omiさんへのコメント一覧(2ページ)全16件
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愛川町の事
Omiさん 中国迷です。
そうですか 矢張り愛申群愛川町の方々が行かれたのですね。
小生は現在 伊勢原市に住んでますが 厚木や愛川の事は懐かしく思います。
小生は近隣の中国と韓国を旅行してます、お話しのように 昭和63年の北京は人民服で黒または灰色で高層ビルも有りませんでした。
その後毎年北京や東北部(旧満州国)などへ旅行してます。
中国 韓国は奥が深い物が有ると思います。
現在は高速道路は四方八方に通じ新幹線も大々的に整備中ですね。
今年は内蒙古の白城子から地平線を見ながら約1ケ月旅行しました。
その内に写真を投稿したいなと思います。
(余談) 平山坂を下がり 半僧坊を過ぎると橋が有り 田代へでますね、地酒で有名な 残草「蓬莱」が有り 更に進むと馬渡橋 トンネルを過ぎると半半原の街 どんどん進むと まなくら坂で津久井へでますね。
半原は生糸の生産地です。
懐かしくて書きました。
謝謝2012年08月11日17時18分返信する -
愛川町の事
Omiさん 中国迷です。
そうですか 矢張り愛申群愛川町の方々が行かれたのですね。
小生は現在 伊勢原市に住んでますが 厚木や愛川の事は懐かしく思います。
小生は近隣の中国と韓国を旅行してます、お話しのように 昭和63年の北京は人民服で黒または灰色で高層ビルも有りませんでした。
その後毎年北京や東北部(旧満州国)などへ旅行してます。
中国 韓国は奥が深い物が有ると思います。
現在は高速道路は四方八方に通じ新幹線も大々的に整備中ですね。
今年は内蒙古の白城子から地平線を見ながら約1ケ月旅行しました。
その内に写真を投稿したいなと思います。
(余談) 平山坂を下がり 半僧坊を過ぎると橋が有り 田代へでますね、地酒で有名な 残草「蓬莱」が有り 更に進むと馬渡橋 トンネルを過ぎると半半原の街 どんどん進むと まなくら坂で津久井へでますね。
半原は生糸の生産地です。
懐かしくて書きました。
謝謝2012年08月11日17時18分返信する -
内蒙古二連へ行かれましたね
Omiさん 初めまして 中国迷(ハンドルネーム)と申します。
ちなみに愛川とは愛申群愛川町の方々でしょうか??
小生は厚木市上荻野の出です、繊維産業と言えば愛川ですね。小生も今年内蒙古東部の赤峰市を旅しました、あの広大な草原など見てきました。
砂漠有り草原有りの世界でした、多くの現地の方々と知り合い楽しい時を過ごしました。
たぶん小生の高校時代の方も写真にあるでしょうが 風貌が変わり分りませんが懐かしく思います。
では サンバイノ(再見)2012年08月11日08時21分返信するRE: 内蒙古二連へ行かれましたね
初めまして 中国迷様
早々にメイルくださりありがとうございます!
> ちなみに愛川とは愛申群愛川町の方々でしょうか??
はい。そうなんですよ!
> 小生は厚木市上荻野の出です、繊維産業と言えば愛川ですね。
あらぁ〜そうなんですか!上荻野には親戚、友人がいます(笑)
>小生も今年内蒙古東部の赤峰市を旅しました、あの広大な草原など見てきました。
そうですか・・・私は海外は東南アジア、娘夫婦の住むヨーロッパが殆どで
中国は上海2回、北京に一度で中国北部は初めてでした。
初めて北京を訪れた時は人民服に自転車、今回は片側4車線、ドイツ車や大型普通車ばかり、高層アパート、あまりにもの急激な変化に眼は点でした!
北京から二連まで飛行機、二連から車で時速150kと高速で飛ばし三時間
かかりました。地図がよく分からず、自宅に帰りNETで探しています。
> 砂漠有り草原有りの世界でした、多くの現地の方々と知り合い楽しい時を過ごしました。
私の知人の元新聞記者が愛川町と内モンゴル(東スエット)の友好姉妹都市
に尽力されているので微力ながら私も支援させていただくつもりでの旅でした。
> たぶん小生の高校時代の方も写真にあるでしょうが 風貌が変わり分りませんが懐かしく思います。
> では サンバイノ(再見)
はい。50代60代70代の方々です。
是非、いつか、お電話でお話しできましたらいろいろ共通の友人や話題が
豊富にありそうで、おしゃべりできることを楽しみにしています。
また、お写真も投稿してくださいね。
よろしくお願いいたします。
残暑厳しき折、お体ご自愛くださいませ!
では、また!
2012年08月11日09時50分 返信する -
貧しい環境でも 屈託の無い笑顔
よい旅でしたね。
行きた〜ぃ
お写真を拝見しているとその時々の楽しさが伝わってきます。
ありがとうございます。RE: 貧しい環境でも 屈託の無い笑顔
メイルありがとうございました!(^0^)
仰る通り、本当に「屈託の無い笑顔」というお言葉、そのものなんです!
シャングリラやヒルトンなど外資系の大型高級リゾートホテルの周囲の民家は
凄く質素で貧しいそうな家々。民家の周囲はゴミが散乱し仕事の無い多くの若い青年達は道路沿いの木陰で三々五々退屈そうに過ごしています。
時々、赤ちやんを抱いた若い母親から物乞い(主に現金請求)に遇います。
> よい旅でしたね。 行きた〜ぃ。 お写真を拝見しているとその時々の楽しさが伝わってきます。 ありがとうございます。
<掲示板にご訪問、コメントをこちらこそ!ありがとうございました!
これからも宜しくお願いいたします(^0^)2011年07月21日09時02分 返信する -
???
南の島の素敵な旅の記録なのですね。子供たちの笑顔は、世界のどこに行っても心朗らかにしてくれます。
但し、写真に写っている子供たちが「貧しい」とは感じませんでしたが?
「貧しい」という言葉をタイトルに持ってきているのも、正直申し上げて疑問です。上からモノを見ていそうで。
初めての書き込みで批判しているようで心苦しいのですが。掲示板書き込みありがとうございました。
初めまして。OMIと申します。
掲示板への書き込みありがとうございました!
> 但し、写真に写っている子供たちが「貧しい」とは感じませんでしたが?
写真をご覧の限り仰る通りですね!
今回、宿泊させて戴きましたHnodebeachLodgeの日本人オーナーはセブ島生まれのフイリピン女性と結婚されて30年生活されて来ていまして
いかに経済的に貧しいかという状況を具体的に話してくださいました。
「貧しい」というのはあくまでも「経済的」にとう意味合いですね。
学校訪問をさせて戴きましたのは学校の施設や環境がいかに整っていないか、
そのために(施設や教材、その他を整えるために)日本や支援できる方々に少しでもこの状況を理解して欲しいということでした。
貧しくて食事の摂取が十分出来ないために虚弱な子供の里親にできればなって欲しいとも言われました。ホテルオーナの奥様は現在、市議会議員をされていて教育担当の委員長をされているということで熱く語っておられました。教室で赤い半袖シャツを着ている方です。この日の訪問はオーナーのご友人(日本人)から贈られたボールペンをプレゼントすることも目的でした。
> 「貧しい」という言葉をタイトルに持ってきているのも、正直申し上げて疑問です。上からモノを見ていそうで。
> 初めての書き込みで批判しているようで心苦しいのですが。
いいえ〜、ご指摘ありがとうございます!セブ島の子供は「経済的」に貧しくても心は健康で豊か、私が育った子供時代の昭和20年代の貧しくても、今の日本の子供達よりは心は豊かであった・・・という意味合いも込めたつもりです。
因みに、私の仕事は精神保健福祉の仕事で、学校のスクールカウンセラーなどもしてきていまして、子供の「精神発達」や「人格発達」に関心をもってきています。主に先進国のイギリス、フインランド、その他EUの国々を訪問してきていますが、アジアの国々を訪問した際は「上から目線」を気をつけるように言動には以前から気をつけてきているつもりです。
ご指摘ありがとうございました!これからも宜しくお願いいたします。
神奈川の爺さんカウンセラーOMIより
2011年07月20日18時10分 返信する



