2006/05/14 - 2006/05/26
200位(同エリア244件中)
明石DSさん
上海〜鳥魯木斉(ウルムチ)〜庫車(クチャ)〜
庫爾勒(コルラ)〜吐魯番トルファン〜鳥魯木斉〜上海
日時:2006:平成18年
5月14日(日)〜5月26日(金):12泊13日
12日目:鳥魯木斉〜上海へ:5月25日(木)晴れ
■鳥魯木斉、新疆ウィグルを去る日
明日の夜は、日本だと思うと何故か?ちょっと心ウキウキ、そして、その前提あればこそ鳥魯木斉を去る寂しさつのる・・・。
私には世界放浪何ヶ月もの旅は夢の又夢だ。
枕が替われば寝れない。ベッドがふかふかすぎれば床に寝たい。
毎日頼る訳ではないが、睡眠導入剤を持参の旅であり、酔い止めも携帯の旅である。
臆病者の私が一人海外に出るのは、平気な人から見ればお笑い種だろうが・・・実は覚悟が居る。
旅が近づけば不安が大きくなり、生きて無事に帰れるだろうか?
・・と、いつも思う。「覚悟の書」を認めコピーし、家に置き、身に付け、歩く。
顔では笑いながら、実は本気だ。
グルメの旅なんて私にはない。
名所旧跡・遺跡も、まあそれなりに歴史に興味はあるが、造詣浅く、そんなものは見たという証だけでそれ以上の感激はない。
とりあえずせっかくだから行く。
私の旅の目的は、人間ウォッチングである。
バードウォッチングより百万倍面白いと思うのだが・・・。
民族が違う、文化伝統習慣が違う
その違い大きければおおきほど感激し、感動し、驚く。
それが旅の醍醐味だ。
そして、見たことのない景色。
「高低差あればこそ畏怖を感じる」と、
ある方に言われ、大いに納得した。
なんじゃこりゃあ、
凄げぇ〜!、
何でこんなに圧倒するんじゃ!
そんな風景と言うのは、高さがある。それか深さがある。
そこに怖さもあり、命の危険の恐怖があり、到達できそうにない困難がある。それが凄い!って感動にもなる。
そういえば砂漠の平面的な景色には・・・驚かなかった。
でも、庫車の新疆神秘大峡谷のでっかい岩の壁には驚愕した。
私の旅・・・それは私の修行にも似たり、フフフ。
修行と思えば、夜寝れずとも可なり。飯食えずとも可なり。
道中の辛きこと(トイレの汚さ“笑”)も克服する楽しみに変わる。
緊張感あればこそ
不安があればこそ
一人旅も楽しからずや
新疆ウィグルの独立を祈る!
新疆ウィグルがウィグル族を中心として独立を果たしても、多民族共生の地なれば、それを面白くないと思う民族あり
しかしなれど彼の地は漢族の支配する地ではない。
私はそう思っている。
新疆ウィグルよサラバ、鳥魯木斉よサラバ、
又将来、今一度当地を訪ねて見たい。
その時は、ウィグル文字が溢れている街であるなら・・・。
人間には、自分の命より大切な物がある。
2006.H18.6.18(記)
サラバ、ボコダ峰
(機中より写す)
-
新疆匯源酒店の23階レストランの前から外を写す
2006.平成18年5月25日(木)
■新疆ウィグル最後の朝・・・。
7時過ぎに起き、シャワーを浴びて荷物の整理。
三泊目にして23階に食堂があって、朝食10元と知り、どんなものか?と、階段使って食べに行く。
まずかった。でも少姐は愛想が良かったので不満はない。客は少なかった。
15日に戻ってきたら電話をするから・・・と、言って電話番号を聞いていた司機に電話通じず。
9時13分:退房
どうしようかな?と思ったが、まず、退房をし、荷物をここに預かってもらう。
そしてタクシーを停め、まだ行っていない新疆ウィグル自治区博物館へ行く。
19時発の飛行機だから17時過ぎに鳥魯木斉飛行場に着けば良いので、市内観光をするつもりで。 -
新装オープンなった新疆ウィグル自治区博物館
■な、な、なんと楼蘭の美女がそこにあった
新疆ウィグル自治区博物館(門票25元)
まあ、私のようにシルクロードや歴史に興味はあると言っても、その知識、無きに等しく、たまたま行ったそこに楼蘭美女のミイラが展示されていることも知らなかった。
着いた先の博物館は、見栄えは大層立派だった。ガイドブックによれば再オープンが2005年10月予定と書いてあるので建物が綺麗なのも当然だが。 -
お茶代?に、ヤギの骨で作った虫篭買いました
(150元2100円)と私の携帯(比較の為)
・・・・・・・・・・・
何も知らず、入場し、ぶらぶらと何気なく歩く。地球の歩き方を丸めてズボンの後ろのポケットに突っ込み。取りあえず来た。
見たことにしようと・・・。写真は?と、部屋の片隅にいる案内係?の女性に聞くと、無論、駄目。
その後、その女性が、私の目の範囲に時折入る。ガラガラだし、要注意人物と思って監視?なの・・と、思って立ち止まり女性の方を見ると、彼女が恥かしそうに私に聞いてきた。
「写真撮影は駄目です、と、いう日本語は何て言うのですか・・・」と、
一瞬あれっ?日本人って言ったかな?と思い返したが、言っていないはずなのに彼女は仕事柄分かったのだろう。
そうか、それで私の見学の邪魔にならないように付いて来ていたのか、そして、見計らって聞いてきたのか・・。
私はまず「ウィグル人?」って逆に質問した。彼女は「違います。ハザフです」と言った。私にはハザフと聞こえるがカザフ族なのだろう。カザフの人との初めての接触だった。
「写真撮影は駄目です」
「写真は駄目です」
「写真を撮らないで下さい」
「写真を写さないで下さい」
・・・なんて、何通りか言ってしまった。
「写真は駄目です」を何度か繰り返して、その場で彼女は復習したけど、そんなもの直ぐに忘れるだろう。
あの時、ゆっくり紙にでも書いて教えてあげれば交流が出来たのに・・・と、後になって思った。
カザフの言葉ってどんな言葉?
ウロウロしてると、若い男性が来て「日本の方ですか?」と日本語で聞かれる。
*「そうです、日本から来ました」
「後のポケットに日本語の本がありましたから、そうではないかと思いました」
*「日本語が上手ですね」
「いえいえそんなに喋れませんが、2階のミイラの展示室のことなら日本語で説明できますので、説明しましょうか?」
*「お願いします」
2階に上がったら、すぐに近代史の展示室があったが、その前を通りながら彼は「ここは近代の歴史のコーナーで、私は日本語で説明できませんので・・」と言って、素通りしてミイラの展示室に入った。
その部屋の真ん中辺りに台の上のガラスケースに入った一体のミイラが展示されていた。
私は、傍に寄りかかってケースを覗いた。
彼は滑らかにしゃべりだした。
「NHKのシルクロードという番組でも有名になりましたし、去年東京で楼蘭の美女のミイラの展示がされましたが、そのミイラがこれです」
*「何か、聞いた事はあるけど、それがこのミイラ?ですか・・・」
私のボヤーとした記憶の中では、「幻の楼蘭美女、4000年の時を越えて」なんて文言が頭に浮かぶだけで知識はゼロ。
でも、そんな有名で価値があり、興味を持って研究している方々にとってはミイラとの対面はどれほどの感動であろうか・・・と、思うと、私が寄りかかっているケースの中にいるミイラが、その美女とは・・・。
ガラスに手を触れ、ガラス越しだが30センチ下に横たわっていた。
髪の毛もあり、顔に肉も残っている。
確かに髪型や服装から見れば女性のように見える。
4000年もの前の人類が、ここにいるとはピンとこない。楼蘭美女との劇的な対面に感動しなければ・・・と、思うが、
そこにも、ここにもミイラがあり、帰国後、インターネットで調べれば世界初公開:楼蘭小河墓地より「嬰児のミイラ」と大げさな謳い文句の展覧会で展示された「嬰児のミイラ」も普通にあった。
他にも3800年前くらいの「夫婦のミイラ」
楼蘭の美女
4000年前くらい。45歳〜50歳の女性。今で言えば90歳くらいの長生きに相当する。
ミイラになって身長は縮んでいるが、176センチ〜180センチの身長と推定される。
日本で復元された美女の顔の模型も展示されていた。これだけ肉が残っているミイラだから、その復元模型もほぼ近いだろうと思う。
3000年前くらいから棺桶を使い出した。
ミイラは牛の皮の靴を履いている・・・死者に履かす為の靴。
麻黄(今も使われている漢方薬)と小麦がミイラの傍に・・・。
シルクロードが出来てから、交易が始まってから寿命がどんどん延びる。
タクラマカン砂漠はアルカリ性の土質で、腐敗を助長する細菌が生存できない。
この博物館が今現在管理しているミイラはすでに300体くらいあり、砂漠でそのまま保存中。
とにかく、そんなお宝?ともいえるミイラは山積みでした。直ぐ傍に。
直ぐ傍で見たい人は、是非、鳥魯木斉の新疆ウィグル自治区博物館へ
全部、ヨーロッパ系の人種だそうだ。
なのに↑
漢族のミイラが一体、何故か?目立つように、ちゃんとでっかく展示されている。
嘘っぽい。ミイラはミイラだろうが。
ホンマやつらは懲りない面々か。
1000年前の漢族の偉くて逞しい武人だったろう人の裸のミイラ。
漢族は素っ裸で葬ったとのこと。
その筋骨隆々たる骨格が武人たる証のようだった。名前も分かっている。
名は「張雄」であるらしい。1000年前のことなら如何様にも
尚、漢族ミイラは素っ裸ということですが、未だに筋骨隆々故なのか?
展示ミイラには一部タオルが・・・。
あまりのお宝?を前にして、頭の中は満タン。見た。見ました。直ぐ傍で。美女との距離:30センチ?フフフ。
あまりに近くて焦点合わず?無論、写真写せず、今じゃあ、あれは夢か?幻か?
■回族の兄貴
日本語で丁寧に、私一人に付き添い説明してくれた親切な方は、回族の独身男性でした。
ミイラ館をとっぷり見て周り、「ありがとう」と言おうと思ったら、次の部屋が待ってました。
次の部屋には応接間に置いてあるでっかい「飾り棚」がずらっと並んでいる部屋でした。飾り棚の中にはすでに工芸品が隙間なく飾ってありそれぞれ立派に見えました。
その一つのケースの前に座り、「・・・」「・・・」と又説明が始まりました。
説明が終わり・・・。
「これケースごと幾らだと思いますか?」と彼が私に聞くので、「200万円くらいかなあ・・」と適当に言うと、彼は得意げに「100万円です。税関の手続きから、梱包、自宅までの宅配の手配すべてこちらが致します」・・・気のせいか特に滑らかな日本語だった。
「先日来られた日本人の方が、これと同じものを買われました」とのこと、ん、じゃあ俺も?
*「こんなん家に入れたら、寝るとこなくなるので、ただ(免費)でも不要ですが」と言うと
彼、失笑後、いささか肩を落としあきらめた模様。
でも、又、隣に。
隣は、小姐も待ち構えている土産物屋。説明すればただでは帰さん。
さすが楼蘭のミイラ他お宝豊富な大、大博物館。小さい物でも値札のゼロは何故か?沢山付きすぎている。
高い物は鑑定書付き。あの1000年前の漢族のミイラの鑑定書は?って聞きたかったけど我慢する。
この頃、彼の眼差しも普通に戻り、なんでも良いからお願いです。小石でも買ってという目になってました。私は何かを買おうと探し、ヤギの骨の装飾品を買いました。
それでも、そこらの店より高いです。私にとっては高価な買い物。180元の「虫篭」を「150元就買」と、彼の顔を立てる為?ちょっぴり値切って一言。
彼もすでにあきらめ顔で「ありがとうございます」・・・で、商談成立。
1時間くらい掛けての買い物になりました。
その後も、その土産物コーナーの中央にある休憩場所で、お茶を飲みながら延々1時間ほど日本語講座を開きながら、休憩していました。
「あんた口達者でんなぁあ。お世辞うまいでんなぁ」・・・なんて。大阪弁を。
彼らの求めに応じてですよ。彼ら関西弁貯めてます。
10時前から12時過ぎまでここに滞在。 -
新疆ウィグル自治省の首府の
鳥魯木斉の公園は何を語る
■人民公園へ行く(門票5元)
タクシーで公園に。
やはり漢族の普通の公園。ウィグル族の風情は欠片も無い。 -
池で釣竿をかざす釣り人が幾人か・・・。ぶらぶら歩いていると、一角にアメリカで発明された乗り物。
『SEGWAY(セグウェイ)立ったまま乗るスクーター:アメリカで大人気!電動スクーター』
遠目で、そっくりなのが並んでいたので近づいて見ると、見かけはなるほどだが中味は全く違う三輪車だった。やっぱりさすが中共。
まあ、これも話の種に乗ってみようと暇そうな留守番おっちゃんに一声掛ける。
怪訝な顔で無愛想に「30分、20元。押金100元」と言う。
「簡単か?」と聞いたら「簡単ではない。急ハンドすればこける」と言われた。
魯木斉くんだりまで来て、こんな物に乗って怪我でもしたら、おめおめ生きて日本には帰れぬ。
右のハンドルにアクセルがあり、左のハンドルにブレーキが付いている。
とりあえず練習しようと、前の広場をくるくる回っていると、おっちゃんが手で「外を走ってもええんやで」と合図をするので、周回コースに出て行く。
確かにバランスは悪く、急ハンドルはこけそうだ。ゆっくりたったの一台が公園内をトボトボ走るである。ここは新疆:私を知る者なし。
学校の遠足で沢山来ていた。お蔭で公園一周できた。こけずに -
山東省から来た。彼
時間ぴったしに出発点に姿を現し無事帰還。
最初、無愛想だったおっさんが何故か?愛想良くなり、暇なのか?
私に「何処から来たのか?」と声を掛けて来た。日本からというと
「日本はいい国だ。発展してるし、清潔だと聞いている」
「私は山東省から、一人でこっちに働きに来ている。嫁と子どもは向こうに居る」
こっちの稼ぎは?と、聞くと「まあまあ」という事だった。
自分でこの商売をしてる分けでもなく、こんな商売の雇われだったら収入など雀の涙だろうと思う。何せ、こんなもん誰も乗らないだろう・・・20元もだして。
このおっちゃん何故か?本を出してきて、ここに名前を書いてくれと言う。
まるで物書きが自分の本に揮毫するかのような気分で「日本国・・・」から住所まで書いて渡した。
山東省といえば青島があるホンマここから遠いところだ。
どんな事情か知らないが・・・家族離れて出稼ぎとは・・・骨太がっちりタイプの彼には似合わないこの仕事だ。
事情がある。 -
遠足で賑わう・・・
小学生、中学生が金払って乗り物乗ったり食ったりしてました -
また麺とカワプを食いました。
■公園の中のウィグル人の店で昼飯を食う
2時頃
麺3.5元 カワプ2本2元 計5元5毛(77円)の昼飯。 -
ウィグル料理の店、あのおちゃんが店主です。
食った後、去る時にボソッと「ヤポニヤディン ケルディム」と言ったら、主人がまたメチャ、ニコッとしてくれた。
顔に「ようこそ、よく来た」と書いてあった。
「アッサラーム アレイコム」
「ホッシ」と言って別れた。
-
■公園を出て二重橋、国際大バザール方面に
3時43分
タクシーに乗らず地図を見て歩く。
間違わず国際大バザールへ、又、ウィグル人居住区の散策だ。異国情緒にひたりながら。 -
二重橋市場のこの店で袋買う
・・・・・・・・・・
二重橋市場で袋を買う。
「一つ25元、四つ100元」というのを
「四つ60元なら買う」と言ったがオバちゃん返事なし。
「我走口巴=ウオゾウバ=俺は行くわ」と言って店を出て歩き出したら、
20メートルも行ってから背後で叫ぶ声。
60元で買う。 -
おばちゃん買ってくれと泣き叫ぶ
・・・・・・・・・・ -
鳥魯木斉の二重橋市場に行った証拠だ、私が撮った
-
ジュース買う、そして飲む。腹一杯になった
・・・・・・・・・・・
次に何か分からんジュースを飲む。量が多い。1元。無理して全部飲む。 -
-
市場は掘り出し物の宝庫ですが。
・・・・・・・・・・・・
次に、CD店でまたCDを買う。
可愛い20歳前後のウィグル女性が出てきた。
ボサッーと立ち止まった私に最初は怪訝な顔。
「ん、何であんたがこんなとこに・・」というような顔つきで見ていたが、伝家の宝刀「ヤポニヤディン ケルディム」と言うと彼女も「那、好」と言いながらメチャ笑顔に。 -
中古って、なるほど見たら分かる。
・・・・・・・・・・・・
「貴女の好きな曲、二つ選んで、何でも良いから」と言って選んでもらったら、「もう一枚買えば三枚10元だから・・・」と言うので、三枚選んでもらった。これは中古CDでした。見たら分かるやろ言われそうですが・・日本で買わないし、そんなこと全く意識していなかったから。
私が思う土産の価値というのは・・・
そこで買った物。そこにあった物。そこから持って来た物。
それが全てなのです。 -
写真はトイレではありません
ここの市場の公衆トイレ。
おっさんが何人かしゃがんでました。息せずにこと(小)を済ませて出てきましたが・・・。
鼻が違う構造なのか?全部有料です(5毛=7円)
だから金はらって利用するのは大概“大”だと思う。みんなしゃがんでいるから。
男用公衆トイレで立っているのは大概私一人。
息が続きません。ズボン汚れます。
鼻の構造変えて技磨かなければ無理。 -
鳥魯木斉での私の拠点
-
世間では当たり前だと人は言うが、
果物屋で果物買う。
計り売りだし、量が多いから、一個一個種類の違うのをくれと頼んで買った。
写真を撮らせてもらう。
4個で5元(70円)。
果物の値段は分からない、
足元みてボラれたかもしれないが笑顔でOK。 -
果物屋でお母さん?
と一緒に商売している孝行息子?
勝手に決めました。 -
今日こそ
ガイドブックにある二重橋が未だ見えず。
その辺りを何度も歩き探していたが発見できていなかったので、今日は何が何でも見つけようと歩く。
あと数時間の後に鳥魯木斉を去るこの時、写真で見た、この辺にあるはずの二重橋をやっと見つける。
こんな物ですが満足する。 -
これが有名な?二重橋
もう少しで鳥魯木斉からサラバと言う時にやっと見つけました。
小感激、この周囲を歩き周っていたのに。 -
前方は昨日の夜、タバコを踏んだ広場
-
・・・あ〜名残り惜しいかな鳥魯木斉の街よ
-
二重橋付近の様子
いつでも賑やかな様子です -
蛇使って薬売ります、48年ほど昔湊川公園で見た
・・・・・・・・・・
街頭パフォーマンスを見ながら、名残を惜しむ。
“去る”となれば名残り惜しさもひとしおである。
漢字の溢れる町になってしまっている新疆の各都市。
ウィグルの文字は消え行く運命にあるのだろうか?
誇り高き民族のはずである。
あまりに違う、その顔、文字、言葉。
一度も聞けなかった・・・
ウイグル人に「あなたは中国人なのか?」と。
聞かずとも、雰囲気で分かった。
町に出て歩けば、何となくでも感じる。ホンノ短い滞在だったが、その住み分けられた街の状況を肌で感じ、看板の文字を見ることだけでも、他民族に屈することの悲劇を目の当たりにした。 -
匯源酒店の隣の小学校
-
実は匯源酒店の玄関から路を写しました。
前の道路は新華南路
左にずっと歩くと、新華北路に行きます。 -
■鳥魯木斉空港へ
さあPM8時過ぎに起飛だ。
歩いて新疆匯源酒店に行き、預けていたリュックをもらいタクシーに乗る、明るく感じの良い司機(漢族)だった。
空港で手続きを終え、休憩。 -
鳥魯木斉空港:搭乗口近くのこの店で、
-
こんなん食いました。
実は、飲み物頼んだつもりでしたが、作るのに1時間?掛かっていました。
きっとマニュアル書見ながら初めて作ったのかも??味?
なんか、果物入ってました -
搭乗時間が来ても飛行機が未だ来ない。
国内線は時間はむちゃむちゃというのが良く分かった。1時間遅れで離陸。 -
長い時間だが最後に景色をもう一度見れれば見たいと思って窓際を頼んだ。
通路を挟んで3×3=6座席の飛行機である。
私の横二人は共に相撲取り風の巨漢。仕方なし。 -
窓際の席にして良かった。
象徴?ボコダ峰が燦然と輝くているのがはっきり見えた。
サラバ新疆:鳥魯木斉、又来る日まで。 -
鳥魯木斉空港から上海へ、移動は、やはり漢族がほとんどのように思う
-
機内食、全部完食。
-
■虹橋空港到着:午後11時55分
12時:空港横の虹橋大酒店に着く。
愛想の無いフロントの女の子が一人。ここも楽天トラベルで予約済み。
一泊260元(3640円)押金(計400元)。
この旅を通じてここが一番部屋代の高いホテルだったが、一番狭く汚い。
でも湯は豊富にでた。やっぱり何にでも探せば良いとこあるんかいや。
さあ、もう26日:夜には日本か・・・気を締めなければ。
あ〜・・・。
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