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プーノ→フリアカ→リマ<br /><br />5月29日(日)晴<br /><br />5時起きをして片付け物をしている。残ったダイアモックスは私が持っていても仕方がない。ミチコさんに役立ててくれといって渡す。<br /><br />7時出発。フリアカ(Juliaca)まで41キロ。飛行場まで4,50分かかる。<br />右手にティティカカ湖を見ながら峠を上っていく。湖面すれすれに鉄道が走っている。85年だったか湖が増水して浜辺の家々も鉄道も冠水してしまったそうだ。湖面を黒く染めているのはトトラ。トトラが湖水浄化に役立っているようだ。土地があるからだが鉄道も道路もはるか先までまっすぐ。どこまで行っても長い道、なんてもんじゃない。<br /><br />町に近づいたとわかるのは煙突の煙。セメント工場の煙だ。空を一面に汚染している。「公害だなぁ」というと、ミチコさんが「セメント工場の排煙が問題になっている」と教えてくれた。そうだろうなぁ、日本だったらとても許されない。日本も京都議定書の二酸化炭素削減に苦慮しているから、こういう排煙対策に援助すれば、基準達成の緩和に少しは役に立つだろう。でも今のペルー政府は、フジモリ元大統領への反発もあって日本が嫌いらしいから、そんなことは望まないだろう。湖での合成洗剤使用にしろ、下水処理やアオコの問題にしろ、この国の環境対策はまだまだのようだ。<br /><br />太陽に近いのだし、場所も十分ある。こういうところにこそ、太陽熱や風力発電が導入できればいい。チベットで使っていた太陽光を利用した炊事コンロなどエネルギーを使わないのだから導入した方がいい。住民の暮らしが都市並になる必要はないが、生活のために役に立つことだから、この程度は導入してもらいたいものだ。大型の発電所はむしろお金がかかる。広いところに部落が点在するところでは、このほうが有効だし、環境対策にもなる、と思うのだが。<br /><br />フリアカの町は混雑している。今日はドミンゴなのでまだ車通りは少ないとは言うけれど。マンコカパック空港、初代のインカ皇帝の名だ。運転手さんがすばやく順番を取ってくれた。チェックインを済ませ、空港使用料を払い、飛行機の到着時間を確認してくれてから、ミチコさんとはここでお別れ。お元気で!<br />彼女はバスでクスコに向かう。5,6時間かかるという。<br />ほんとにお世話になりました。歩くのいやだとか、わがままな客でした。でも静かに対応してくれました。最後になって知ったのだが、ミチコさんは文化人類学専攻だったとか。そしてお父さんは地質学者だったとか。さもありなんの教養でした。いや、お見事でした!<br /><br />後でイースター島の瓜生君にお礼のメールを送ると、ミチコさんはクスコでガイド証を取った初めての日本人とか。そういえば瓜生君も地質が専門だったな。<br /><br />待合室に入ると、フォルクローレの演奏があるみたいだ。またCDを売るのかも。Papasanが5枚買う予定だからまだ余裕があると言っている。ケーナの音はきれいだがいまいちフィーリングが合わない。カンパだけしてCDは買わない。前に座っている若い男性は日本人のようだが、最近はちょっと見ただけではわからない。<br /><br />8時35分、予定通り飛行機が到着した。シートは一番前。窓際はpapasan、私は真ん中、隣はおしゃべりするとドバイの男性。ここに来るのにハワイを経由してきたのかと聞く。カナダまわりで来たというと、どうしてかとたずねる。「USAが嫌いなんですよ」と答えると笑って、それ以上は聞かなかった。<br />アキレバに途中よるかも知れないと言っていたが、飛行機は直にリマに飛んだ。<br /><br />10時18分には着いた。荷物を受け取り、外に出たが迎えの姿はない。あちこち探すが知った顔は見当たらない。しばらく待ったが来そうもないので、Papasanがタクシーで行こうという。タクシー代のためにマネーチェンジに行った。私が立っていると「タクシーか?」とタクシー・ドライバーが何人も寄って来る。Papasanが戻ってきた。タクシー・ドライバーにカンツータの住所を見せて知っているかと聞くが誰もしらない。ああでもないこうでもないと言っている。そこへ見覚えのある運転手さんが急いで出口の方に行く姿が見えた。「Papasan、運転手さんだよ」Papasanはあわてて運転手さんの後を追った。<br /><br />やれやれ、これで安心。そこへミゲルから電話が入った。クスコから入った連絡が間違っていて、まだ十分時間があると思っていたとのことだった。ボリビアへ行く人を見送りに来ていたとのこと。ミゲルは実に忙しい。<br /><br />カンツータに「ただいま」と言って戻った。Papasanは胸が楽になったと喜んでいる。「ね、そうでしょう。下りれば治っちゃうのよ。」<br /><br />荷物を置いて、食事に行こうと部屋を出ると、さっきフリアカで私の前に座っていた若者が顔を出した。「あら、さっき私の前に座っていた人ね。分かればいっしょに来たのにねぇ」そこで彼も誘って食事に行く。彼は仕事でニューヨークに4年も滞在しているのだという。彼は肉料理に行きたかったらしいが、私がわがままを言った。リマのセビッチェがずっと食べたかったんだ、と。みんなオバサンにまけて、魚料理の店に行った。魚は嫌いなくせに、とPapasanがぶすぶす言っている。でもセビッチェは金城さんが連れて行ってくれた店の方が私の口には合った。<br /><br />午後から国立人類文化考古学博物館へ行った。学芸員が説明についてくれた。地下に作られた展示室に金細工のものがたくさんあった。その仮面の顔のアーモンドアイに「遺跡の発掘に日本がかかわりませんでしたか?たしかシカン文化といったとも思うけど」と学芸員に聞いてみた。学芸員は知らないと答えた。ミゲルも知らないという。シカンでなくピカンではないかとも言ったが、私は上野で行われた展覧会に行っている。確かシカンと書いてあったよ。後で香苗さんにきいてみよう。説明は要領よくしてくれたが、見るべきものはいっぱいあった。そこでもう一度戻って勝手に見て回った。すばらしい出土品が並んでいる。陳列もよく整理されている。織物はうんと気に入った。ミゲル、これはペルーの宝だよ。見事だよ。それにしてもスペインはひどいことをしたもんだ。インカの歴史は知っているし、ピサロたちがどんなことをしたかも知っているが、出会いが悪かったねぇ。たとえ征服者でも文化や芸術に関心のある人物がはじめに来ていたら、まだ無残なことは少なかったろうに。<br /><br />帰ってから香苗さんにシカン文化のことを尋ねた。やっぱり知っていた。TBSが支援したが、中心になって発掘したのはアメリカの大学教授のなんとかいずみさんという日本人だった。出土品は他の博物館に展示されているとか。<br />「テレビではすごい発見みたいな取り上げ方をしていましたよ。東京で出土品の展覧会をやりましたよね。そのときアーモンドアイのペンダントだったか、買ったんですよ。」「あの時の製品はウチから持っていったんですよ」「それはそれは。やっぱご縁があったんですね」<br /><br />註:1991年11月、バタングランデのピラミット、ワカ・ロロ(黄金の墓の意味)の北側深さ11mの地点から、何体かの人骨と100点を超す黄金の埋蔵品が発掘された。発掘を手がけたのはシカン遺跡調査団団長・島田泉氏。ハーバード大学の元準教授である。日本のTBSの援助により実現した3年越しの発掘調査だった。<br /><br /> シカン文化とは、モチェ文化の後に興った文化とされ、後のチムー王国文化まで栄えたとされる。インカをしのぐ黄金文化だったと考えられ、プレ・インカを象徴する儀式用ナイフ“トウミ”はこの時代のものと判明している。したがって、ペルーの黄金博物館をはじめ世界中に散らばっているプレ・インカの黄金はとんどは、シカン時代のものとなる。特徴はアーモンド型の目。<br /><br /> しかし、今までシカンについては文化の存在さえ知られておらず、島田氏の発見は世界中の注目を浴びるものとなった。 シカンとは「月の神殿」という意味で、島田氏の命名。『島田氏は13年間バタングランデに通い続け、「11世紀前後にペルー北部にインカをしのぐ差金文明があった」という仮説のもと、発掘調査を続けてきた。バタングランデの地名はここから“バタン・グランデ=大きな石臼”がたくさん出てきたことから名付けられたという。周囲には発掘したワカ・ロロをはじめ12のピラミッドが散在している。発掘を手がけた墓からは、まず10歳ぐらいの少女の生けにえが出てきた後、箱に入った黄金の埋蔵品が現れた。また何本かの横穴があり、そのひとつからも黄金の箱が出てきている。これだけの黄金が埋蔵されているからには、王もしくは相当身分の高い人の基だと思われるが、不思議なことに、その当人は神輿にのった状態で、天地さかさまに埋葬されていた。やはり黄金の面をかぶってである。<br /><br /> 発掘した墓穴はその後埋められ、何事もなかったようにもとの荒涼とした砂漠にもどった。だが、新たな発見と疑問が再びプレ・インカの歴史のページに加えられたのである。<br />シカン遺跡への交通手段はない。仮に行ったところで、崩れかけたワカがいくつかあるだけだ。発掘品はブルーニン博物館で見ることができる。(「地球の歩き方」より抜粋)<br /><br />今日の夕食は、わぁ〜、おでんだ。練り物はサワラが手に入ったから自分でつくった。ここでは自分でつくらないと食べられないから、と。よくできている。もちろん味もばっちり。こんにゃくも手作りだ。大根はちょっと固いけど、美味しい。<br />

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2005/05/29 - 2004/05/29

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buchijoyce

buchijoyceさん

プーノ→フリアカ→リマ

5月29日(日)晴

5時起きをして片付け物をしている。残ったダイアモックスは私が持っていても仕方がない。ミチコさんに役立ててくれといって渡す。

7時出発。フリアカ(Juliaca)まで41キロ。飛行場まで4,50分かかる。
右手にティティカカ湖を見ながら峠を上っていく。湖面すれすれに鉄道が走っている。85年だったか湖が増水して浜辺の家々も鉄道も冠水してしまったそうだ。湖面を黒く染めているのはトトラ。トトラが湖水浄化に役立っているようだ。土地があるからだが鉄道も道路もはるか先までまっすぐ。どこまで行っても長い道、なんてもんじゃない。

町に近づいたとわかるのは煙突の煙。セメント工場の煙だ。空を一面に汚染している。「公害だなぁ」というと、ミチコさんが「セメント工場の排煙が問題になっている」と教えてくれた。そうだろうなぁ、日本だったらとても許されない。日本も京都議定書の二酸化炭素削減に苦慮しているから、こういう排煙対策に援助すれば、基準達成の緩和に少しは役に立つだろう。でも今のペルー政府は、フジモリ元大統領への反発もあって日本が嫌いらしいから、そんなことは望まないだろう。湖での合成洗剤使用にしろ、下水処理やアオコの問題にしろ、この国の環境対策はまだまだのようだ。

太陽に近いのだし、場所も十分ある。こういうところにこそ、太陽熱や風力発電が導入できればいい。チベットで使っていた太陽光を利用した炊事コンロなどエネルギーを使わないのだから導入した方がいい。住民の暮らしが都市並になる必要はないが、生活のために役に立つことだから、この程度は導入してもらいたいものだ。大型の発電所はむしろお金がかかる。広いところに部落が点在するところでは、このほうが有効だし、環境対策にもなる、と思うのだが。

フリアカの町は混雑している。今日はドミンゴなのでまだ車通りは少ないとは言うけれど。マンコカパック空港、初代のインカ皇帝の名だ。運転手さんがすばやく順番を取ってくれた。チェックインを済ませ、空港使用料を払い、飛行機の到着時間を確認してくれてから、ミチコさんとはここでお別れ。お元気で!
彼女はバスでクスコに向かう。5,6時間かかるという。
ほんとにお世話になりました。歩くのいやだとか、わがままな客でした。でも静かに対応してくれました。最後になって知ったのだが、ミチコさんは文化人類学専攻だったとか。そしてお父さんは地質学者だったとか。さもありなんの教養でした。いや、お見事でした!

後でイースター島の瓜生君にお礼のメールを送ると、ミチコさんはクスコでガイド証を取った初めての日本人とか。そういえば瓜生君も地質が専門だったな。

待合室に入ると、フォルクローレの演奏があるみたいだ。またCDを売るのかも。Papasanが5枚買う予定だからまだ余裕があると言っている。ケーナの音はきれいだがいまいちフィーリングが合わない。カンパだけしてCDは買わない。前に座っている若い男性は日本人のようだが、最近はちょっと見ただけではわからない。

8時35分、予定通り飛行機が到着した。シートは一番前。窓際はpapasan、私は真ん中、隣はおしゃべりするとドバイの男性。ここに来るのにハワイを経由してきたのかと聞く。カナダまわりで来たというと、どうしてかとたずねる。「USAが嫌いなんですよ」と答えると笑って、それ以上は聞かなかった。
アキレバに途中よるかも知れないと言っていたが、飛行機は直にリマに飛んだ。

10時18分には着いた。荷物を受け取り、外に出たが迎えの姿はない。あちこち探すが知った顔は見当たらない。しばらく待ったが来そうもないので、Papasanがタクシーで行こうという。タクシー代のためにマネーチェンジに行った。私が立っていると「タクシーか?」とタクシー・ドライバーが何人も寄って来る。Papasanが戻ってきた。タクシー・ドライバーにカンツータの住所を見せて知っているかと聞くが誰もしらない。ああでもないこうでもないと言っている。そこへ見覚えのある運転手さんが急いで出口の方に行く姿が見えた。「Papasan、運転手さんだよ」Papasanはあわてて運転手さんの後を追った。

やれやれ、これで安心。そこへミゲルから電話が入った。クスコから入った連絡が間違っていて、まだ十分時間があると思っていたとのことだった。ボリビアへ行く人を見送りに来ていたとのこと。ミゲルは実に忙しい。

カンツータに「ただいま」と言って戻った。Papasanは胸が楽になったと喜んでいる。「ね、そうでしょう。下りれば治っちゃうのよ。」

荷物を置いて、食事に行こうと部屋を出ると、さっきフリアカで私の前に座っていた若者が顔を出した。「あら、さっき私の前に座っていた人ね。分かればいっしょに来たのにねぇ」そこで彼も誘って食事に行く。彼は仕事でニューヨークに4年も滞在しているのだという。彼は肉料理に行きたかったらしいが、私がわがままを言った。リマのセビッチェがずっと食べたかったんだ、と。みんなオバサンにまけて、魚料理の店に行った。魚は嫌いなくせに、とPapasanがぶすぶす言っている。でもセビッチェは金城さんが連れて行ってくれた店の方が私の口には合った。

午後から国立人類文化考古学博物館へ行った。学芸員が説明についてくれた。地下に作られた展示室に金細工のものがたくさんあった。その仮面の顔のアーモンドアイに「遺跡の発掘に日本がかかわりませんでしたか?たしかシカン文化といったとも思うけど」と学芸員に聞いてみた。学芸員は知らないと答えた。ミゲルも知らないという。シカンでなくピカンではないかとも言ったが、私は上野で行われた展覧会に行っている。確かシカンと書いてあったよ。後で香苗さんにきいてみよう。説明は要領よくしてくれたが、見るべきものはいっぱいあった。そこでもう一度戻って勝手に見て回った。すばらしい出土品が並んでいる。陳列もよく整理されている。織物はうんと気に入った。ミゲル、これはペルーの宝だよ。見事だよ。それにしてもスペインはひどいことをしたもんだ。インカの歴史は知っているし、ピサロたちがどんなことをしたかも知っているが、出会いが悪かったねぇ。たとえ征服者でも文化や芸術に関心のある人物がはじめに来ていたら、まだ無残なことは少なかったろうに。

帰ってから香苗さんにシカン文化のことを尋ねた。やっぱり知っていた。TBSが支援したが、中心になって発掘したのはアメリカの大学教授のなんとかいずみさんという日本人だった。出土品は他の博物館に展示されているとか。
「テレビではすごい発見みたいな取り上げ方をしていましたよ。東京で出土品の展覧会をやりましたよね。そのときアーモンドアイのペンダントだったか、買ったんですよ。」「あの時の製品はウチから持っていったんですよ」「それはそれは。やっぱご縁があったんですね」

註:1991年11月、バタングランデのピラミット、ワカ・ロロ(黄金の墓の意味)の北側深さ11mの地点から、何体かの人骨と100点を超す黄金の埋蔵品が発掘された。発掘を手がけたのはシカン遺跡調査団団長・島田泉氏。ハーバード大学の元準教授である。日本のTBSの援助により実現した3年越しの発掘調査だった。

 シカン文化とは、モチェ文化の後に興った文化とされ、後のチムー王国文化まで栄えたとされる。インカをしのぐ黄金文化だったと考えられ、プレ・インカを象徴する儀式用ナイフ“トウミ”はこの時代のものと判明している。したがって、ペルーの黄金博物館をはじめ世界中に散らばっているプレ・インカの黄金はとんどは、シカン時代のものとなる。特徴はアーモンド型の目。

 しかし、今までシカンについては文化の存在さえ知られておらず、島田氏の発見は世界中の注目を浴びるものとなった。 シカンとは「月の神殿」という意味で、島田氏の命名。『島田氏は13年間バタングランデに通い続け、「11世紀前後にペルー北部にインカをしのぐ差金文明があった」という仮説のもと、発掘調査を続けてきた。バタングランデの地名はここから“バタン・グランデ=大きな石臼”がたくさん出てきたことから名付けられたという。周囲には発掘したワカ・ロロをはじめ12のピラミッドが散在している。発掘を手がけた墓からは、まず10歳ぐらいの少女の生けにえが出てきた後、箱に入った黄金の埋蔵品が現れた。また何本かの横穴があり、そのひとつからも黄金の箱が出てきている。これだけの黄金が埋蔵されているからには、王もしくは相当身分の高い人の基だと思われるが、不思議なことに、その当人は神輿にのった状態で、天地さかさまに埋葬されていた。やはり黄金の面をかぶってである。

 発掘した墓穴はその後埋められ、何事もなかったようにもとの荒涼とした砂漠にもどった。だが、新たな発見と疑問が再びプレ・インカの歴史のページに加えられたのである。
シカン遺跡への交通手段はない。仮に行ったところで、崩れかけたワカがいくつかあるだけだ。発掘品はブルーニン博物館で見ることができる。(「地球の歩き方」より抜粋)

今日の夕食は、わぁ〜、おでんだ。練り物はサワラが手に入ったから自分でつくった。ここでは自分でつくらないと食べられないから、と。よくできている。もちろん味もばっちり。こんにゃくも手作りだ。大根はちょっと固いけど、美味しい。

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