1991/02/27 - 1991/03/29
14566位(同エリア17036件中)
黎明さん
当時は湾岸戦争中で、確か、旅行のキャンセルが相次いでいました。気持ちの整理を兼ね、パリの美術館や博物館を二週間かけて回りました。土地勘ができてからは、観光客の多い場所を避けました。地元のひとが、どうも捨ててる感じがしたし汚かった。手ぶらで颯爽と歩いていると、イギリス人のおばあちゃんたちに道を尋ねられたりしてね。二週間後に、ドイツへ移動し充実したYHで地元民を話しまくる二週間を過ごしました。
チケットは往復14万円。一ヶ月で使った現金10万円。洋服、カバンなどの買い物はカードを使い15万円くらい。お金も無く、ひとり旅は楽しいハプニングが多かった。
-
ゆうべ、丁寧に長々と一枚づつコメントを付したのですが、送信と同時に消えてしまった。同じ経験された方は、わたしの溜息が聞こえるはず、、、。picのみ再度upしてベットに潜り込みました。
パリ近代美術館で開かれていた「CENTRE DE LA PHOTOGRAPHIE」。ひそひそ声に振り返ると夜のショーに出ていると思われる、スキンヘッドの二人。優しくて初心で女性より、女性らしい。
この写真展はロバートキャパの痛々しい、ヨーロッパの戦争ものが多かった。目に焼きついて離れません。 -
いまにもNHKのフランス語会話が始まりそうですね。発音をはじめ、現地に赴くのが語学は一番いいかもしれません。入るスピードも真剣味も違いますよね。
モンマルトルの急勾配の丘ビュットです。上がり切ると、次の写真の寺院に辿り着きます。 -
パリを見守るように見える「サクレ・クール寺院」。近そうに見えたのが、よほど遠くから歩いたようで二時間歩いたかな。早足なんですが、丘もあって大変でした。地下鉄で最寄の駅まで行かれることをオススメします。
日曜日といえば、教会や寺院は様々な人々で溢れていました。日本とは違います。マリア様に跪き、頭を垂れて胸の前で十字を切る人々の生活の中、心の中にいる純粋な神の存在を考えました。 -
ルーブルは一週間通いました。しかし、エジプトやアフリカの美術品の多いこと。仕舞いには内心「泥棒じゃん!」と、呆れ返ってしまいました。まぁ、なんだかんだと何処を観て廻っても、ナポレオンの存在の大きさを感じますよ。歴史の上に今があるのです。
-
初めの一週間は「Hotel Family」で一泊一万円。ここで覚えた言葉は、Bonne petitとDaccordでした。慣れてきたので、一泊五千円で高齢なおじいちゃん、おばあちゃんたちが経営する「Hotel de Chevreuse」に動きました。
特にこの辺りが、東京の自由が丘に似ています。ホテルのオーナーのおじいちゃんには親切にしてもらって、彼の高級車でスーパーへ。トレンチを羽織り、王子様のような完璧なエスコートと気遣いに触れ、父をはじめ日本人男性の横暴さに、だんだん腹が立って来て悶々としたわたしでした、、、。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
パリ(フランス) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
5