2005/09/02 - 2005/09/02
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井上@打浦橋@上海さん
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9月に入り暑さがぶり返し、ムッとするような午後、夕立が3度襲ってきました。もう、雨は降るまいと思い、かねてより調査依頼のあった衡山路の建物探索に行って来ました。
我が家から建国路を行き、歩いて衡山路まで・・・。
ついでに建国路をチラッと写してきました。その散歩記録です。相変わらず安易な「旅行記」で恥ずかしい限りですが、良かったらご覧なすっておくんなまし。
写真は建国路沿いにあります有名な石庫門住宅・建業里です。
でも、コレも無くなってしまうそうです。
その噂が立ったのは、もう2年以上前・・・
その2年前に写した写真がコレです。
上海歴史散歩の仲間から送って頂きました。
【追記】
どうも建業里は、無くなるということではないようです。
改修後、復活するようです。
なかなか上海市も、分かってますね。
-
我が家から肇嘉浜路を行き、陝西南路に入り、建国西路へ出ました。
建国西路の昔の名前は福履理路(Route Frelupt)です。
左の建物は梧桐花園です。8年前に出来ました。
「梧桐」は上海の街路樹・プラタナスのこと。
梧桐花園の手前は嘉善路です。
8年前は、この道ありませんでした。
でも昔の地図には載ってる。
つまり解放後この道には
民家が建ってしまい、道路でなくなってしまっていたんでしょう。 -
梧桐花園の対面です。
この辺りは、こういった店が並びます。
今年中にはなくなってしまうでしょう。
この店の手前にも同じような店が並んでましたが、
なくなってしまいました。 -
上の写真の店の北側一帯です。
民家がビッシリあったんですが、なくなってしまってから、もう2年近く経ちます。
嘉善路は解放前このあたりを北へ復興路まであったはずなんです。
いずれ、復活するはずです。
今の地図には、この道表記されていますが、実際にはこんな感じです。
道路が復活しますと両側にはマンションやら店が並ぶのでしょう。 -
建国西路を西へ行きます。
右側(北側)は更地になってますね。
建国路は淮海中路にほぼ平行して東西を走る道路です。
淮海中路に平行して走る道路のうち、その南側に並ぶ道路は、北から順に・・・
南昌路、復興中路、永嘉路、建国中路・西路、肇嘉浜路となります。
で、旧フランス租界は肇嘉浜路手前までとなります。
建国路は西路と中路と東路があります。
西へ行くほどお屋敷があったりフランス租界っぽくなり、東へ行くほど下町っぽくなります。
コレは復興路と同じですね。
建国西路は東端が瑞金二路、西端が衡山路です。 -
襄陽南路手前右にありますお屋敷です。
-
襄陽南路との交差点です。
襄陽南路の昔の名前は拉都路(Route Tenant de la Tour)です。 -
建国西路北側にあります合群坊という小区の住居群です。
-
建国西路南側にある小区の入り口です。
「外来機動車両 厳禁入内」
「小商、小販、拾荒者 厳禁入内」
と書かれています。 -
小区の内部です。
南欧風と言うか、スペイン風と言うか
(行ったことありませんが)
そんな感じですね。 -
太原路が近づいてきました。
右には市場が見えてきました。
太原路の昔の名前は台拉斯脱路(Route Delastre)です。 -
建国西路と太原路の東北角にある市場です。
こういう市場がドンドンなくなってるんですがココは健在です。
左上の看板には「醤咸菜豆制品」となってます。漬物と豆製品つまり豆腐類を扱ってるんでしょう。
右側の看板には「蔬菜」ですから野菜ということです。
奥上のほうには・・・
「認真貫徹105号令 確保食用農産品的安全衛生」
となってます。
「105号令」というのは、思うに農薬をやたらめったら使うな、といったような法令なのかも知れません。 -
福禄邨という小区です。
-
建国西路388号にあるお屋敷です。
-
建国西路397号にある集合住宅群です。
門の中で5・6人が集まって話していますね。
近いうちに撤去になるので、今後はどうなるか・・
なぁんてなことを話題にしてるのかもしれません。 -
建国公寓です。
昔は太子公寓(ドフィネ・アパート)と言っていたそうです。
1937年竣工の9階建てモダニズム建築。 -
岳陽路との交差点です。
岳陽路の昔の名前は祁済路(Route Chisi)です。
正面に見えるのが表紙の写真の石庫門住宅の東面です。
出入り口部にはコンクリートで塞がれ、もう出入りできなくなってますね。もう住んでる人はいないんでしょう。 -
建業里ですね。表紙の写真は2年前の写真です。
これは05年9月2日の写真です。
2年前は立ち退きが始まる頃でした、今は、もう誰も住んでいないんでしょう。
建国西路沿いの店の出入り口部はコンクリートで塞がれたりしてます。表紙の写真では「建業里」の両脇にはエアコンの室外機がありましたが、今は有りません。 -
中に入ってみました。
もう、誰も住んでいないようでした。
撤去作業の準備作業が始まっていましたね。
撤去作業の責任者から写真はダメだと叱られ、
そそくさと出て行きました。
この石庫門住宅・建業里は1930年建てられたようですね。75年の役目を終えたということでしょう。 -
「懿園」と言う小区です。
「懿」と言う字は初めてお目にかかりました。「イ」と読むんですね。
左が「壹」で右が「恣」という字です。
1941年に出来た新式里弄住宅となってます。
当時としてはモダンな住宅だったのかもしれません。 -
懿園に入ってみました。
車の右に欧米人夫婦が居ます。
その左に背の低い、中国人女性。
ああ、そうか、この夫婦、
このあたりの部屋に賃貸で住みたいんだな、と思いました。
中国人女性は仲介業者でしょう。
欧米人は、こういったフランス租界の古い住宅に住みたがる人が多いんです。 -
懿園の蔦の絡まる住宅です。
家賃、いくらぐらい取るんでしょうか。
2000ドルくらいかな・・・・ -
懿園の住宅群、こんな感じなんですね。
屋根が、こういう色をしていたとは・・・。
上海の老洋房の賃貸物件を扱ってるサイトに載っていた
写真を借りてきました。 -
懿園を出て、また建国西路を西へ・・・
ココは、今は幼稚園ですが、昔は汪精衛のお屋敷でした。
日本軍の幹部も出入りしていたかもしれません。 -
烏魯木斉南路との交差点です。
烏魯木斉南路の昔の名前は巨福路(Route Dufour)です。
先ほどの欧米人夫婦と仲介業者の女性が前を行きます。
別の部屋を見に行くのでしょう。 -
欧米人夫婦と仲介業者は向こうに行きました。
-
安亭路です。昔の名前は国富民路(Route kaufmann)です。
この先には安亭別墅酒店と言う4星のホテルがあります。
そこには名軒という高級レストランがありまして、1930年代のレトロ上海の雰囲気の店内で、フカヒレ、ツバメの巣など、高級食材が味わえるということです。
勿論、私には縁がありません。 -
高安路との交差点です。
高安路の昔の名前は高恩路(Route Cohen)です。
赤信号でも自転車はドンドン行くのです。 -
高安路を過ぎて右にあるアパートです。
名前は分かりません。
樹木の生い茂ったt庭園の中にありました。 -
立派な庭園ですね。
-
もうすぐ呉興路ですが、
その手前の右にあるのは上海市の人民検察院です。 -
呉興路との交差点です。
呉興路の昔の名前は潘馨路(Rue Parshing)です。
左のにいちゃんは廃品回収業のようです。 -
呉興路を過ぎて左に見えてきましたのは建工錦江大酒店です。4星ホテルです。
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もうすぐ衡山路です。
-
建国西路と衡山路にはさまれた小さな公園から見た衡山賓館です。
昔のピカルディ・アパートです。
1936年建造の外国人アパートです。
施主はフランス資本の万国儲蓄会です。
今は3星(4星かな?)ホテルです。 -
建国西路はココで終わりです。
この交差点は建国西路、宛平南路、宛平路、衡山路、広元路が交わります。
向こうの高層ビル群は徐家匯ですね。
その手前には徐家匯公園があります。 -
衡山路とその向こうの衡山賓館です。
今日の散歩はココで終わりです。
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