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成田→ウィーン<br /><br />2003年9月22日(月)<br /><br />午後から成田へ出かけていく。ここ10年ぐらい、お昼ぐらいのフライトなら朝が苦手の私としては、成田でVホテルに泊まることにしている。今回はフライトが10時10分だから、papasanの希望の窓際の席をとるためには8時10分までには行かなければならない。家からとなると、とても起きられない。<br /><br />道路状態もよく、比較的早くついてしまった。半袖シャツで来たので、ここで着替えて車においていく。<br /><br />食事の前に最上階にあるバーへ行った。<br />食事は和食で日本酒を飲むから、カクテルはそうは飲めない。<br />軽くジンフィズを飲みながら夕日の飛行場を眺めていた。<br />毎度のことながらマッサージをしてもらい、眠りに着く。<br /><br />9月23日(火)<br />起床5時半。支度をして車に残していく荷物をしまい、<br />6時過ぎ朝食に行く。<br /><br />7時前にチェックアウトに行くと空いていて6時55分の<br />空港行きのバスに間に合ってしまう。<br />15分ぐらいで第二ターミナルにつく。まだ係りは来てていない。<br />私はふらふら歩いている。<br />ウィンドサイドの席を確保するためにpapasanは並んでいる。<br />オーストリア航空の座席は2,4,2だからウィンドサイドだと気はラク。<br /><br />係りが来た。ウィンドサイドはいいところはほとんど他の会社の団体に占拠されているという。でも翼の近くがあったので、ひとますはほっと。ところがその後がいけない。機材搬入遅れだとかで、飛行機がウィーンを発つのが大幅に遅れ、その影響でこちらにつくのが午後、出発は13時10分になるといって、千円の昼食券をくれた。papasanはこんなこと初めてだが、私はネパールへ行くとき7時間も遅れた経験がある。<br /><br />忘れたものはかなりある。なんとトーマスクックを入れ忘れた。<br />成田で泊まったときに整理すればいいといいながらガイドブックは数冊入れたら、papasanが今回はドイツはやめようと言い出した。「35日フランスにいたけど回れたのはあの程度だったから、ドイツも30日くらいかけてドイツの田舎だけ回ろうよ、ドイツは春がいいね」<br /><br />もともとヴァイマールがどうなったか見たいから、またヴァイマールに行こうと言い出したのはpapasanだ。<br />「いいよ、ほんとは2週間じゃぁ、チェコとオーストリアだけで手いっぱいだよ」そこで今回は数箇所で、のんびりしようと言うことになった。だからドイツのガイドブックは着替えの中に入れて車に残してきた。<br /><br />いつもカメラバッグに入っているので安心してたが、靴べらもない。おや折り紙もない。そこで二階へ買いに行く。<br />トーマスクックは本屋にあった。私がミスしたので私が買う。<br />時間があるので、ユーロを少し買った。バス代が必要だからと。<br /><br />9時から11時まで、出発の入り口は列が幾重にも出来、まるで最終日の展覧会場みたいに混雑している。何回も空港に来ているがこんな情景は初めてだ。11時になれば行列も空くと言うので、椅子に座って待っている。<br /><br />私はふらふら歩き、どこかにPCがないかと探している。<br />宣伝のスクリーンで1階の到着ロビーにPCがおいてあると見たので探しに行く。あった、あった、2台。一台は外国人女性が使っている。横文字が並んでいるのが見える。<br />となり座って、100円を入れ。YAHOOを呼び出した。<br />ただし文字のツールバーがどこを探しても現れない。教えてもらおうときょろきょろしたが、まわりに人がいない。まさか隣の外人さんに聞くわけにもいかないし。あちこちいじったが見つからないのでしかたなく、英文で数行うちこむともう10分経ってしまった。中に入れば、きっと日本語の出来る機種があるだろう。<br />やれやれ。出発の成田からもう躓いている。<br /><br />お腹はすいていないがもらった食券で、二階で軽くザルソバを食べた。東京駅の地下にあるお店がここに入っている。だから期待したんだが、期待は裏切られた。この店はどこも生わさびをつけているが、それはここにもあった。papasanがすりおろして鉄火につけてよろこんでいる。<br /><br />ようやくチェックを受ける。シールバッグに入ったフィルムを2袋、トレイに載せる。フィルムは例によってひとつずつふたを開けて全部調べられる。係りに「ひとつひとつご苦労さま、でも、こんなことするの日本だけですよ」っていうと「そうなんですか」と若い係員がびっくりしたように言う。<br />「別に協力は惜しみませんけどね」とは言ったものの、シールバッグの中にきちんと並べてあったフィルムはぐちゃぐちゃ。<br />ぐちゃぐちゃでもいいんだけど、バッグに入れるときかさばってしまうんだなぁ。<br /><br />B71,待合室のコーナーにノートパソコンが一台置いてある。使っていいものらしいが、外国人女性がずっと使っているので試せない。トイレに行って戻ってくると、今度は外国人男性が。<br />とても割り込めない。先回アリタリアの搭乗口近くに10分100円のPCが数台あったから、どこかにあるのではないかと探しに行くが見つからなかった。だったら、あそこでもう少し遊んでくるんだったな。<br /><br />今回から綿シャツの上に網製のポケットがたくさんついたベストを着込んだ。中村さんからのプレゼントである。ノート、文庫本、めがね、お腹に入れるものをやたらと入れてある。阿刀田高の「新約聖書を知っていますか」を読み始める。実におもしろい。<br /><br />12時すぎ、見覚えのある機体が入ってくるのが見えた。<br />「ああ、来た、来た。これでどうやら出発できる」と騒いでいる。<br /><br />席は31のJK。翼のすぐ後ろ。なんとか地上は見える。<br />いつものようにウィンドサイドはpapasan。<br />だから私は外を見ようともしないが、ときどきここはどこだと言う声に外を見る。沿海州からハバロスクをぬけていく。高い山々は粉砂糖をまぶしたようにうっすらな雪を被っている。きびしい冬の到来が近づいている。シベリヤの内陸部は一面カバ色。光をうけて、もそもそと土くれが重なり合っているように見える。<br />その中をうねるように蛇行する川の流れ。あの色なに?と驚いたが、きっと木々の葉が褐色に変わっているんだろう。ここらへんはタイガだと思っていたけど、落葉樹も多いんだ。<br /><br />papasanはトイレに行く、散歩に行く、と言っては何回も席を立つ。そのたびにどかされるので、ウィンドサイドを私が取る。<br />ウィンドサイドの方が風が通って寒い。<br /><br />ほとんど厚い雲に覆われて下界は見えなかったが、大きな川を見た。白い旅客船も何隻も見える。ここらへんで大きな川、ボルガかな、とするとあの大きな市はモスクワかな、などといいながらのぞいている。たぶん、あれはソ連式のアパート群だと思うが同じような長方形の建物が並んでいる。ミンスクのデニスの団地を思い出し、みんなどうしているかと話し合っている。来年こそはまた訪ねてみよう。<br /><br />あっ、ドナウ川だ。この畑のさま。なつかしのウィーンだ。<br />おや、風力発電が増えたなァ。ヨーロッパは二酸化炭素対策を確実にすすめているようだ。<br /><br />17時50分、ウィーン到着。<br />イミグレイションでパスポートを出すと、ガチャンとスタンプを押したような音。あれ、スタンプ押してくれたのかな。<br /><br />シティターミナルまでのシャトルバスがちょうどあった。2人で12ユーロ。夕暮れ迫るウィーンをきょろきょろしながら行く。<br />シティターミナルはヒルトンホテルの横。ヒルトンは改築中。<br /><br />橋を渡ってリンクを抜けて、ステファンドームの横を通って、ホテルを探しにグラーベンへ。広場にはいつになく大勢人が出ている、大道芸もやっている。あたりはすっかり暗い。でもウィーンには隣町に来たような安心感がある。ペストの記念碑の近くグラーベンに「ホテル グラーベン」がある。「部屋は狭いけど、ここでいいよ」ここに泊まるのは何度目だろう。<br />部屋はあった。1泊170ユーロ。高いけど、しかたないね、とチェックインする。同じ飛行機の日本人の二人連れも。その後、前の席にいたお兄さんもここに来た。<br /><br />部屋は34号室。狭いと思っていたら、広い部屋だ。グランドピアノもある。だから高かったのかな。こんなものいらないのに。<br />ピアノを弾くと、鼻づまりの音がした。<br /><br />カメラを持って、なにか飲んでこようと外に出る。目の前がペストの碑だからにぎやかだ。修理中のステファンドームの写真を撮ると雨粒がぼつり。おや、雨だ。言ってる間に降る量が増える。<br />こりゃいかんとホテルに引きし、ホテルのトラットリアでワインを飲む。<br /><br />

気ままに チェコ・オーストリア1

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2003/09/22 - 2003/10/03

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buchijoyce

buchijoyceさん

成田→ウィーン

2003年9月22日(月)

午後から成田へ出かけていく。ここ10年ぐらい、お昼ぐらいのフライトなら朝が苦手の私としては、成田でVホテルに泊まることにしている。今回はフライトが10時10分だから、papasanの希望の窓際の席をとるためには8時10分までには行かなければならない。家からとなると、とても起きられない。

道路状態もよく、比較的早くついてしまった。半袖シャツで来たので、ここで着替えて車においていく。

食事の前に最上階にあるバーへ行った。
食事は和食で日本酒を飲むから、カクテルはそうは飲めない。
軽くジンフィズを飲みながら夕日の飛行場を眺めていた。
毎度のことながらマッサージをしてもらい、眠りに着く。

9月23日(火)
起床5時半。支度をして車に残していく荷物をしまい、
6時過ぎ朝食に行く。

7時前にチェックアウトに行くと空いていて6時55分の
空港行きのバスに間に合ってしまう。
15分ぐらいで第二ターミナルにつく。まだ係りは来てていない。
私はふらふら歩いている。
ウィンドサイドの席を確保するためにpapasanは並んでいる。
オーストリア航空の座席は2,4,2だからウィンドサイドだと気はラク。

係りが来た。ウィンドサイドはいいところはほとんど他の会社の団体に占拠されているという。でも翼の近くがあったので、ひとますはほっと。ところがその後がいけない。機材搬入遅れだとかで、飛行機がウィーンを発つのが大幅に遅れ、その影響でこちらにつくのが午後、出発は13時10分になるといって、千円の昼食券をくれた。papasanはこんなこと初めてだが、私はネパールへ行くとき7時間も遅れた経験がある。

忘れたものはかなりある。なんとトーマスクックを入れ忘れた。
成田で泊まったときに整理すればいいといいながらガイドブックは数冊入れたら、papasanが今回はドイツはやめようと言い出した。「35日フランスにいたけど回れたのはあの程度だったから、ドイツも30日くらいかけてドイツの田舎だけ回ろうよ、ドイツは春がいいね」

もともとヴァイマールがどうなったか見たいから、またヴァイマールに行こうと言い出したのはpapasanだ。
「いいよ、ほんとは2週間じゃぁ、チェコとオーストリアだけで手いっぱいだよ」そこで今回は数箇所で、のんびりしようと言うことになった。だからドイツのガイドブックは着替えの中に入れて車に残してきた。

いつもカメラバッグに入っているので安心してたが、靴べらもない。おや折り紙もない。そこで二階へ買いに行く。
トーマスクックは本屋にあった。私がミスしたので私が買う。
時間があるので、ユーロを少し買った。バス代が必要だからと。

9時から11時まで、出発の入り口は列が幾重にも出来、まるで最終日の展覧会場みたいに混雑している。何回も空港に来ているがこんな情景は初めてだ。11時になれば行列も空くと言うので、椅子に座って待っている。

私はふらふら歩き、どこかにPCがないかと探している。
宣伝のスクリーンで1階の到着ロビーにPCがおいてあると見たので探しに行く。あった、あった、2台。一台は外国人女性が使っている。横文字が並んでいるのが見える。
となり座って、100円を入れ。YAHOOを呼び出した。
ただし文字のツールバーがどこを探しても現れない。教えてもらおうときょろきょろしたが、まわりに人がいない。まさか隣の外人さんに聞くわけにもいかないし。あちこちいじったが見つからないのでしかたなく、英文で数行うちこむともう10分経ってしまった。中に入れば、きっと日本語の出来る機種があるだろう。
やれやれ。出発の成田からもう躓いている。

お腹はすいていないがもらった食券で、二階で軽くザルソバを食べた。東京駅の地下にあるお店がここに入っている。だから期待したんだが、期待は裏切られた。この店はどこも生わさびをつけているが、それはここにもあった。papasanがすりおろして鉄火につけてよろこんでいる。

ようやくチェックを受ける。シールバッグに入ったフィルムを2袋、トレイに載せる。フィルムは例によってひとつずつふたを開けて全部調べられる。係りに「ひとつひとつご苦労さま、でも、こんなことするの日本だけですよ」っていうと「そうなんですか」と若い係員がびっくりしたように言う。
「別に協力は惜しみませんけどね」とは言ったものの、シールバッグの中にきちんと並べてあったフィルムはぐちゃぐちゃ。
ぐちゃぐちゃでもいいんだけど、バッグに入れるときかさばってしまうんだなぁ。

B71,待合室のコーナーにノートパソコンが一台置いてある。使っていいものらしいが、外国人女性がずっと使っているので試せない。トイレに行って戻ってくると、今度は外国人男性が。
とても割り込めない。先回アリタリアの搭乗口近くに10分100円のPCが数台あったから、どこかにあるのではないかと探しに行くが見つからなかった。だったら、あそこでもう少し遊んでくるんだったな。

今回から綿シャツの上に網製のポケットがたくさんついたベストを着込んだ。中村さんからのプレゼントである。ノート、文庫本、めがね、お腹に入れるものをやたらと入れてある。阿刀田高の「新約聖書を知っていますか」を読み始める。実におもしろい。

12時すぎ、見覚えのある機体が入ってくるのが見えた。
「ああ、来た、来た。これでどうやら出発できる」と騒いでいる。

席は31のJK。翼のすぐ後ろ。なんとか地上は見える。
いつものようにウィンドサイドはpapasan。
だから私は外を見ようともしないが、ときどきここはどこだと言う声に外を見る。沿海州からハバロスクをぬけていく。高い山々は粉砂糖をまぶしたようにうっすらな雪を被っている。きびしい冬の到来が近づいている。シベリヤの内陸部は一面カバ色。光をうけて、もそもそと土くれが重なり合っているように見える。
その中をうねるように蛇行する川の流れ。あの色なに?と驚いたが、きっと木々の葉が褐色に変わっているんだろう。ここらへんはタイガだと思っていたけど、落葉樹も多いんだ。

papasanはトイレに行く、散歩に行く、と言っては何回も席を立つ。そのたびにどかされるので、ウィンドサイドを私が取る。
ウィンドサイドの方が風が通って寒い。

ほとんど厚い雲に覆われて下界は見えなかったが、大きな川を見た。白い旅客船も何隻も見える。ここらへんで大きな川、ボルガかな、とするとあの大きな市はモスクワかな、などといいながらのぞいている。たぶん、あれはソ連式のアパート群だと思うが同じような長方形の建物が並んでいる。ミンスクのデニスの団地を思い出し、みんなどうしているかと話し合っている。来年こそはまた訪ねてみよう。

あっ、ドナウ川だ。この畑のさま。なつかしのウィーンだ。
おや、風力発電が増えたなァ。ヨーロッパは二酸化炭素対策を確実にすすめているようだ。

17時50分、ウィーン到着。
イミグレイションでパスポートを出すと、ガチャンとスタンプを押したような音。あれ、スタンプ押してくれたのかな。

シティターミナルまでのシャトルバスがちょうどあった。2人で12ユーロ。夕暮れ迫るウィーンをきょろきょろしながら行く。
シティターミナルはヒルトンホテルの横。ヒルトンは改築中。

橋を渡ってリンクを抜けて、ステファンドームの横を通って、ホテルを探しにグラーベンへ。広場にはいつになく大勢人が出ている、大道芸もやっている。あたりはすっかり暗い。でもウィーンには隣町に来たような安心感がある。ペストの記念碑の近くグラーベンに「ホテル グラーベン」がある。「部屋は狭いけど、ここでいいよ」ここに泊まるのは何度目だろう。
部屋はあった。1泊170ユーロ。高いけど、しかたないね、とチェックインする。同じ飛行機の日本人の二人連れも。その後、前の席にいたお兄さんもここに来た。

部屋は34号室。狭いと思っていたら、広い部屋だ。グランドピアノもある。だから高かったのかな。こんなものいらないのに。
ピアノを弾くと、鼻づまりの音がした。

カメラを持って、なにか飲んでこようと外に出る。目の前がペストの碑だからにぎやかだ。修理中のステファンドームの写真を撮ると雨粒がぼつり。おや、雨だ。言ってる間に降る量が増える。
こりゃいかんとホテルに引きし、ホテルのトラットリアでワインを飲む。

  • ライトアップされたステファンドーム

    ライトアップされたステファンドーム

  • 夜のグラーベン<br />ペストの碑

    夜のグラーベン
    ペストの碑

  • ショーウィンドー

    ショーウィンドー

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