと思った。

源頼朝の墓を後にして、鶴岡八幡宮までの途上にある『荏柄天神社(えがらてんじんじゃ)』に立ち寄った。
何で立ち寄ったかというと、「天神社」ってのは何の神様なのか?ということが急に疑問に浮かんだからだ。
天満宮と関係するのか?とか、いろいろ考えたけど、行って見るのが早いと思い、いってみることにした。
この神社は「紅梅」が有名らしく、春先にはきれいに咲くらしい。たが、今回は残暑のときであり、まったく見れなかったけど…。また「筆供養」に関係ある神社でもあるらしく、大きな筆のモニュメントがおいてあり、その周りに有名無名を問わずさまざまな漫画家のサインがされていた。
結局、先の疑問に直結するような答えは見つからなかったけど、売っていた御守りがほとんど「学業」であり、受験日には合格祈願をするサービスも行っていると書いてあったので、おそらく学問の神様であり、天満宮と同じような神社であろうと思う。

そんな寄り道を抜け、とうとう今回の旅の本命である『鶴ヶ岡八幡宮』に着くことになった。「八幡宮」とは武家の神様を祭る神社であり、武家には深いかかわりがある。
源頼朝が「平家であらざるものは人ではあらず」と言われていた時代に、無謀にも挙兵をした後、すぐに鶴岡八幡宮に勝利祈願をしたらしいと言われている。それほど「八幡宮」は武家と関わりの深い神社なのだと思う。(ただ、頼朝は自分が出陣した戦で、一度も勝利したことがない…)
鶴ヶ岡八幡宮は敷地も広いし、源平池などという比較的広い池もあり、その中に蓮が生育されていた。花が咲く7月ころはかなりきれいだろうと思われた。
広い境内をゆっくり本宮に向かって歩いていき、参拝を済ますと一通り本宮を見て回った。本宮そのものは赤や緑、黄色とカラフルな色調で江戸時代や奈良・平安時代に建てられた寺院とはちょっと違う気がした。どちらかというと、唐風で安土桃山時代のような豪華絢爛な建物のように思える。武士は自分の生活は質素だが、信仰には篤く崇拝する寺院にはお金を惜しまなかったのだろうか?
100円で入れる宝物院に入ったが、ここはちょっと期待はずれ。あまりいい宝物は置いてなかった。ただ、八幡宮の「八」が形象化され「鳩」が描かれている看板が安置してあり、「鳩」が八幡宮の大切な鳥であることが知れた。
鶴ヶ岡八幡宮を満喫した後、鎌倉五山の一位「建長寺」に向かった。

『建長寺』は鎌倉五山の一位であり、当時はもっとも権威ある寺社である。
「座禅」を組む「臨済宗」の総本山で、歴史もかなり古い。
その古さのため三門もかなり荘厳で古めかしく鶴岡八幡宮とは異なった良さがあった。
仏殿におまいりしたのち、ちょっと奥の方にある「建長寺庭園」が見渡せる「方丈」に向かった。
「方丈」は仏事を行うような建物であり、大きな畳の部屋がある建物なのだが、そこから見渡せる庭園が最高にいい景色を作っていた。きれいに手入れされた芝生と池があり、まさしく日本庭園という形で、ちょうど夕方にもなり涼しい風と座り午後地のいい椅子が用意されており、疲れた足を一休みさせるのに絶好な場所だった。
本当に癒される庭園を見ながら、毎日満員電車にのって通勤している心を和ませた後、建長寺を後にした。

次は鎌倉五山の第二位である『円覚寺』!とおもったが…閉園時間となり見ることができなかった。
せっかく鎌倉に来たので、日本史の教科書になら必ず掲載されている『円覚寺舎利殿』を見たかったのに、とても惜しいことをした。
まぁ、途中休憩したり寄り道したのがいけなかったが、旅の中で寄り道は付き物だし、再び鎌倉に来る用事もできたというものだ。
そう思い直して、再び江ノ電に乗って鎌倉を後にした。

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このようにして鎌倉の旅は終わった。
別に「源頼朝ツアー」でもなんでもなく、ただ「鎌倉に行って見たいな」という気持ちだけで行ったが、頼朝のことも少しは知れたし、鎌倉という土地も知れてかなり楽しめた。

歴史は好きな人と嫌いな人に分かれると思う。
僕の兄貴は「歴史」と聞くとじん麻疹ができるほど歴史嫌いな人だが、好きな人にとっては本当に楽しいものだと思う。
学んだって実際に頼朝や実朝、義経に会えるわけでもなく、彼らのような英雄のように生きれる訳でもない。ただ、彼らが実際にその土地に存在し、同じ日本人だったのは事実であり、そのような人物の生き様を想像しながら、時には「自分なら…」と思い、想像するのが楽しく、それが「歴史」の最大の醍醐味だと思う。

せっかく何かの縁で関東に来ているのだから、なるべく多くの歴史名所を訪ねて、歴史上の人物に想いを馳せていきたい。

同行者
カップル・夫婦
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
JRローカル
旅行の手配内容
その他

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