2005/07/20 - 2005/07/22
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adsawinさん
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タイ国内で一番大きなpasak chonlasitダムこの名前はラマ9世により付けられた名前です。(このダムはダムになる前はメナーム川プラサックと言う川だったのですが、先日ピーターコンのお祭りで旅行記に載せたルーイ県ダンサーイ村から流れてきている川で、ペチャブーン-ロッブリー-サラブリーと流れて着て、そしてアユタヤにあるメナーム川ジャオパジャオパヤーと合流します。その川の全長は約513kmといわれています。川の岸辺は雨が降らなければ?水が干上がり・・残されるのは砂だけ・・
で雨が大量に降る年はそこ1帯は洪水と成る為に常にここに水が在り使える状態を保つ為にここにこのダムが建設されることとなりました。仏暦2497年にダムの建設が始まります、が最初はダムとしてではなく・・貯水池として活用出来る程度の大きさの物でした。仏暦2508年にやっと大きなダムの建設を計画する為のプロジェクトが置き始めていた・・が其処にかかる費用が莫大過ぎて・・そのプロジェクトは消えてしまうのです。しかしその後も続く水不足や洪水の大きな問題が解決出来ない事情は重大な問題となり、ラマ9世は仏暦2532年自らがその場所に出向き・どういう形式形態でどの位の費用でこのダムが建設できるか?を考え、たくさんの専門家を呼び相談したのです。そしてこれらの条件でのダム建設がOKになり、仏暦2537年約5年後の12月2日建設が始まりました。仏暦2541年6月シリントン王妃により届けられた祈りの込められた聖水を巻きこの先のダムの無事を祈りここで初めてダムへの水が溜められる為に川の水を塞き止める為のドアを閉められたのです。そしてこのダムはコンクリートで作られているのではなく、土を利用して造られています、この土は粘土で出来ているものだった為、コンクリートで造るよりも遥かに安い資金で建設が可能だったのです。)
このダムの長さは4800m・貯水量960.000.000㎤ダムではその上を電車が通り観光してみることが出来る何しろ広大なる景色は涼しくて楽しい!!雨量あるとダムの上にいるような気分・・・と言うより水に浮んでいるよな気分が不思議・・また逆に雨量が少ない時は水が少ないので高さを感じて少し恐いかも・・でもそこが面白い!また11月になるとひまわりの花が山の斜面を黄色に染めその美しい姿を見ながら走るダムも一味違う楽しみ方を味わえそうだ!!
今回一番の参拝目的は仏陀の足です・・・・この寺院の歴史そしてどうしてもその云われを調べてみたかったのです・・・
でも100%調べることは出来ませんでした・・と言うか確かなる謂れが無い事が少々残念ですが・・・・****
カオパンサーのお参りをするためにwat phra buddhabatへ向かうことにした・・ここは、仏陀の足跡がある場所としても有名です。しかしその寺院の前に見える参道のような?その道には高い柱が両脇に立ちその上のランプには独特のランプが吊るされ、そして正面には白い門がある・・見るからに歴史ある姿が由緒正しきその歴史を感じさせられる。
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この仏陀の足はタイ国がタイ国になる前からタイ国内に存在していた物と思われます・・・・
仏暦2153年〜2171年プラチャオソンタム(アユタヤの王)の時代にタイのお坊様はランカータビット(中央アジアのことだと思います、インドやスリランカの国々を表しているんだと思われます。)を旅している時お坊様は仏陀の足に祈りを捧げたいと願っていたのです。それはオソラクサマグート山中にあると言われていたのですが・・途中で中央アジアのお坊様と出遭い尋ねると・・それはこの地球上に5つあるといわれている。しかもその一つはタイのスゥワンバンポッ山にあると言われどうして自分の国を探さず外国をワザワザ探して歩いているのか?といわれて驚きます。タイのお坊様は直ぐ自国に戻りそのことを国王に告げました。国王はスグサマ各領主達に探すように命令下のです。
そして・・サラブリーにいる狩猟狩りナイパーンブンと言う男はそ腕はないかと気付きましたそのことをサラブリーの領主に話したのです。ある日トナカイ狩りをしに出掛けた時のことでした。
彼はトナカイを射止めますが・・トナカイは苦しいながらも山へ逃げて行きました・・しかし直ぐ其処から出てきたときは瀕死の重傷を負っていたハズのトナカイが元気な姿で戻って目の前を通り過ぎて行く様子に驚き自分もその山に入ると・・・し其処にあったのは。大きな石の中に人の足跡のような物が出来其処に水が溜まっていたのです。しかしその足跡は人の足跡のように見えてその大きさは50cmもあったのです。彼はその時もしやあのトナカイはこの水を飲んで完治したのではないか?と思い自分も慢性皮膚炎でコチコチになった両腕の皮膚などにその水を掛けて見ることにしたのです。水を掛けるたびにその皮膚炎は綺麗に治って行くでは在りませんか・・彼はこれがそうに違いないと思い。直ぐサラブリーの領主にこのことを話、領主はスグサマアユタヤの国王に話しました・・それを聞いてアユタヤの国王は自らその山へ出向いて確かめてみる事にしたのです。それを見たアユタヤの国王はこれは間違いないと中央アジアのお坊様が話してくれたことと随時1致していること確かめ・・すぐさま其処を簡単に人が触れないようにと囲いをして自分の城に戻り、直ぐにその周りに寺院を建てジェディを建てその石を祭るやぐらを建てさせました。
それが写真の本堂です。この近くに住む人々もこの寺院建設の為に自分の土地を寄付するなどして貢献します。そしてこの寺院の辺りをプランタッパッと呼び・・この周辺を総称してムアンプッタバーと呼ばれるようになりました・・・
またラマ5世に時代からは・・この土地に生まれたる男児は全てこの土地から出ることなくこの寺院を守る用に言い渡しています。
そして、寺院へのお参りは1年に2回必ずすることを言い渡したとされています。・・・・・この後の時代の各国王達がその後どのようにこの寺院を修復し・・寄付しているか・・それはまた後で・・のお楽しみ!!
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チェンマイでもあることはあるが?余り見かけない花です。
このカオパンサーの時にサラブリー県にあるワットパップタバッ(ト)寺院のサイカンドークで使用されるのです。 -
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にこの日はカオパンサーと言うことで朝10時と夕方3時にサイカンドークの行事が開かれえるということで何とか夕方3時に滑り込みセーフ・・・しかし流石ここはサラブリーの街の中暑い・・リゾートのある場所とは違う・・とにかくアスファルトの照り返しが熱くてはいている靴が焼けそうだ・・・・
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そういえば・・小僧さんたちも気の毒・・・何しろ午後3時ともなるとアスファルトの上は暑くて素足の足が赤くなっている・・アナウンスでお坊様が裸足ですから・・サイカンドークをする方々も裸足でして下さい・・お坊様は帽子や傘をしていません・・皆様も帽子を脱いで傘を閉じて下さいと流れていた・・勿論そうだろう・・・こちらが祈りを捧げてもらうためにタンブーンするのだから・・・・それにしても半身は赤く焼けているお疲れ様と言う言葉の方が先に出てしまい・・お坊様がにこりとした・・・・
また参道を歩く際に消防車がお坊様の足場を濡らして焼けるのを防いでいたが・・・・そんなんではまだいたいように思うけどなあ・・・・ -
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寺院の入り口には?ヤックが凛々しく立ち・・この寺院を守る姿がこの寺院を引き立てている。
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ラカーンと言う鐘を鳴らして祈りを捧げます。大きく鳴り響くほど・・天まで届き祈りが聞き遂げられるとも云われているので・・よくタイ国内の寺院で見かけると思いますが・・そのまま通り過ぎないで・是非自分の祈りを叶えてもらう為に・・鐘を鳴らして歩きましょう・・
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これは寺院の屋根などを修復する際に寄付などで屋根の瓦を購入して貰い、自分の名前や願い事を書いたりして使用します。
通常幾らと言う値段がついているわけでは在りませんが、10-100Bを前後に寄付する様子です。こうして寄付された屋根の瓦を順々に載せて修復されていくのです・・これはまたどの時代に修復されるか分かりませんがそれまで長い時間をご自分の名前が書かれた瓦がこの寺院を守り通します・もし寄付をすることが在りましたら是非してみて下さい。これも徳積みの一つです。 -
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・・・・・この地域にはどうも大理石が多く取れるらしい・・時折見せる山肌には砕石場がたくさん見受けられる・そのせいなのか?どうかは分からないが・・寺院の周りには大理石を利用して創られたジェディーが飾られている。
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裏側の階段を登りイヨイヨ仏陀の足跡に近づけば?その部屋だけ特別な創り方???足ばとなる部分が全部シルバーで編まれた絨毯のようになっていること、勿論、ビニールで覆われているので興味がなければ見落としてしまいそうだ・・その上を人々は知らずに歩
いているが・・・中央に置かれた金で出来た入れ物には仏陀の足の形があり人々は皆底に金粉を張り願いを祈る・ -
横で係りのオバちゃんが・・順番を待たなくてもあいたら直ぐお祈りして下さい・・たくさん参拝の方々が順番を待っています。今日だけ特別な時間での公開です、もう直ぐ時間が着ますので急いで下さい・・とこの部屋の説明や整理を担当担当するオバちゃんが大声で順番を促していた。
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そして正面の階段を下りて来れば・・その下には古き時代から祭られてきた仏陀の足跡が残る石碑が祭られいた。
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その正面には象の人形が置かれ・・願いことが叶うのかどうか?を尋ねることが出来ると言うことで、人々は順番を待っていた。しかも女性と男性とでは願いかたも持ち方さえも異なる・・女性は人形を正面にして左側に座りお祈りをする、持つ手は右側人差し指と中指の2本でのみ持ち上げることが許されている、そして願いが叶うだろうと言う予想がある場合はその人形はすんなりと持ち上げることが出来る。男性は人形を正面に見て右側に座り、お祈りをして左手の親指と人差し指でのみ上げることが許されている。
日本で言うなら?度胸試し?占い?とでも言うものだろうか? -
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その古さは相当なものだと見て分かる・・其処には2人のお坊様が並びまた亀や象などが共に祭られている。
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これで今年のカオパンサーの参拝も無事終了・・・何となく気分も軽やか足取り軽くと言う感じです。タイにいると不思議とタンブーン(徳積みと言うことを自然とするようになります。自分の心の悩み・自分の苦しみ・自分との戦いなど・・自分1人で決めるには苦しいが、助けを求めることが出来ない大切な時などそれこそ人間神経質になりがち・・その上考えすぎて体の調子まで崩してしまう。などこんな時人間はどういう心理でそれを乗り切るか?が大切な所そんな時静かに考えたり、お坊様と話したりして心を癒します、そう言う意味でこう言うタイ国の中の寺に関係する行事の積み重ねは大事なことかと思います。仏の心も神の心も自分は大切な徳の積み重ねがあるからこそ語れる教えだと思います。)あ・・・・・・これは人への押し売りになるかも知れない・・行けない!!でも郷に入れば郷に従えと言う諺があるように・・・
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この旅行記へのコメント (2)
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- さすらいおじさんさん 2005/08/02 11:41:52
- 仏陀の奇跡をまた一つ教えていただきありがとうございます。
- adsawinさん
仏陀の足跡のお話、とても興味深く拝見しました。
仏陀の奇跡の話はスリランカでもいくつか伺いました。史実なのか、伝説なのか、と凡人はすぐに勘ぐってしまいますが、私のような凡人が想像もつかない奇跡を起こす人だから仏になったのですよね。
キリスト教にも多くの奇跡がありますが、凡人には理屈で理解できない世界があるのだろうな、と最近ようやく思い始めました。
仏陀の奇跡をまた一つ教えていただきありがとうございます。
- adsawinさん からの返信 2005/08/03 22:04:13
- RE: 仏陀の奇跡をまた一つ教えていただきありがとうございます。>>恐れ入ります・・
- >仏陀の奇跡の話はスリランカでもいくつか伺いました。史実なのか、伝説なのか、と凡人はすぐに勘ぐってしまいますが、私のような凡人が想像もつかない奇跡を起こす人だから仏になったのですよね。<
タイの歴史のなかでスリランカからの影響はとても大きな物の様子ですね・・スコータイの世界遺産もその一つです。
時代が前後したとしてもタイの仏教の教えの元となるはやはりスリランカからの様子です。そうなんですよね・・信じるものは救われる・・じゃないんですが・・勘ぐりたくも成りますね・・元々奇跡なのかマジックなのかさえも分からないわけですから・・ただその歴史の中で一日にして仏の教えを悟る仏陀の偉大さを語られると??信じる方が救われる?と言う言い方にも変りますでしょうか・・タイは特にその時代の王様が大きく如何左右されたが重要なポイントの様子です。
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