2006/01/10 - 2006/01/15
517位(同エリア1005件中)
ぱぶさん
王家の墓の次はかの有名なハトシェプスト葬祭殿に行く。ここでは以前テロ事件が有ったり、景色も良く知れ渡っている。駐車場からかなりの距離を歩く。そして、その地に立つと、やはり素晴らしいとの一語に尽きる。何よりも壮大なスペース、緩やかなスロープの通路を昇り、本殿に着く。第1、第2、第3テラスとゆったりした広場が簡素な美しさを醸し出している。見渡す限りの広々とした景色で赤茶けた色の石造りが青い空に良く映える。
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マイクロバスを降りてからかなりの距離を歩く。ずーと向こうに葬祭殿の建物が見える。
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葬祭殿へのスロープも見えてきた!
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もうすぐだ、頑張れ!
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シンボル・マークはこれだね。両腕を組む!
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それでは早速これでいいかな?!記念スナップ。
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本殿の上から来しかたを振り返り、スナップに。テラスが広いね!
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本殿やその奥のレリーフを沢山見学して、ちょっと良い壁画のところや、警備のカッコ良いお兄さんのところではスナップを撮る。
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これらの壁画はハトシェプスト女王の治績の時代を歴史記録に描いたもの。
(例えばこの壁画は遠方の国から貢物を運んで来ている様子か?) -
このスナップも人物よりも後ろの壁の書付が立派なのである。(元画像に拡大してご覧あれ。)
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ここは本殿の奥にある至聖所。
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警備のかっこ良いお兄さんが立っている。
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一時間くらいで次の目的地、メムノンの巨像のところに行く。ここは畑地の様な平面に、巨像2体が立っている。何故か犬2匹がいてメムノンを背景の観光客の写真に一緒に入ったりしている。11時過ぎにツアーは終わってしまった。6時間と言われていたツアーが4時間で終わったのだ!
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残った時間はホテルの外に出て、ルクソールの街の見学とする。狭い通りには色々布地やみやげ物屋が軒を連ね、客引きのお兄さんの呼び込みも盛んである。もちろん日本語の片言、“やすいよ”と言った言葉が投げかけられるのである。
(道路から商店街への入り口である。中は両側お店があり、呼び込みが掛かる。) -
先程の商店街を抜けるとまた違った風景の店が立ち並ぶ。
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ルクソール神殿の裏側と言ったところの街中。ロータリーのあるところで、観光馬車も見えますね。後ろの塔は火の見ヤグラの様にも見えますがなんでしょう?
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街の散策の帰り、ナイル川沿いの道を歩いていると、ここにも阪急交通のツアー・バスが何台か止まっていました。カイロと同じく日本からの観光客も多いのですね。
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ホテルに戻ったのは13:30、予約の次のガイド付きツアーは15:00からなので、ぱぶさんはプールでひと泳ぎすることとする。外気温26℃、水温27℃と屋外プールであるが、ちょうど快適温度である。小さな子供達に混ざって、ぱぶさんはさながらサメの様に、プール外周に沿ってクロールでぐるぐる廻る!小一時間遊んで、シャワーを浴びあがる。
(ホテルの部屋からのナイル川と王家の谷方面のスナップ。) -
15:00ガイドさんはAzzaさんと言う女性で、目下婚約者が決まっていると言うとても幸せ状態の人である。大学の観光学科を卒業し、5〜6年ガイドをやっているそうで、午前中のネルメーンさんは彼女の後輩と言う。カルナック神殿からスタートする。ここはエジプト最大規模の遺跡で巨大建物群である。
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カルナックにはハトシェプスト女王や他の王のオベリスクが何基か立っている。
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後ろにもオベリスクが2基見える。
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大列柱室、第1から第5までの直線の塔門といくつもの門、直角に突き出したトトメス3世やセト神殿と言ったもののある、第7から第10までの塔門もある。これらの門に隔てられ神殿や至聖所、祝祭殿と言った部屋もあるのである。134本もの列柱には同じ彫り物が施されており、全て、アムン神への捧げものを表したものである。
(ここには絵はがきからのものをあげる。) -
これも同じく絵はがきからのものである。ぱぶさんも沢山スナップがあるのだけど、ちょっと良いのが選べないので。
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ラメセス2世の巨像、トトメス1世やハトシェプスト女王のオベリスク等もあり、聖なる池も静かな水をたたえている。また、あるところにフンコロガシ(スカラベ)の銅像があり、この回りを反時計回りに3回まわると幸せが来るとのことなので、ぱぶさんもこの輪に参加する!きっと良いことありますよね。至聖所や聖なる池と言ったところも見学する。
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聖なる池が静かな水をたたえている。
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このスカラベ像の回りを廻った。
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これはオベリスクの折れたもの。(カルナック神殿)
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絵はがきから(聖なる池、スカラベ像、オベリスク断片、王の巨像。)
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カルナック神殿の奥深くにあったカルトーシュのヒエログリフ。
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次に車で10分くらい離れたところにあるルクソール神殿に行く。この神殿はアモン大神殿の付属神殿として建立されたと言う。ここの入ったところの第1塔門の前に対となって立っていたオベリスクの1本がパリのコンコルド広場のものである。従って、オベリスクは、今は1本のみである。
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王様が1年に2週間妻と籠もったと言われる、14列柱のところを抜け、至聖所に至る。ルクソールに有ったツタンカーメンと妻の像の内、妻の像は盗難に逢い、なくなったと言う。同じく至聖所の中にあった金の像も盗られて無くなったとのこと。王家の谷の墓の宝物の盗掘だけでなく、幾星霜の歴史の変遷の中では色々なことが起こるのですね。
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この至聖所の中のものが取られた?!
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中庭から列柱廊を見る。
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同じく近接のスナップ。
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ルクソール神殿の一番奥の至聖所。
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ローマ/グレコの時代には、元のヒエログリフの上に上塗りして諸々の装飾が施されたのが、今や剥げ落ち、元のヒエログリフの書き物が現れたり、アレキサンダー大王のエジプト衣装の図が至聖所の壁に残っていたりする。スフィンクス通りはルクソール神殿からカルナック神殿の方に5000個も並んでおり、これらは今は、地下に埋もれている!中世に建てられたモスクがこれらの上に乗っていると言う!
(この図はよく見ると剥げ落ちた下にヒエログリフが出てきている。) -
これはアレキサンダー大王がエジプト衣装を着けた姿を描いたもの。
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このスナップはスフィンクスが道の両側にずーと並んで、ルクソール神殿からカルナック神殿まで続いているところである。しかし、カルナックの手前は地中に埋まっていて、その上にモスクが建っている!
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