1972/10/13 - 1972/10/13
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ソフィさん
1961年10月13日(金)続
スペイン内戦の話を続ける。
左翼政権に反対して立ち上がったフランコ将軍は、ドイツやイタリアなどファシズムのバックアップを得、スペイン全土を席巻する勢いだ。
これに対してソ連は人民戦線政府の援助を声明し(1936.9)、個人の集まりである国際義勇軍とともに、政府軍を援助した。
国際義勇軍には世界各地からファシズムと戦うために、多くの自由主義者などが参加した。
スペイン内戦を背景に描かれた「誰がために鐘は鳴る」(1940)の著者、アメリカの作家ヘミングウェー(1899-1961)やイギリスの作家オーウェル、そしてフランスの作家マルローらもその一員である。
こうしてスペイン内戦は国際戦争化し、第二次世界大戦の前哨戦となった。
人民政府軍は頑強に抵抗を続けたが、イギリスとフランスは最後まで不干渉政策を続けたので、ドイツとイタリアの援助を得たフランコ側が優勢となり、1939年1月にはバルセロナ、3月にはついにマドリードも陥落し、スペイン内戦はフランコ側の勝利に終わった。
フランコは国家主席となり、その後総統(国家主席兼首相)に就任して独裁体制を樹立し、アメリカの支持を得て、1975年に死ぬまでその地位を維持することになる。
日本は内戦の最中、1937年に人民戦線政府と国交を断絶、フランコ政権を承認した。
しかしフランコ政権は、第二次大戦で枢軸側の敗色が濃くなると中立的になり、1945年、マニラでのスペイン人宣教師殺害事件がきっかけで、日本と国交を断絶する。
戦後、スペインは反共の立場からアメリカに接近し、ファシズム系の国家として残る。
日本とは1956年に外交を再開したばかりだ。
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