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通りすがりから見るどの家も屋根の半分ぐらいに唐辛子が広げられて干してある。その色鮮やかな赤は美しい。乾燥にしたがって、鮮やかさが落ち着いてきているようだが、それとも品種がちがうのかな。<br /><br />街道からすこし降りたところにあるホームステイ先の農家に行く。大きな3階建ての家だ。すぐ裏にはりんごの畑。家の横にはびっしり成ったナシの木もある。<br /><br />門を入ると、家まわりに水のいっぱい入った桶などがあり、階段を上ると、ベランダにつく。外にもトイレはあるが、ドアを入ると、トイレや仕事部屋、納屋などがあり、更にもう一段上ると、居間や家族の部屋などがある。床張りのどっしりしたつくり。<br />この階段もホームステイの客のために、新しくつくったもののようだが、歩幅が狭いので、横向きに上ったり、下りたりしなければならない。<br /><br />トイレは広い。6畳ぐらいの広さだ。一隅に大きなドラムカンに水がいっぱい汲んである。その前の高くなった(階段で2段くらい)ところに白い陶器の便器がある。手桶に水を汲んで、またいで用を足し、手桶の水で流す。しかし、このドラムカンいっぱいの水は家人が客人のために汲み上げてくれたものだろう。<br /><br />居間には椅子が並べられ、温かいじゅうたんが敷かれている。壁にはいままでホームステイに訪れた人々が持ってきた扇子とか人形とか、折鶴とかいろんな日本のお土産が飾られている。<br />大きなテレビ、ビデオ、電話もある。<br /><br />ホームステイで茂ちゃんという大阪の若い女性といっしょになった。彼女も風の旅行社に依頼して、ガイドのオサムちゃん(名前を忘れた)と運転手のナド君を連れての旅。彼女はブナカまで行って来て、あとは私たちと同じコースをたどる。<br /><br />ブータンの観光は政府によって一日200ドルと決められている。うち90ドルは政府の収入となる。去年までは外貨獲得は電力(水力発電)だったが、今年からは観光収入が1位になって、観光客も日本人がトップになったという。たしかに私たちにとっては古き良き日本を思い出させてくれるところだが、この先、この国の観光はどう変化していくのだろうか。世界の観光地で物乞いやしつこい物売りのいないところなんて、ここ以外お目にかからなかった。よほど心しないと、どこでも同じサービスを求める観光客に、俗化してしまうことにもなりかねない。<br /><br />私たちの部屋は居間の左となり。窓からすぐ前にりんごの木がある。摘果しないからか、りんごの種類がそうなのか、小粒だ。でも甘い。このりんごの木に、シジュウカラやジョウビタキといった野鳥が来るのが見える。<br /><br />居間の右隣も客室。その隣が台所。居間の前が階段へ続く広い踊り場。その向こうにまた部屋。そして踊り場の左が仏間。仏間も広いが、祭壇室も同じくらい広い。<br /><br />踊り場の向こうのベランダに面した部屋で、まずキラやゴを着せてもらう。キラは下にワンジュというブラウスを着、その上にキラを着、ケラという帯で腰を結び、肩をブローチで留めるのだが、ブローチの代わりに安全ピンで留めた。その上に上着を羽織り、カフスを折り返す。ブラウスとキラはこの家では同系色でまとめていた。<br /><br />着く前から準備してくれていた石風呂(石を暑くして水の中に入れて湯にする)が出来た。二つに分かれた木の浴槽の一つに焼いた石を入れるのだ。もう少し熱くしたいときは「ドボン」というと石を一個入れてくれるのだという。風邪を懸念して私は風呂には入らない。<br /><br />白い飯、赤米のご飯、大根とブタの煮込み、ポテトのクリーム煮、チリとチーズのいため。どれも美味しい。特にブタが美味しい。うふ、チョンソ君に「これは田舎のブタか?」とからかうと<br />「違います。町のブタです」とむきになって答えた。<br />この辺りでは通常は赤米をたべているのだとか。<br />炊き方は、と台所をのぞくと、なんと電気釜でたいていた。<br />まわりの農家はみんなそうだと言う。これにはびっくり。<br /><br />娘さんが「美味しいか?」と聞くので「シンベ(美味しい)」と答えると、お父さんにそう言ってくれという。父親は尊敬されているんだね。<br /><br />円筒中に口のついた容器にアラが入れられて、振舞われた。<br />アラは昨日のよりちょっと酸味が強く、度も高いようだ。<br />だから1杯飲んだだけだった。アラは各家で作るので味が違うのだとは聞いていた。<br /><br />食後家族と一緒に団欒。この家は娘が4人。一人は不在だったが、長女のソナミさんは教師になるための学校へ行っている。<br />来年地方へ赴任するのだと言っていた。<br />次女は12年生。大学まで行きたいと言っていた。二人とも寄宿生活を送っている。3女も学校だが、まだ家に残っているようだ。大きな農家だが、子どもたちがそれぞれに不在になってしまっては、野良仕事も大変だろう。その点をチョンソ君に聞くと「そうだ」という。<br />この家の主人は村長までした人だそうだから、娘たちの教育に熱心なのかもしれない。その分、ホームステイを受け入れて、現金収入を計っているのだろうか。<br /><br />ブータンは義務教育はないが(就学率は35%ぐらいと低い)、希望する者は国の費用で教育を受けられるという。教員養成所はむしろお小遣いまで出るそうだ。都市の学校しか見なかったが、どこもきれいな学校だった。チョンソ君の出た高校も見た。<br />教育には力を入れているようだが、やはり都市に集中し、就学率からもわかるが、地方の子どもは労働力を支えなければならないし、格差は開くだろうと思う。<br /><br />寒かった。布団にもぐりどうしようかと思ったが、あんずることもなく温かく眠れた。毛布が3枚も重ねてあり、その上にかけぶとんがあった。<br /><br />

ブータン・ネパール5

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2002/10/19 - 2002/10/19

185位(同エリア186件中)

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buchijoyce

buchijoyceさん

通りすがりから見るどの家も屋根の半分ぐらいに唐辛子が広げられて干してある。その色鮮やかな赤は美しい。乾燥にしたがって、鮮やかさが落ち着いてきているようだが、それとも品種がちがうのかな。

街道からすこし降りたところにあるホームステイ先の農家に行く。大きな3階建ての家だ。すぐ裏にはりんごの畑。家の横にはびっしり成ったナシの木もある。

門を入ると、家まわりに水のいっぱい入った桶などがあり、階段を上ると、ベランダにつく。外にもトイレはあるが、ドアを入ると、トイレや仕事部屋、納屋などがあり、更にもう一段上ると、居間や家族の部屋などがある。床張りのどっしりしたつくり。
この階段もホームステイの客のために、新しくつくったもののようだが、歩幅が狭いので、横向きに上ったり、下りたりしなければならない。

トイレは広い。6畳ぐらいの広さだ。一隅に大きなドラムカンに水がいっぱい汲んである。その前の高くなった(階段で2段くらい)ところに白い陶器の便器がある。手桶に水を汲んで、またいで用を足し、手桶の水で流す。しかし、このドラムカンいっぱいの水は家人が客人のために汲み上げてくれたものだろう。

居間には椅子が並べられ、温かいじゅうたんが敷かれている。壁にはいままでホームステイに訪れた人々が持ってきた扇子とか人形とか、折鶴とかいろんな日本のお土産が飾られている。
大きなテレビ、ビデオ、電話もある。

ホームステイで茂ちゃんという大阪の若い女性といっしょになった。彼女も風の旅行社に依頼して、ガイドのオサムちゃん(名前を忘れた)と運転手のナド君を連れての旅。彼女はブナカまで行って来て、あとは私たちと同じコースをたどる。

ブータンの観光は政府によって一日200ドルと決められている。うち90ドルは政府の収入となる。去年までは外貨獲得は電力(水力発電)だったが、今年からは観光収入が1位になって、観光客も日本人がトップになったという。たしかに私たちにとっては古き良き日本を思い出させてくれるところだが、この先、この国の観光はどう変化していくのだろうか。世界の観光地で物乞いやしつこい物売りのいないところなんて、ここ以外お目にかからなかった。よほど心しないと、どこでも同じサービスを求める観光客に、俗化してしまうことにもなりかねない。

私たちの部屋は居間の左となり。窓からすぐ前にりんごの木がある。摘果しないからか、りんごの種類がそうなのか、小粒だ。でも甘い。このりんごの木に、シジュウカラやジョウビタキといった野鳥が来るのが見える。

居間の右隣も客室。その隣が台所。居間の前が階段へ続く広い踊り場。その向こうにまた部屋。そして踊り場の左が仏間。仏間も広いが、祭壇室も同じくらい広い。

踊り場の向こうのベランダに面した部屋で、まずキラやゴを着せてもらう。キラは下にワンジュというブラウスを着、その上にキラを着、ケラという帯で腰を結び、肩をブローチで留めるのだが、ブローチの代わりに安全ピンで留めた。その上に上着を羽織り、カフスを折り返す。ブラウスとキラはこの家では同系色でまとめていた。

着く前から準備してくれていた石風呂(石を暑くして水の中に入れて湯にする)が出来た。二つに分かれた木の浴槽の一つに焼いた石を入れるのだ。もう少し熱くしたいときは「ドボン」というと石を一個入れてくれるのだという。風邪を懸念して私は風呂には入らない。

白い飯、赤米のご飯、大根とブタの煮込み、ポテトのクリーム煮、チリとチーズのいため。どれも美味しい。特にブタが美味しい。うふ、チョンソ君に「これは田舎のブタか?」とからかうと
「違います。町のブタです」とむきになって答えた。
この辺りでは通常は赤米をたべているのだとか。
炊き方は、と台所をのぞくと、なんと電気釜でたいていた。
まわりの農家はみんなそうだと言う。これにはびっくり。

娘さんが「美味しいか?」と聞くので「シンベ(美味しい)」と答えると、お父さんにそう言ってくれという。父親は尊敬されているんだね。

円筒中に口のついた容器にアラが入れられて、振舞われた。
アラは昨日のよりちょっと酸味が強く、度も高いようだ。
だから1杯飲んだだけだった。アラは各家で作るので味が違うのだとは聞いていた。

食後家族と一緒に団欒。この家は娘が4人。一人は不在だったが、長女のソナミさんは教師になるための学校へ行っている。
来年地方へ赴任するのだと言っていた。
次女は12年生。大学まで行きたいと言っていた。二人とも寄宿生活を送っている。3女も学校だが、まだ家に残っているようだ。大きな農家だが、子どもたちがそれぞれに不在になってしまっては、野良仕事も大変だろう。その点をチョンソ君に聞くと「そうだ」という。
この家の主人は村長までした人だそうだから、娘たちの教育に熱心なのかもしれない。その分、ホームステイを受け入れて、現金収入を計っているのだろうか。

ブータンは義務教育はないが(就学率は35%ぐらいと低い)、希望する者は国の費用で教育を受けられるという。教員養成所はむしろお小遣いまで出るそうだ。都市の学校しか見なかったが、どこもきれいな学校だった。チョンソ君の出た高校も見た。
教育には力を入れているようだが、やはり都市に集中し、就学率からもわかるが、地方の子どもは労働力を支えなければならないし、格差は開くだろうと思う。

寒かった。布団にもぐりどうしようかと思ったが、あんずることもなく温かく眠れた。毛布が3枚も重ねてあり、その上にかけぶとんがあった。

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