2005/05/13 - 2005/05/14
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Miyagi Masatoshiさん
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君は 今、インカの空中都市の謎が解る。
6月21日と12月22日に何かが起こる。
前方の山が(N/E)ウルバンバエジ山 6月23日の7時20分頃 朝日が神殿の中を照らす。その日こそ、インカの太陽の祭典の日である。 右45°(S/E )12月22日 サン.ゲイトから光が差し込む、この日がインカをしてマチュピチュをこの地に完成させた記念日になる。左の窓(N)にワイナピュが見渡せる。
余談になりますが、太陽を中心にハの字型に赤い線が見えますが、これは太陽が山の後ろにある際 出す光の線がマチュピュとワイナピュの頂上を同時に指す神秘的な現象を意味しています。その後1時間をもって太陽は頂上に達するとの事です。お分かり戴けましたかな?
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クスコより北上すること4時間ついに目的のマチュピチに着いた。
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登山バスに乗り換え、いざ本能寺!!!
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現在御覧いただける施設の60%がオリジナルで
30%が復元によって修復されました。残りの10%が現在も発掘中であります。左手の建物は農民の住居で2層に別れ2階部分が穀倉に当たります。 -
マチュピュは1000メートル クスコより低い標高2400M
このことからして100Mで温度が1度上昇するとして10度程気温が高いことになる。 -
奥行き5mの階段状で耕作地(アンデネス)総面積が4.9ヘクタールにおよび作物はトウモロコシ、唐辛子、ポテト、カサバ、スクワシ、トマト、アマランサス、コカ、ピーナッツなど等、20種類を約50名程の農民で作業していた模様。トウモロコシの年間産出量は8983kgで毎日25kg常備されていたのであろう。
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上の方に見えるのが ”見張り小屋”
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見張り小屋は4年前に現在の屋根が葺かれたそうで、当時の様式を忠実に復元したそうです。
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ここには16箇所の泉が有りますが。これはインカがマチュピチュの山頂の後ろ付近に水源を2箇所発見したことに由るもので、このことがこの地にこのような都市を作る基礎となりました。
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マチュピチュにはこのような泉がありますが、ワイナピュ(若い山)頂上付近には神殿もありますが、泉が見当たりません。がしかし、驚くべきは階段状の畑があるのです。
さて、この噴水の水量は と言いますと毎分25リットルが通常で乾期になりますと、10リットルに落ちます。そこから推定された人口が500〜600人位であったと思われます。因みに、雨期の水量は100(L/min)になり最大でも人口は1000人迄であったであろうとの推測がなされています。 -
手前が月で母を意味し 後方が太陽で父を意味するそうで、常に対象物がある二元性を保ちます。(実際は太陽の環の方が大きいが撮影上小さく見えます。)
特別な日に屋根を開けて太陽と月をこの水鏡に写し出し祭事が行われるそうです。 -
この館こそ”インカの天文台”です。壁面に窓以外に閉ざされた窓がありますが、そこには、黄金の飾り物が吊るされていたそうです。
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これは ペルー市内の国立博物館の展示物ですが、この様なものではなかったかと思います。
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向こうの山脈を模写したのが手前の岩です。
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コンドルの神殿 地面に模った物がコンドルの頭で真東を向いて太陽に向かい飛んで行くことを意味し、4/20〜24の朝日と8/16〜20の朝日は共に東の空よりこのコンドルとその洞窟を照らし出します。この現象は4/23と8/18が天文の日で なぜなら、この両日は反天頂日にあたるからです。8月はアンデスの農作業開始の月 このことがインカの宗教の式典が4/20〜24で起こったという理論と調和するからです。
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大きな岩が羽を広げた形に為っています。コンドルは下界と天国を繋ぐ役割を担う鳥だそうで、
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1520年頃から、インカは二人の兄弟が国の覇権を争う激しい戦いが続けられていたそうで。その時1530年、スペイン軍がこの地に遣って来て、漁夫の利を得たそうです。
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最近の説ですが、インカ人の頭蓋骨中に後頭部の違う南方の人の頭蓋骨が混じっているとのこと。この事から どうも、石の加工技術に優れた人たちを連れて来たのでは との説が出てきております。
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このプロジェクトは各国の資金協力にり復元される予定のマチュピチュの将来図です。
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この場所は、集合的な使用のためであることのほかに、巡礼者とインカ帝国の4つの
国または地域からの人々などのこの聖域に到着した貴族の人々によって儀式とフェス
ティバルを執行するためにまた使われました。
この場所は特別な特徴を表しています;
例えば、ここから、聖域の重要な2つのほとんど、または南のマチュピュ山と北の山、ワイナピュがはっきりと見えます。
数占いはアンデス山脈人々の宇宙論に非常に重要な意味を持っていました。
例えば、数1は、この宇宙とそれの中に存在しているすべての父、創造者であったWiracocha
神を表し,番号2が、神聖二重性、または反対物、および相補,Sunと月、天国と地球、母と父、昼と夜、善と悪、および夫、妻など
数3は(天国、地球、内側地球)、またはコンドル、ピューマ、およびヘビの神聖な三部作を表しています。
数4は例えば私達の惑星の主要な要素を表しています:
空気、水、火、および地球。
これらの神聖な山の中アンデス山脈概念(この地域の最も強力な気分)に従って、特別な祭事は荘厳な山の観察の下で、この神聖な広場で執り行われました。 -
温室栽培の試験場です。(農業試験場)
この地が農業に適した豊かな20種類の違うタイプの科学要素を含んでいるそうです。ですから、ここでは植え付けと生産の栽培の試験がなされていたのです。 -
天文石(ウシュヌ)日時計(インティワタナ)と言い、現在 右角の上部が欠けています。この事件は4年前に撮影中に機材が倒れ間違ってこの石を削ってしまったことにほかありません。この削れたと角が真西(W)を意味し、左角が真北(N)です。
6月2日がインカのカレンダー上の1月1日に中ります。インカの人は太陽暦を使用していたことになります。 -
あの山がワイナピュで北に位置し低くて’若い山’という意味である。
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後方の山がマチュピュで南方に位置し高くて’年老いた山’という。ここでも両方の山が完全な二元性を保っているとの事。
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後方の岩を砕いてこの施設が出来上がりました。その方法しては岩の割れ目を作り木材を入れ水を流し込み、その膨張力を利用したそうです。
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ここで産出される石は グラニー.ストーン(白い花崗岩)で、この石を加工するのに使われた石をヒマタイ.ストーン(Jihuayarum)(和名.玄武岩)と云い 80%の鉄分を含んだ硬い石でした。この石のハンマーが数千個発見されています。
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御覧のとおり、ガイドさんが資料をもっておりますが、その時々新しい説が盛り込まれて 付け加えられるのも 又、日本(アジア)のガイドさんとの違いです。インカ帝国9代皇帝パチャクティの住まいです。
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太陽の神殿(トレオン)といわれ、ヒョウの頭を形どり、その小窓に御来光が計算道理に入光するそうです。この施設が表題の図を意味します。
豹は現世を司る神の化身だそうです。 -
インカ時代の法律は非常に厳格で、例えば 怠け者.泥棒.犯罪者は許されませんでした。罪を犯したものは罰され 時として、その家族は下より町全体に及ぶこともありました。俗に云う連帯責任とでも云いましょうか。
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インカの人は雨水を集めるために階段や、歩道などの中にたくさんの集水経路を作り、壁やその他の構造物の中へは排水穴を130個も作ったのです。これらの排水システムがあればこそ、この都市がこれだけ長く持ち堪えられた原因であります。
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インカの社会には奴隷制度がなく、総ての人が労働者階級であったそうです。
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