2006/02/11 - 2006/02/11
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マキタンさん
房総半島の最南端、太平洋に向かって突き出た岬に立つ野島崎灯台。明治2年(1869年)にフランス人技師ウェルニーによって設計され、関東大震災によって一度倒壊したが、大正14年(1925年)に再建される。そして現在に至っている。
灯台の第1号が、観音崎灯台であり、その後、野島埼灯台、樫野崎、潮岬、佐多岬、剣崎などに洋式灯台が設置された。
高さ29mの白亜の灯台で、ラセン階段で登って行くと展望台からは太平洋や遠く伊豆半島まで見渡せる絶好の眺め。灯台の下から岬にかけて遊歩道が整備された公園になっている。
野島崎燈台の概要
位 置 北緯 34度53分54秒
東経 139度53分30秒
塗色・構造 白色塔形コンクリート造
等級・等質 2等フレネル 閃白光 毎20秒に1閃
光 度 120万カンデラ 光遠距離 海里(32km)
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(白浜町観光HPより引用)
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厳島神社の参道。海上安全の守り神なのだろう。
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厳島神社の鳥居越しに仰ぐ灯台。
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巌島神社、正面。
地元の信仰を集めている由緒ある神社。注連縄が空気を締める。 -
高さ24メートルの灯台のなかは、螺旋状の階段で、誰でも展望台に上ることができる。
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1849(明治2)年建造。白色八角形のコンクリート造り。
2等フレネル 閃白光 毎20秒に1閃 120万カンデラ 光遠距離 17海里(32km) 明孤 254度から101度まで
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管理棟越しの灯台。真昼の太陽が光る。
高さ 地上から灯塔の頂 部まで 29m
平均水面上か灯火まで 38m
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灯台の光源であるレンズの直径は2メートル68ミリ。人の背丈以上の大きさ。
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房総半島の最南端、太平洋に向かって突き出た岬に立つ野島崎灯台。
明治2年(1869年)にフランス人技師ウェルニーによって設計され、関東大震災によって一度倒壊したが、大正14年(1925年)に再建される。そして現在に至っている。
灯台の第1号が、観音崎灯台であり、その後、野島埼灯台、樫野崎、潮岬、佐多岬、剣崎などに洋式灯台が設置された。
高さ28.98mの白亜の灯台で、ラセン階段で登って行くと展望台からは太平洋や遠く伊豆半島まで見渡せる絶好の眺め。 -
灯台の下から岬にかけて遊歩道が整備された公園になっている。温暖な春風を受けて散策した。
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「砂の女」 彫刻と灯台のバランス?
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位置 北緯 34度53分54 東経 139度53分30秒
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房総半島最南端の碑
白浜町出身の彫刻家、太田雅典氏による巨大アート -
房総半島最南端の碑。素材となった黒御影石の重さは28トンというから驚き。南アフリカから運ばれたとか。
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野島埼灯台を中心とした公園。潮風に吹かれながら、岬の公園をひとまわり。約20分の散策コース。
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波濤。沖は風が強そうだ。波が砕け散った。
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リゾート イン 白浜ホテルのレストランから。南国の憩いが・・。
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里見大名御膳の昼食。大きな器に彩りよく盛り付けられて・・。
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白浜音頭発祥の地。
房州白浜、住みよいところ、真冬菜の花、花盛りヨー
歌のイメージの世界だ。
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