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 今日は一日移動日でした。<br />フランス・ポー→アシジ着20:30(激疲れ)<br /><br />なので、今日は中世(13世紀)最大の聖人と呼ばれる「アシジの聖フランチェスコ」のお話をしたいと思います。<br />この人は日本人の間でも大変有名です。何たって<br /><br />♪サ~ン・フラ~ンシスコのチャイナ!タウンの飲茶♪<br />で御馴染みです。どーでもいいことですが、フランチェスコもきっとミスドの飲茶セット「ボーノ!(うまかとよ~)」といってくれるでしょうね。<br /><br />彼は第二のキリストといわれています。<br />何故か?自らを貧しい者とし、小鳥にさへ話しかけ、らい病患者を手厚く看病し、布教に出かけたり、街の紛争をおさめたり、果てには第4.5十字軍に従軍してムスリムの王に掛け合ったり多忙な日々を送ったそうです。(このムスリムの王も器の大きな人物で、改宗こそしませんでしたが、長いフランチェスコとの問答の末自領での布教を許しました)<br />かのマザーテレサも彼を模範にしたそうです。<br /><br /> では何故イタリア人なのに、フランチェスコ(フランス人)なの?<br />本名はジョバンニ。お父さんはアシジでも指折りの呉服問屋。お母さんは、お父さんが商用で南フランスへ出張したおりお嫁さんとしてアシジに連れ帰ってきたフランス人です。<br />ジョバンニはお母さんの影響でフランス語が喋れました。<br />だから周囲の人々はフランス語を喋るこの可愛らしい坊やを「小さなフランス人」と呼んだそうです。<br /><br /> このお坊ちゃま、不自由ない生活を送りつつも将来のために名を馳せたいと願うイマドキの青年でした。<br />仲間内ではリーダー格。陽気な性格ゆえ友達も多く、その友達とペルージャの戦争に意気揚々として出かけます。<br /><br /> 実はそれが彼の分岐点になりました。<br />戦場で重病を患い一人戦場からトンズラし、家で生死を彷徨いました。九死に一生を得た彼は、誰が見ても「おかしい」とそう写るようになったそうです。<br />「んまあ、私の坊やは一体どうしちゃったのかしら?<br />以前のようにはしゃがず、物思いにふけってばかり。<br />野原を散策したりして、まるで私の坊やじゃないみたい」<br />優しいお母さんも心配しました。<br /><br /> しかし、事件はすぐに起こりました。<br />フランチェスコが家の財産である呉服を売り払ったお金を崩れかかった教会に寄付した、というのです。<br />「ベルナルドーネ氏の御曹司、ついに頭がイカれたらしいぞ?サン・ダミアノ教会の神父がベルナルドーネ氏の怒りを恐れ寄進を断ったくらいだ」<br />「何でも「私の教会を建て直しなさい」っていう神サマの言葉を聴いたって街中吹聴して歩いているそうですわ~。やっぱ、箱入り息子には戦場はキツかったのかしらん?」<br />「しかも!あのバカ息子ときたら、よりによってライ病患者を抱きしめて接吻したそうだ!あの家もいい笑いものだ。」<br />「まあああ!ライ病患者ですって?」<br /><br />噂は事実でした。<br />お父さんはやむなく、愛する一人息子を司教の主催する宗教裁判にかけてしまいます。<br />両親の心痛はいかばかりか。ヘッチャラなのは当のフランチェスコだけ。<br />「何も持たない、この幸せを。私は貧しい者として生きたいのです」<br />彼は群集の嘲笑の中、熱心に説きます。<br />そして、こともあろうに皆の前で服を全て脱ぎ捨て「服」という財産をお父さんに返してしまいます。<br />銭湯文化を持つ我々日本人とて、さすがにそこまでやりません。<br />彼の行った行為は今で言う”ストリーキング”そのものですから、中世ヨーロッパの肌を見せない文化を持つ人々にとって、それは物狂い以外の何者にも写りませんでした。<br /><br /> 観るに見かねて司教は衣類をまとわせましたが、それも振り払って、一人街をでてゆきました。<br />目指すはサン・ダミアノ教会の再建です。<br />でも、神様はもっと大きな意味で「私の教会を建て直しなさい」と言われていたのですが、その時まだフランチェスコは気づいていませんでした。<br /><br /> 塩野七生さんの小説によれば、お母さんはこっそり隠れて愛する息子に会いに行っては食料を差入れていたそうです。<br />お母さんは、呉服屋の中でも荷造り用の質素な布なら、と息子や賛同者のために修道服を作り大層喜ばれたそうです。だって、それまではまるでボロ布をまとっていたそうですから。<br />でも、いつまでもお母さんに頼るわけにもいかず、彼らは托鉢を始め糧を得る道を探していったそうです。<br /><br /> さて、仲間の数人も彼の意思に賛同し、ブラザーとなり法王非公認ながら「小さき兄弟会」通称フランチェスコ会が創立されました。<br />最初は狂人扱いしていた街の人の中にも理解者がでてきました。<br />その中で生活を共にしたい女性達も現れました。<br />キアラ(クララ)とその姉妹達です。<br />(彼女の3つの奇跡は別途)<br />後に自分達の宿舎サン・ダミアノ教会を姉妹達に提供したそうです。そして彼女達を「ドミナ(貴婦人)」と尊称で呼んだそうです。<br /><br /> 「でも、やっぱり法王サマから「小さき兄弟会」を公認して貰いたいよね~」<br />ということで、兄弟達はローマへ出発。(当時はヴァチカンはありませんでした)<br />法王といえば、今よりも雲の上の人。カソリック界の最高権力者です。最初の答えは「NO」。<br />貧しいし、汚いし、素足だし、臭そうだし!?明らかにアヤシイ若者集団ですものね。<br />法王は勿論、きらびやかな衣装に身を包んだ枢機卿のずら~っと居並ぶ中での拒絶です。<br /><br /> しかし、言い伝えによるとその夜法王は夢を見たそうです。<br />崩れゆく教会を支えている一人の貧しい修道士の夢。<br />「あれ?あの顔どっか~で見たことありそー・・・、昨日の夕飯も思い出せなくなっちゃって、ワシってちょっと弱くなったかなぁ?しかし、忘れてしまうには心が騒ぐ。ウ~ン、主よ」<br />考える事数分!<br />今流行りの「アハ体験」はすぐ起こりました。<br />「あ!あの修道士かな!?おおーい誰か~、明日あの修道士をもう一度ワシの元に呼びなさい~!」<br />「え”?法王サマ!どうなさったのですか?昨日の鍋焼きうどん(?)があたったのだろうか、おおーい誰か医者を!」<br />「ワシは正気じゃ!ワシは神のお告げをきいたのじゃ。そういや昨日の夕食は鍋焼きうどんだったのも思い出したぞ。」<br /><br />ということで、めでたく「小さき兄弟会」は公認されました。<br />そう。崩壊寸前のサン・ダミアノ教会で聴いた神の意志は、ローマ・カソリック再建の使命だったのです。<br /><br /> ある日のこと。多くの病を抱えながらもフランチェスコは山に籠もって祈っていました。<br />そこで聖痕を受けました。イエスが磔刑で受けたあのエグイ傷です。受けたはいいが、これがまたフランチェスコの肉体を激痛に苛みました。観るに見かねてキアラ(クララ)が手袋を作ってあげた程です。傷が当たらないよう、その部分だけくりぬいてありました。<br />「でも僕は幸せ♪o(^^o)(o^^)o」<br />晩年、フランチェスコは多くの肉体的苦痛と共にありながらも、心はいつもハッピーだったようです。<br /><br />「太陽の歌」<br />中世文学の傑作とも言われる詩(祈り)が生まれたのもこの頃だからです。<br />最後まで清貧を貫き、43歳のある日フランチェスコはお空に帰りました。<br />聖人になったのは、彼の死から2年後でした。<br /><br />以後、カプチン会とコンベンツェル会に分かれつつ彼の意思を受け継ぐ人々(後で紹介)によって現代に息づいています。

魚@ICTUSの旅~アシジの聖フランチェスコのお話12/29

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2005/12/26 - 2006/01/03

207位(同エリア232件中)

8

13

ホホデミ

ホホデミさん

 今日は一日移動日でした。
フランス・ポー→アシジ着20:30(激疲れ)

なので、今日は中世(13世紀)最大の聖人と呼ばれる「アシジの聖フランチェスコ」のお話をしたいと思います。
この人は日本人の間でも大変有名です。何たって

♪サ~ン・フラ~ンシスコのチャイナ!タウンの飲茶♪
で御馴染みです。どーでもいいことですが、フランチェスコもきっとミスドの飲茶セット「ボーノ!(うまかとよ~)」といってくれるでしょうね。

彼は第二のキリストといわれています。
何故か?自らを貧しい者とし、小鳥にさへ話しかけ、らい病患者を手厚く看病し、布教に出かけたり、街の紛争をおさめたり、果てには第4.5十字軍に従軍してムスリムの王に掛け合ったり多忙な日々を送ったそうです。(このムスリムの王も器の大きな人物で、改宗こそしませんでしたが、長いフランチェスコとの問答の末自領での布教を許しました)
かのマザーテレサも彼を模範にしたそうです。

 では何故イタリア人なのに、フランチェスコ(フランス人)なの?
本名はジョバンニ。お父さんはアシジでも指折りの呉服問屋。お母さんは、お父さんが商用で南フランスへ出張したおりお嫁さんとしてアシジに連れ帰ってきたフランス人です。
ジョバンニはお母さんの影響でフランス語が喋れました。
だから周囲の人々はフランス語を喋るこの可愛らしい坊やを「小さなフランス人」と呼んだそうです。

 このお坊ちゃま、不自由ない生活を送りつつも将来のために名を馳せたいと願うイマドキの青年でした。
仲間内ではリーダー格。陽気な性格ゆえ友達も多く、その友達とペルージャの戦争に意気揚々として出かけます。

 実はそれが彼の分岐点になりました。
戦場で重病を患い一人戦場からトンズラし、家で生死を彷徨いました。九死に一生を得た彼は、誰が見ても「おかしい」とそう写るようになったそうです。
「んまあ、私の坊やは一体どうしちゃったのかしら?
以前のようにはしゃがず、物思いにふけってばかり。
野原を散策したりして、まるで私の坊やじゃないみたい」
優しいお母さんも心配しました。

 しかし、事件はすぐに起こりました。
フランチェスコが家の財産である呉服を売り払ったお金を崩れかかった教会に寄付した、というのです。
「ベルナルドーネ氏の御曹司、ついに頭がイカれたらしいぞ?サン・ダミアノ教会の神父がベルナルドーネ氏の怒りを恐れ寄進を断ったくらいだ」
「何でも「私の教会を建て直しなさい」っていう神サマの言葉を聴いたって街中吹聴して歩いているそうですわ~。やっぱ、箱入り息子には戦場はキツかったのかしらん?」
「しかも!あのバカ息子ときたら、よりによってライ病患者を抱きしめて接吻したそうだ!あの家もいい笑いものだ。」
「まあああ!ライ病患者ですって?」

噂は事実でした。
お父さんはやむなく、愛する一人息子を司教の主催する宗教裁判にかけてしまいます。
両親の心痛はいかばかりか。ヘッチャラなのは当のフランチェスコだけ。
「何も持たない、この幸せを。私は貧しい者として生きたいのです」
彼は群集の嘲笑の中、熱心に説きます。
そして、こともあろうに皆の前で服を全て脱ぎ捨て「服」という財産をお父さんに返してしまいます。
銭湯文化を持つ我々日本人とて、さすがにそこまでやりません。
彼の行った行為は今で言う”ストリーキング”そのものですから、中世ヨーロッパの肌を見せない文化を持つ人々にとって、それは物狂い以外の何者にも写りませんでした。

 観るに見かねて司教は衣類をまとわせましたが、それも振り払って、一人街をでてゆきました。
目指すはサン・ダミアノ教会の再建です。
でも、神様はもっと大きな意味で「私の教会を建て直しなさい」と言われていたのですが、その時まだフランチェスコは気づいていませんでした。

 塩野七生さんの小説によれば、お母さんはこっそり隠れて愛する息子に会いに行っては食料を差入れていたそうです。
お母さんは、呉服屋の中でも荷造り用の質素な布なら、と息子や賛同者のために修道服を作り大層喜ばれたそうです。だって、それまではまるでボロ布をまとっていたそうですから。
でも、いつまでもお母さんに頼るわけにもいかず、彼らは托鉢を始め糧を得る道を探していったそうです。

 さて、仲間の数人も彼の意思に賛同し、ブラザーとなり法王非公認ながら「小さき兄弟会」通称フランチェスコ会が創立されました。
最初は狂人扱いしていた街の人の中にも理解者がでてきました。
その中で生活を共にしたい女性達も現れました。
キアラ(クララ)とその姉妹達です。
(彼女の3つの奇跡は別途)
後に自分達の宿舎サン・ダミアノ教会を姉妹達に提供したそうです。そして彼女達を「ドミナ(貴婦人)」と尊称で呼んだそうです。

 「でも、やっぱり法王サマから「小さき兄弟会」を公認して貰いたいよね~」
ということで、兄弟達はローマへ出発。(当時はヴァチカンはありませんでした)
法王といえば、今よりも雲の上の人。カソリック界の最高権力者です。最初の答えは「NO」。
貧しいし、汚いし、素足だし、臭そうだし!?明らかにアヤシイ若者集団ですものね。
法王は勿論、きらびやかな衣装に身を包んだ枢機卿のずら~っと居並ぶ中での拒絶です。

 しかし、言い伝えによるとその夜法王は夢を見たそうです。
崩れゆく教会を支えている一人の貧しい修道士の夢。
「あれ?あの顔どっか~で見たことありそー・・・、昨日の夕飯も思い出せなくなっちゃって、ワシってちょっと弱くなったかなぁ?しかし、忘れてしまうには心が騒ぐ。ウ~ン、主よ」
考える事数分!
今流行りの「アハ体験」はすぐ起こりました。
「あ!あの修道士かな!?おおーい誰か~、明日あの修道士をもう一度ワシの元に呼びなさい~!」
「え”?法王サマ!どうなさったのですか?昨日の鍋焼きうどん(?)があたったのだろうか、おおーい誰か医者を!」
「ワシは正気じゃ!ワシは神のお告げをきいたのじゃ。そういや昨日の夕食は鍋焼きうどんだったのも思い出したぞ。」

ということで、めでたく「小さき兄弟会」は公認されました。
そう。崩壊寸前のサン・ダミアノ教会で聴いた神の意志は、ローマ・カソリック再建の使命だったのです。

 ある日のこと。多くの病を抱えながらもフランチェスコは山に籠もって祈っていました。
そこで聖痕を受けました。イエスが磔刑で受けたあのエグイ傷です。受けたはいいが、これがまたフランチェスコの肉体を激痛に苛みました。観るに見かねてキアラ(クララ)が手袋を作ってあげた程です。傷が当たらないよう、その部分だけくりぬいてありました。
「でも僕は幸せ♪o(^^o)(o^^)o」
晩年、フランチェスコは多くの肉体的苦痛と共にありながらも、心はいつもハッピーだったようです。

「太陽の歌」
中世文学の傑作とも言われる詩(祈り)が生まれたのもこの頃だからです。
最後まで清貧を貫き、43歳のある日フランチェスコはお空に帰りました。
聖人になったのは、彼の死から2年後でした。

以後、カプチン会とコンベンツェル会に分かれつつ彼の意思を受け継ぐ人々(後で紹介)によって現代に息づいています。

  • (以下コンパクトサイズの画集より抜粋)<br />ジョット作「小鳥に説教する聖フランチェスコ」<br /><br />右側の木に注目です。日差しのきついアシジ。<br />小鳥たちに日陰を作るかのように木が傾いています。

    (以下コンパクトサイズの画集より抜粋)
    ジョット作「小鳥に説教する聖フランチェスコ」

    右側の木に注目です。日差しのきついアシジ。
    小鳥たちに日陰を作るかのように木が傾いています。

  • 物語ここからスタート<br />(順番が違うかも知れませんがご容赦を)<br />古代ローマ神殿前で、青年フランチェスコが誰かに布をひいて貰う。←何の絵だったか忘れました〜。

    物語ここからスタート
    (順番が違うかも知れませんがご容赦を)
    古代ローマ神殿前で、青年フランチェスコが誰かに布をひいて貰う。←何の絵だったか忘れました〜。

  • サン・ダミアノ教会にて。<br />キリストに注目です。この像が現れたそうです。<br />

    サン・ダミアノ教会にて。
    キリストに注目です。この像が現れたそうです。

  • 貧しい人に着ていたマントをプレゼント

    貧しい人に着ていたマントをプレゼント

  • 「みんな、お返しします」

    「みんな、お返しします」

  • ライ病患者を抱擁

    ライ病患者を抱擁

  • 題は「祈りによって悪魔を追い出す」<br />実際は街の紛争をおさめた、といいます。<br />フランチェスコの前にいるのは神父さんです。

    題は「祈りによって悪魔を追い出す」
    実際は街の紛争をおさめた、といいます。
    フランチェスコの前にいるのは神父さんです。

  • ムスリムの王に謁見

    ムスリムの王に謁見

  • ローマ法王に会を公認されます。<br />(因みにキアラの会(クララ会)は彼女の死ぬ2日前に公認されました)

    ローマ法王に会を公認されます。
    (因みにキアラの会(クララ会)は彼女の死ぬ2日前に公認されました)

  • お山で祈っていたら、聖痕を受けました。

    お山で祈っていたら、聖痕を受けました。

  • 多分、亡くなった時の絵でしょう。

    多分、亡くなった時の絵でしょう。

  • キアラの嘆き。

    キアラの嘆き。

  • 彼を知る人々の証言により、描かれた絵。<br />生前のフランチェスコによく似ているそうです。<br />

    彼を知る人々の証言により、描かれた絵。
    生前のフランチェスコによく似ているそうです。

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この旅行記へのコメント (8)

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  • 三輪さん 2006/01/19 17:47:01
    ご挨拶も申し上げず
    何度も勝手にずけずけお邪魔してフレスコ画の画像を拝見しておりまして、大変失礼しました。

    こういうのって、海外では撮影が許可されてるんでしょうか?
    いいですね。京都や奈良の名刹に「奉納画」の名目で納められたたくさんの売名目的の襖絵と違って、なんと祈りに満ちていることか!

    フレスコ画にはあこがれています。
    まさか乾く前の壁に描くのは無理としても、一生に一度でいいから大きな壁一面の浄土変相図が描けるようになりたいものです。

    ホホデミ

    ホホデミさん からの返信 2006/01/21 01:36:35
    RE: ご挨拶も申し上げず(全然オッケーです ホホデミ)
    三輪さんへ

    ようこそいらっしゃいました。o(^o^)o♪
    手ブレ写真の恥ずかしさも何のその、自分がここまで図々しいとは思っていませんでした。
     祭壇部分はさすがに撮影禁止のようですが、あとは「どーぞどーぞ」状態でした。多分、フラッシュで痛むから、という意味の方が強い?という印象を持ちました。

    >フレスコ画にはあこがれています。
    三輪さんは絵を描かれるのでお詳しいのですよね。

    >まさか乾く前の壁に描くのは無理としても、一生に一度でいいから大きな壁>一面の浄土変相図が描けるようになりたいものです。

    ヘンテコな質問ですが、教えて下さい。
    本来は乾く前の壁に描くものなのですか?染料などちゃんとのるのかなぁ?と。

    因みに、アッシジの確か聖フランチェスコ教会ですが、昔病人を収容しており、その殺菌剤でフレスコ画が壁からはがれてしまいました。
    三輪さん、そこにコラボ作として浄土変相図描いて世界平和を訴えてみませんか?(なんちゃって)
    でも、宗教サミットといって、仏教のお坊さまなど各宗教の高僧がアッシジを訪問して、笙を使って声明とグレゴリアン聖歌のコラボをやっているそうです。

    三輪さん からの返信 2006/01/23 10:07:29
    RE: RE: ご挨拶も申し上げず(全然オッケーです ホホデミ)
    フレスコ画は定着剤を使わずに、水だけで溶いた絵の具を乾く前の壁に塗るんだそうです。画家は左官の技術も必要ですし、時間内に出来る作業も限られてきますが、剥落はしにくいし、色彩もきれいですよね。
    これは日本画にはない技術です。

    飛鳥時代の古墳や法隆寺の壁画は、乾いたあとの壁に描かれていますね。
    これ以降、板壁や紙に書いた絵を壁面に貼り付けたものはたくさんありますが、土壁に直接描くことはほとんどありません。
    まぁ、本格的にフレスコ画の技術をこれからというのは無理でも、土壁に描くことに対するあこがれがあるんです。

    ホホデミ

    ホホデミさん からの返信 2006/01/23 23:56:04
    RE: RE: RE: ご挨拶も申し上げず(全然オッケーです ホホデミ)
    三輪さん

     流石は三輪さん、説明をありがとうございました。
    古墳の壁画は、魂がこもっていて惹かれます。
    (あ、魂がこもってはいけないのでしたっけ?(^.^;)

     今まで壁画といえば皆完全に乾いた壁に描くものだと思っていました。
    半渇きの状態で描くと絵の具が良い状態でのるのでしょうか。
    絵の具についても門外漢(子)なのですが、水だけで溶いた絵の具が後世まで優しい息遣いを伝えてくれるのは、驚異的です。
    先人の知恵と技術を賞賛せずにはいられません。

    >これは日本画にはない技術です。
    三輪さんの御絵、果てしなく美しかったです。
    原画も宇宙を感じる美しさです。
    わかりそうでわからない微笑、わからなさそうでわかりそうな微笑。
    仏画との対話はそこから生じるのかも知れません。
    三輪さん、あんなにすごいのだから、フレスコ画も描けそうな気がしちゃいます。

    法隆寺の壁画修復・・・・否、自作を描く機会があるのを切にお祈りしています。
    主よ、どうか三輪さんに法隆寺(私も好きだから)に見事な仏画を描く機会をおあたえ下さい。アーメン。(^人^)
  • コクリコさん 2006/01/16 17:18:38
    聖フランチェスコ
    ホホデミさん、こんにちは。義臣さんの所から来たコクリコ(Madame K.I.)です。よろしくお願いいたします。
    私がイタリア旅行をしたのはもう9年位前だと思います。その中でアッシジは特に印象があります。
    聖フランチェスコの生涯をジョットの絵の写真とともにやさしく、面白く教えて下さりありがとうございます。私がアッシジで見落とした所がたくさんあることがわかりました。もう一度行ってみたいな、行けるかな?
    私はローマからアンコーナ行きの列車に乗り、フォリーニョで乗り換え、約2時間でアッシジに行きました。その時の旅の手帳が出てきたのでホホデミさんの旅行記と照らし合わせて懐かしんでいます。
    私がアッシジで1泊したホテルも家族3人で朝食付き約1万8千円、中二階がありベッドルームが二つもある豪華(外見は可愛く豪華に見えない)なのに安いホテルだったのでお薦めですが、今度アッシジに行けたらホホデミさんが泊まった修道院に泊まりたいです。
    お母さまとの旅だったのですね。ルルド、アッシジ、バチカンなどお母さまが憧れていた聖地を訪れることができて本当に良かったですね。
    私も会員登録して今日やっと1册目ができましたが、私には大変で何時間もかかってしまいました。皆さんは簡単にできて凄いなぁと思いました。
    また他の旅行記も少しずつ読ませていただき感想を書きたいと思います。

    ホホデミ

    ホホデミさん からの返信 2006/01/17 10:35:26
    RE: 聖フランチェスコ
    コクリコさんへ

    ようこそ、いらっしゃいませ。(o^^o)
    9年前にアッシジにいらしたとのこと、町並みに変化はありましたか?
    アッシジは、中世の町並みを今に残す貴重な空間として、私の憧れでも
    あり、今回たった一泊でしたが次へのステップを掴む事ができました。

    コクリコさんの教えて下さった、ローマからの行き方とても参考になり
    ました。
    また訪れたい場所です。
    アッシジに線路があって、摩訶不思議な印象を持ちました。(笑)

    コクリコさんは春夏秋冬いつ頃訪問されたのでしょう?
    もし、また行く事ができたら、今度は野原の美しい季節に行けたらいい
    なぁと憧れています。
    そうすれば、どうして聖フランチェスコが自然へ帰っていったかももっと
    よく、わかるかも知れません。(^^)

    修道院、是非ご利用下さい。ここのみならず修道院が経営するプチ・ホ
    テルって意外にありますよね。
    一人旅される女性に多くの支持を受けているようです。
    ミュンヘンでも泊まりました。ここは女性専用だったので安心でしたから。(笑)

    コクリコさんの元へも遊びにいかせて頂きます。(^^)
  • 文香さん 2006/01/08 23:04:32
    修道院が…
    修道院がホテルになってたんですか??
    なんか高野山の僧坊みたいでカッコイイですね。
    (そういう表現はいけないか??)
    ヨーロッパのホテルって想定外のところが楽しいですね。
    近代的な施設ばっかりじゃないところが特に…。
    こじんまりとして清潔で…ずっと昔、ドイツ、ロマンチック街道の宿で、
    部屋ごとに全部内装が違うっていうホテルがありました。
    その時は学生ツアーだったのですが、男の子の2人組みが
    全体ピンクの内装の部屋に当たってしまい、添乗員さんに交渉してチェンジしてもらっていました。オンナの子ならともかく男の子2人がピンクの部屋に寝るってのは、ナンか気分が悪かったようです。(笑)

    アッシジ、私は場所がよくわからないんですが、なんかいいですね。

    ホホデミ

    ホホデミさん からの返信 2006/01/09 18:01:24
    RE: 修道院が…
    文香さんへ

    >修道院がホテルになってたんですか??
    >なんか高野山の僧坊みたいでカッコイイですね。

    雰囲気的にそうみたいです。普通のホテルのお部屋と一緒ですが。(^^)
    ごく普通のご夫婦、もしくは小さなお子さんのいる三人家族とかいろいろでした。

    場所は高台にあり、安全面でもいい場所だと思います。
    向こうはシスターなどにはすごい敬意を持っているようですし。お守りです。

    >その時は学生ツアーだったのですが、男の子の2人組みが
    >全体ピンクの内装の部屋に当たってしまい、添乗員さんに交渉してチェンジ>してもらっていました。
    きゃー♪
    では、すごいカワイイお部屋だったのですね?
    う〜ん、気になりました。

    >アッシジ、私は場所がよくわからないんですが、なんかいいですね。
    ローマからバスで多く見積もって3時間くらいの場所にあります。
    ローマの渋滞によって短くなる場合もあります。

    アッシジは中田選手のいた?ペルージャ。あのすぐ近くなんです。
    大手さんのツアーでも組み込まれている場所だそうです。
    というのも、中世の建物が残っている世界遺産だそうで、むしろ私はそっちに走ってしまい、建物に頬ずりしてきました。(←アヤシイ)

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