2002/12/29 - 2003/01/04
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azianokazeさん
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人間が石で造った堅牢で華やかな寺院・王宮、未来永劫に続くと思われたそれらもやがて人が去る日がやってきます。打ち捨てられた石組みに木々が根付き、あるものは突き上げるように壊し、あるものは覆いかぶさりその内部に飲み込んでいきます。そして次第に自然に帰っていきます。
いささか冗長ではありますが、見て回った多くの遺跡を記録の意味で多数並べてあります。それらに時の流れ、自然の営みを感じていただければ幸いです。
(2年前に登録した旅行記について、画質修正のため写真を再アップロード 2007.6.27)
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先ずはプリア・カンから。位置的にはアンコール・トムの北に隣接しており、アンコール・トムと同じくジャヤヴァルマン7世が造った父親の菩提寺だそうです。朝の参道はまだ涼しく、どこか日本の神社を思わせます。その理由は両脇に並ぶ石灯篭のような石柱です
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この石柱はリンガ(男根)を模したもので、ガルーダなどが彫られています。
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境内にはローマ時代の遺跡を思わせる2階建ての構造物が残っています。
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また、境内のあそこそこに写真のような光景がみられます。人間の造ったものを呑みこんでいく自然の力を感じます。
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次はニャック・ポアン。プリア・カンの東隣にあり、やはりジャヤヴァルマン7世が造った仏教寺院です。最下段をナーガ(蛇)が取り巻いた中央の祠の周囲は昔は池になっており、治水を象徴した寺院だったそうです。また、この池はすべての病気を治すという伝説の湖を模したものだそうです。
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中央の池は更に東西南北の小池につながっています。小池との境には人、ライオン、牛、象の頭がつくられています。写真は東の小池につながる部分にある人の頭です。この口から水が小池側へ流れ出てくる仕組みになっていたそうです。
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タ・ソム。ニャック・ポアンから更に東にいったところにあります。これもジャヤヴァルマン7世です。もともとは僧院だったそうです。祠の最上部には木が根付いています。建物の下部にはデバターが彫られていますが、髪をとかしている耳の長いデバターです。
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東塔門を覆いかぶさるように包み込む木々には思わず息をのんでしまいます。
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こちらは東メボン。東西2箇所にあった巨大な貯水池(東西7km、南北1.8km)のうち東の貯水池である東バライの中央に建てられたヒンドゥー寺院です。10世紀半ばにラージェンドヴァルマン2世が造ったそうです。
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ニャック・ポアンにしても、この東メボンにしても「治水」が当時の国家権力に直結していたこと明白に物語っています。かつては満々と水をたたえた貯水池の中央にそびえた寺院だったのでしょう。それは水を管理する国王の力の象徴でもあります。
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同じくラージェンドヴァルマン2世によるヒンドゥー寺院プレ・ループです。「歩き方」によると、写真下部に開いた門の上段付近に火葬に使った石槽があったはずですが気づきませんでした。暑さと遺跡のオンパレードでクラクラしていましたので。
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中央祠堂からの眺めは広々として気持ちのよいものでした。
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10世紀前半のヒンドゥー寺院、プラサット・クラヴァン。
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中央塔内部にはレリーフが残っています。写真下半分の像には羽があるように見えるので「ガルーダに乗ったヴィシュヌ神」と解釈しました。どないなもんでしょうか。
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12世紀末、ジャヤヴァルマン7世によるスラ・スラン。「王の沐浴のための池」だそうです。
かつては池の中央に東メボンのような寺院が建っていたようです。 -
スラ・スランの向かいにあるバンテアイ・クディ。前面の広いテラスにはナーガの欄干があります。
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タ・プローム。遺跡を呑み込むような木々の圧倒的な力が印象的な寺院で日本人にも人気があるようです。建物内部は迷路のように入り組んでいます。
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ジャヤヴァルマン7世の時代、仏教僧院として建てられ、その後ヒンドゥー寺院に改修されたそうです。「歩き方」によると当時5000人余りの僧侶と615人の踊り子が住んでいたと伝えられているそうですが、“615人の踊り子”というのはいかにも多いですね。宗教的ならざる嬌声にあふれた華やかな雰囲気を想像してしまうのは凡人の浅はかさでしょう。
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そんな浅はかさとは関係なく自然はワシワシとすべてを壊し覆い尽くしていきます。
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不気味と言えばこれ以上不気味なものはありませんが・・・
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こちらのデバターもおきれいでした。
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タ・ケウ。11世紀初頭、ジャヤヴァルマン5世の時代に造られた寺院ですが、王の死により未完成のまま放置されています。そのため外壁にはレリーフがなく剥き出し状態です。
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最後に別の日に日本人宿チェンラーのツアーで行ったベンメリア。かなり遠いです。「花束の池」という意味だそうで、アンコール・ワット建設前の11〜12世紀のものと考えられています。構造もアンコール・ワットと類似しており「東のアンコール・ワット」とも呼ばれるそうです。
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ここは写真でもわかるように、遺跡というより廃墟です。自然によって壊され、自然に同化される一歩手前の状態で、廃墟を探検するという趣です。
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さすがに短期間にこれだけ回ると(この他ににも、別旅行記に編集している遺跡が数箇所あります。)どこがどの遺跡だったか混乱してきます。「歩き方」など参考にしてこの旅行記を編集しながら、改めていろいろ「ああ、そう言えば・・・」「ここわりと感じいいじゃない」などと思い起こしています。
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