2005/04/19 - 2005/04/21
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adsawinさん
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暑い暑いといえど真夏なんだから仕方がないと・・諦められないのがタイ!!これでひと時風が吹き嵐が来ればスーと涼しい気候に大変身するからだ・・侮れないところがこのチェンマイなんです・・さて、メーアイの日本人慰霊碑をいれずに早めに通り過ぎてしまいましたが・・今回は戻り足!!をしてメーアイの慰霊塔に戻りましょう・・
実話、3月に夕方日本に向けて帰る知人が突然思い出したように、日本人の慰霊塔があるだろう?・あそこに忘れ物をして来たみたいなんだと言うので何時行けたんだ??と聞いても夢見たと言うだけで訳の分からない奴!を載せて急遽現地に向かいました。あまりにも急遽で線香も花も何も持たす、ただ場所を確かめるように行けただけでした。ただ知人はその時その蓋から中を覗き込もうとダンの上に上がっていたんです・・それが・・そのまま日本に戻り2日目電話がありました、何だか足が痛いんだよズートズキズキしてるんだけど薬飲んでも、何してもおさまらないんだよ!その時は未だ自分も考えて見ないでいたんです。そのことすら忘れてしまうところでした・・・・お正月ですから寺院にタンブーンに行く準備をしたり、ソンクラーンの準備をしたりしてお清めなどをしてフット気が付いてしまいました。誰もが信じていないだろう不思議な・・・・・を。ああ・・それで知人は・・と思いだして急いで日本に連絡!案の定です・・足は酷くなり歩けないほどでした・・
その為に今回はチェンマイからジョントン・ホート・メーサリアン・メーラノィ・クンユアム・メーホーソン・パイまで旅することになったのです。
メーアイの学校の敷地の中にある慰霊塔などはチェンマイからも車で30分程度のところにあるので、時間のある人には是非尋ねて祈りを捧げて欲しいところでもあります。
知人のした行為を侘びて日本酒を注ぎ・花を活け・果物を捧げて・線香を付けて祈りました。まだこれからの道のりで泣き泣きお参りをすることになるとは知らずに入ました。
気温の暑さ・食べ物の乏しさ・水不足・獣達からの攻撃・悪夢の病原菌に観まわれる恐怖との戦い・その全てをわが身の背中に負い共にこの厳しい山道を歩いて戻って来た日本兵達の声、哀しいかなそれも叶わず命を落とした人々の声なき声が全身に降りかかって来るようで胸が熱く涙が止まりませんでした。そこに無造作に置かれた干からびた花・・誰も訪れない事を知ることが出来る乾いたコップ・・如何したら沢山の人にここに足を向けて貰えるのか?どうしたら沢山の人の心の中に忘れずに置いてもらえるのか?戦後に生まれ育って来た私共にとり戦争は難しい過去の哀しい出来事・・・そして占領していた時代に犯した日本軍の過ち・・戦後の歴史の中で未だ解決されていない沢山の出来事は戦争を知らない自分達でも責任と言う哀しい言葉でそれを引き継いで行かなければならない辛さ、そんな時代の流れの中で、このタイ国のこの場所に居た日本兵の人々の心の優しさを嬉しいと表現して良いものか?どうか・・しかし、これが日本人の本物の優しさだと理解してもらえている事への素直な喜びは隠せる物ではありませんでした。
道も舗装され車と言う便利な乗り物があり快適に現地を回る事が出来る・・しかし!真夏の日差しはガラス越しに鋭く突き刺し肌をアブルようだ、その上渇き切っている地面からの埃が巻き上がり口の中に入るは、喉が乾いても水を探す事すら難しい場所、その上山間の道の斜傾度は物凄くこれでは直ぐ靴も遣られてしまうだろう、とてもじゃないが人間が歩いていれる場所ではない!現在でさえそんな状態の場所、当時はそこに道もなく、食べ物などあるはずもなく、獣達に狙われ、怖い病原菌が付いて回る、そんな場所を日本兵の人々は傷ついた体を引き摺りながら休むことなく歩き続けたのです、それは遠い故郷を思い、母を思い父を思う心が死との恐怖と戦いながらも、辛うじて歩かせていたのでしょう。音もなく、物凄い暑さと恐怖、食べる物もなく止まれば死しか残されていないそんな状況がもし、自分なら??
もし、このタイのこの場所で考えたら・・途方に暮れて死を選ぶ人が95%いると確信できます。暴言かも知れません。けれどもそれほど長くて辛い道のりであった事はここに来た事がない人には分からないだろうと言うこと!それを伝えて行く事が彼らへのハナムケの言葉になるのではないでしょうか?クンユアムのこの慰霊塔がある場所から更にメーホーソンに向けて進むと、ここで力尽きて命を落とした人々を祭る塔が建てられています。それでもここはまだチェンマイまでは1/3にも満たない距離だったのです。如何に過酷な状況での移動だったかを感じ入りやみません。この先に待つ険しいパイの山々を歩き通して生きてチェンマイに戻る事が出来たときどんな思いであった事だろう・・せっかく瀕死の努力でここまでたどり着いても今までの緊張や全ての物に解き放たれた時精根尽きてしまうのです、無念・・だろうと思います、お国の為家族の為に・・・物語りを語るつもりはありませんが、そこを歩くだけで伝わる何かを感じたままに書いています。涙涙のお参りでした、日本酒をコップについで祈ると・・イヤー何年ブリの酒かな??日本の匂いがするなあ・・日本の人々は皆元気だろうか?・と笑い顔と声が聞こえてくるようでした。未だ発見出来ていない6万人もの日本兵達の位牌・・歩く道の地面の奥深くからここにいるんだよ早く気付いてくれよ・・と哀しい声が聞こえても、誰にも届かない哀しい声・・白骨街道と呼ばれたその道端に転がるようにして放置されていた遺骨は何回かの遺骨収集で慰霊塔に納められて来ましたが、それでも不明な6万人と言う数はこれからどうなるのでしょうか??そこを自分の足で歩いたならば・・彼らの痛みも苦しみも感じることが出来るかもしれない・・それがたとえ2%と言う少ない数次でも・・彼らは報われると信じたい。そしてありがたい事に当時のことを大切なことと受け止めてこれらを守るタイの人々がいます。日本人として如何したら彼らの手助けが出来るのだろうか? と心痛めております。
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メーアイの学校の敷地の中にある慰霊塔などはチェンマイからも車で30分程度のところにあるので、時間のある人には是非尋ねて祈りを捧げて欲しいところでもあります。知人のした行為を侘びて日本酒を注ぎ・花を活け・果物を捧げて・線香を付けて祈りました。
中々人が訪れない為渇き切った花瓶・・コップが散乱しているだけ・・水をかけ、花瓶に水を注ぎ、花を活ける、持参した日本酒をコップに注ぎ2―3杯を回りに掛けて、ミカンを供えて線香をつけて・・ごく当り前の動作・・日本の墓参りに行けば当たり前の事・・でもここにさえ人の足は遠く訪れる人が少ない現状が見て取れます。観光を目的とした旅行でここを訪れることは難しいかも知れません、ここに眠る人々の無念な思い哀しい思いは、ここに来なければ感じ入る事は出来ないでしょう。 -
クンユアムにある日本兵博物館
ここは風が通ることがあるのだろうか?と言うほど蒸し暑く・・息苦しい場所でした。クンユアムは小さな街、そこで暮らす人々は昔からここに住んでいる人達ばかり・・そんな人々が思い出に大切にして残して暮れていた沢山の日本兵達の遺品が展示されています。磨きたての新品同様のブーツ・防寒服の胸には持ち主の名前が書かれ、弁当入れ、ペン、ノート、小袋はお守り入れだと思います、何を思いその絵を書き残したのだろうか?そんな心情が伝わる物などが、どれもがキチンと保存されていた。日本人ではないタイ人の人たちの暖かい心で残されてきた遺品の数々が目頭を熱くさせます。戦争を知らない時代に生まれた自分達に出来る事は何だろう?・ -
母国に届く事を祈り書いた手紙・母を思い母上様と書き記しただけで先を書き続けることなく旅立たれた将校達・・それでもここはまだ、タイの北部に入ったばかり・・ここからが地獄の苦しみの始まりなんです。
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古い言葉で記された物もそのままの姿でそこに置かれていました。
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この写真の方は日本でも当時NHKの取材を受けた事がある下日本兵の方で、終戦を迎え日本に戻りまた、再びこの地に戻り、カレン族の方々と暮らしてその生涯を戦友達に捧げた方です。2年前にお亡くなりになりました。
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後どの位持つだろう??老化した古い瓦礫は昔を語れない・・それでも無造作にそこに置かれて入る事で辛うじてここが、日本兵博物館と呼ばれる場所だという事を語っているようだ。
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年間を通してこれらの慰霊塔や石碑などを訪れる人々は20人を超えることはないでしょう・・誰にも祈られずただ訪れる人を待ち静かに眠る方々が寂しそうでなりません。
パイの街から学校が休みのこの時期に観光で偶然立ち寄った博物館に足を運んで目にした慰霊碑に手を合わせてくれた、タイ人の方々にもこの場を借りてお礼申し上げます。 -
今回も自腹で日本酒を捧げ花を活け祈りを捧げて参りました。お線香を焚き祈りを捧げる姿を目にした、観光地への移動中の通り縋りの外国人が、水を差し出してくれました、持ち合わせているはずもないのに、少しのお菓子を備えてくれました、ポケットの中からミカンを供えてくれました。やはり戦争を知らない若い人々でしたがそれでもそうしてくれた彼らの優しい心に感謝したい気持ちで一杯です。
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博物館の慰霊塔にも沢山の方々が眠るのですが・・ここから険しい山道が更に多くの日本兵の命を落としたのです。立ち止まれば死しか残されていない・・命の選択それは・・・・・
人間の限界など諮ることが出来ないほどのものであると改めて確認させられたように思いました。
時折見せる山々の優しい顔はどこか日本の懐かしい景色と同じ顔それだけだどんなに心を救っただろうか??先の見えない道はどれほどの恐怖だっただろうか?・当時まだこの山岳地帯には、虎・大蛇・サソリなど自然界の主達が住む城・・出会うたびにどんな思い出前を進でいたのだろうか?・ -
ジャングルのように生い茂る緑もあれば・・山焼きで地肌が出たその姿は燻られているような気分・・時折ジャングルのように生い茂る中で希望のものが彼らの胃を潤しただろうか??
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メーホーソンの町に入る景色は・・もうビルマの世界です。
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メーホーソンの白骨街道も終わりここから眺める山々が静かな穏やかな顔に見えます。立つだけで風に飛ばされそうになりながら、今来た道を振り返ればタイムマシーンに乗り当時に戻り助けて上げたいそんな馬鹿な子供心が蘇る自分です。
自分の足でその場所に立って見て
何を如何書けば良いのでしょうか?
それが最初の一言です・・・・
誰がこの地獄を体験したのか?
誰がこの苦しみを味わったのか?
誰が今ある日本の為に戦ったのか?
忘れ去られようとしている事が哀しい事実だと思いました。 -
このクンユアムと直接ではありませんが・・それでも中国からビルマまで作られた当時の道路の様子を語る貴重な写真です。アメリカ兵の移した写真です。
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ジャングルのような山と日本のいろは坂?・など目じゃないくらいのくねり方・・がわかるでしょうか?
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戦後どんなに舗装し直したとしてもとてもではありませんが・・このくねりまでは直せないでしょう・・ロー以外では上がることが出来ない凄さです。
タイの山間パイやメーホーソンの道も同じ凄さです、今でも感じることが出来るところです、これを人間がいかにして歩いてきたのか・・そこを知ることが大切なことだと感じます。
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この旅行記へのコメント (4)
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- さすらいおじさんさん 2005/04/25 10:47:24
- 優しいタイの人達の心に感謝でいっぱいになりました。
- adsawin2さん クンユアムにある日本兵博物館を拝見し感動しました。
子供の頃に竹山道雄のビルマの竪琴を読み、戦死した同胞の魂を慰めるために一人、僧になってビルマに残った水島上等兵の話に感動しましたが、タイでも戦死された日本兵を大切に弔っていただいているのですね。
優しいタイの人達の心に感謝でいっぱいになりました。
- adsawin2さん からの返信 2005/04/26 19:11:20
- RE: 優しいタイの人達の心に感謝でいっぱいになりました。
- こんいちは、沢山の旅行記拝見させて頂いています・・
凄く懐かしいかッたり羨ましかったりでいいなあ・・・・(・_・)・・と皆さんのように上手くは出来ない・・・
>adsawin2さん クンユアムにある日本兵博物館を拝見し感動しました。
子供の頃に竹山道雄のビルマの竪琴を読み、戦死した同胞の魂を慰めるために一人、僧になってビルマに残った水島上等兵の話に感動しましたが、タイでも戦死された日本兵を大切に弔っていただいているのですね。
優しいタイの人達の心に感謝でいっぱいになりました。<
ほんとにそう思います。日本人の関心が薄れたと言うより時代の流れでそれを知る人語る人がいない時代になりつつあると言う事なんだろうなと感じました。勿論自分も同じですが・・しかし自分ら日本人よりそれを大切にしてくれているタイ人の人々に感謝で一杯です。いい思い出ばかりを覚えていてくれる!良い思い出を語るのが楽しいと話してくれる!タイ人のお年寄りも少なくなりつつあります。この人々がいなくなったら如何したら良いんでしょうね??胸が痛くなりますその場に立てば人事ではなくなる不思議な力を感じますが・・力不足で哀しいですね・・
当時の日本兵達の優しさが伝わる気がしました。
- さすらいおじさんさん からの返信 2005/04/26 21:24:58
- RE: RE: 優しいタイの人達の心に感謝でいっぱいになりました。
- >沢山の旅行記拝見させて頂いています・・
凄く懐かしいかッたり羨ましかったりでいいなあ・・・・(・_・)・・と皆さんのように上手くは出来ない・・・
お読みいただきありがとうございます。
タイの人達の日本人への優しさを知って嬉しかったです。
中国などの反日運動は心が痛みまが日本兵でも慕われていた人がおられたことも嬉しいです。
- adsawin2さん からの返信 2005/04/27 21:20:00
- RE: RE: RE: 優しいタイの人達の心に感謝でいっぱいになりました。
- こんにちは、タイはますます暑くなす。ヒエーの状態です。(^-^)
>タイの人達の日本人への優しさを知って嬉しかったです。
中国などの反日運動は心が痛みまが日本兵でも慕われていた人がおられたことも嬉しいです。<
中国の反日運動は正直今まで静かでいた方が可笑しいと言うか?いつかは爆発すると言う気がシテイマシタシ・・これが長びくことで現地の日本人の人達が安全を脅かされることがあれば大変だなあ・・と正直思います。
戦争の残した悲しい現実がこう言うところに現れてしまうことは悲しい事実ですよね・・それでも慕われた人がいた事や日本人は悪い人ではないと断言してくれるタイ人がいることが本当に救いです。
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