2005/05/24 - 2005/05/24
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buchijoyceさん
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マチュピュチェ
5月24日(火)晴れ
モーニングコールを5時に頼んでおいたが、それ以前に目を覚まし、支度をしてしまう。マチュピチュには大きな荷物を持っていけないという建前があるのらしいので、必要最低限の荷物を持って出かける。私はカメラバッグにフィルムを詰め込む。朝食は5時半。キヌアのおかゆ、ハム、チーズ、果物、どれもとても美味しく食べられる。
6時15分車で出発。途中列車が走っているのを見た。マチュピチュ行、私たちが乗る列車だ。オリャンタイタンボに着く。指定席は1番目の車両で前から3番目、右側だ。クスコからは4時間もかかるが、ここからだと1時間10分程度でいける。駅の横にアルベルゲの文字、おほ、なつかしい言葉だ。そしてCAMINOS DEL INCAの文字。そうかINCA古道もあったんだ。
VISTACARは観光客用につくれらた列車で、屋根の左右はガラスになっている。
この鉄道は1905年に出来たのだと車両の前面に地図とともに載っている。ということは今年で100年かと思ったら、05年に組織が出来て、実際に着工したのは20年代になってからのことだそうだ。切り立つようながけ下を列車はウルバンバ川沿いに下っていく。マチュピチュがクスコより低い位置にあるのは、納得できない感じだ。列車が警笛を鳴らす。なんだろうと思ったら、牛が線路を歩いているのだ。牛は必死に歩いているのだがちっとも線路からそれてくれない。あはは、やっとどいた。そういえばシャモニーだったかな、登山電車の前に、あの時はカモシカだった。
バス停のすぐ左がサンクチュアリ・ロッジだ。二階建ての景色には邪魔にならないつくりだ。その並びに公園入り口がある。もとは国営だったそうだが、今は民間の手に渡り、オリエント急行の会社が所有しているらしい。ということはイギリス資本なのかな。まずはホテルにチェックインして荷物を預け、必要なものだけもって公園にはいる。入場料は75ソル、一日有効なので、何回も出入りできる。「えりあかしとど」というほほじろを小型にして頭の毛をたてたような鳥のいい声に迎えられる。数m歩き角を曲がると、写真で見慣れたワイナピチュと段々畑の構図が目に飛び込んできた。この風景を見ながらミチコさんが遺跡の概略を説明してくれた。1911年、アメリカの歴史学者のビンガムがガイドに連れられてここに来で、遺跡を見つけた。彼が見つけたとき、この遺跡に畑を作って暮らしている二家族がいた。ただしこの家族はインカとは関係のない人たちだった。それ以前からこの都市があることは地元の人は知っていた。インカの人々がなぜこの都市を捨てさったのか、いまだにわかっていない。ビンガムが遺跡を発掘して、解釈を加えた。その後大勢の学者によって、いろいろ推測がなされているが、本当のところはまだわかっていない。
遺跡の高さは2400mほど。熱帯に近いからすぐ草や木々が繁茂してしまう。
毎日のように手入れをしている。実際に草むしりをするスタッフの姿を見た。手にスプレーを持っていたので何しているのかと聞くと、除草剤をかけているのだということだった。芝のような草が繁茂してしまうのだそうだ。
インカは石の文化と言われているが、素材が傍にあったこともあるが、実にたくみに石を利用している。技術も高い。石に溝を掘って、水路にしてある。水路の細工は物差しで計ったかのように正確である。石は安山岩なのだそうだ。
「ここは火山だったのですか?」
「だからアグアス・カリエンテスは温泉なんです」
「なるほど」
石をうがった跡がある。
「ウチの町も石の町ですから、石を切り出すとき、目に沿ってうがち、割るんですよ。職人さんに言わせると、酒には目はないが石には目があるそう。ウチの町の石は小松石として有名なんですが安山岩、箱根火山の溶岩が石化したものだそうです。とっても目が細かくて磨くときれいな石で墓石に使われるけど、すごく高い。」
「安山岩って言葉はアンデスが語源なんです。」とミチコさん
「えっ、そうなの?知らなかった。アンデスの岩、アンデス岩、転じて安山岩かぁ。なるほどね、安山岩なんて火成岩にしては違和感のある名前だね。でも誰がつけたんだろう。」
「註:安山岩 あんざんがん Andesite 黒っぽい、または灰色の、きめの細かい火山岩(火成岩)で、閃緑岩と同じ成分のものが、地表に噴出したときにできる。組成は玄武岩と流紋岩の中間で、おもに斜長石と、それよりは少ないが黒雲母や角閃石からなっている。安山岩という和名は、アンデス山脈の漢字名に由来する。英名の語源も同じである。
安山岩は、地球の表面のプレートどうしがぶつかっている地域で、溶岩や岩脈としてできている。たとえば、アリューシャン列島、アンデス山脈、カスケード山脈、日本列島、シベリアなどである。そのほかの地域の火山活動では、おもに玄武岩ができる。日本の火山の多くは、安山岩からなっている。安山岩の火山は、しばしば爆発的な噴火をおこし、溶岩、火山灰を噴出する。溶岩は、砕石資源としてよくつかわれる。(エンカルタ百科事典より)
斜面に家や神殿を作った理由のひとつには、傾斜を利用して二階建てを建てているのである。目の前のワイナピチュは「若い山」と言う意味、2734m。ワイナピチュに相対して3050mのマチュピチュがある。マチュピチュは「おじいさんの山」、または「古い山」の意味だ。マチュピチュの方が高いし、急斜面だったからこう名づけられたのではないかということだった。ワイナピチュの登山道も急斜面だが、登っていく人々の姿が見える。えらいもんだ。
なんせまともに坂を歩こうものなら、わがままな客はいやだというのでミチコさん、高低差の少ないところを選んで、広い遺跡内をゆっくり説明しながら歩き、でも最後には一番上まで連れて行ってしまった。高度が変わると視点も変わる。裏側には斜面にへばりついた発電用の送水管も見える。発電のために山の中腹をトンネルでぶち抜いて送水し、落差を利用しての発電だときいた。鉄道も川に沿って見える。その向こうには雪を頂く山々が見える。
上のほうに正門がある。マチュピチュ遺跡の正門はインカ道から入る。インカ道は石が敷き詰められて歩きやすい。これがあのカミーノにつながっているんだね。山道を下ると、サンクチュアリ・ロッジの横に出た。
午後1時ごろ、サンクチュアリ・ロッジで食事。ブッフェ方式。子豚の丸焼きが美味しそうだったので切ってもらったが、皮はぱりぱりしていたが肉に味がなかった。子豚だからかも。ここでもフォルクローレの演奏があった。PapasanがCDを1枚買った。これで3枚目。旅が終わるまで何枚買うのだろうか。
ここでミチコさんはバスでアグエス・カリエンテスまで下りる。私たちだけサンクチュアリ・ロッジに泊まる。部屋はほんとにスウィートが用意されていた。
寝室に居間と二間続き、シャワーもトイレも二つある。居間に机はあるが、それに付随した椅子がない。ソファの前のテーブルは古い木の箪笥、見栄えは重厚で実に素敵だが、箱だから足が入れられない、PCをおくには不便。PCなんてこういう保養地にきたら使うべきではないのかもしれない。
テラスに椅子とてーぶるがあり、庭にでられるようになっている。庭は緑豊か。
とはいえ日差しが強いので、部屋で日記を書く。広いのはいいけど、私には使いにくい。でも、さすが高級ホテル、全館冷暖房完備なので、すごしやすい。
4時過ぎドアをノックする音。開けるとメイドが、コンプリメントのプチフールがいくつかのったお皿を届けてくれた。夜にはロウソクの入った器が届いた。
ディナーはワインを飲みたいところだが、下りるまでは、アルコールは飲まないと決めているので、papasanがビールを取っただけで、私は水で我慢している。コース料理を頼む。私のメインはチキンのチーズソース。でもチーズがゴルゴンゾーラのような青カビチーズだったので、半分残してしまった。Papasanのビーフのトルネードをつまんだが、肉が硬くてこれまたパス。コース料理は宿泊代に含まれているのだが、飲み物は有料、飲み物有料は普通だが、食後のコーヒーや紅茶も有料。ここでもフォルクローレの演奏があった。昼間のグループだ。風邪気味なので折角のバスタブも利用せず。
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