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保和殿

寺院・教会

北京

観光の所要時間:
1-2時間

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保和殿 https://4travel.jp/os_shisetsu/10007539

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クチコミ 2ページ目(29件)

21~29件(全29件中)

  • 建物全体の写真を撮るのは非常に難しい

    • 4.5
    • 旅行時期:2012/04(約14年前)
    • 0

    太和殿、中和殿の後ろにある建物がこの建物。中和殿などとの距離が近すぎるため真正面から写真を撮るのは非常に難しい。ただ、ここ...  続きを読むら辺まで観光して帰る人がいるらしくここより先はぐっと観光客が減り観光しやすくなる。  閉じる

    投稿日:2014/06/18

  • 科挙が行われてた場所

    • 4.0
    • 旅行時期:2012/04(約14年前)
    • 0

    その昔、科挙の一つである殿試という試験が行われた場所だそうです。科挙はそのグレードにより3段階に分かれていたらしい。それ以...  続きを読む外に、皇帝が賓客を招いて宴会を行ったりしたそうです。それなりに立派な建物でした。  閉じる

    投稿日:2012/04/28

  • 宮殿が着替え室

    • 3.0
    • 旅行時期:2012/03(約14年前)
    • 0

    紫禁城(故宮博物院)内にある、中和殿の北側にあるのが保和殿です。
    太和殿で行われる儀式の際に皇帝が着替えするためのところ...  続きを読む
    清朝の頃はモンゴルやウイグルの王を招いて宴会をしたり、科挙の最終試験である殿試が実施されたそうです。
    この規模の着替え室とは贅沢なものです。
      閉じる

    投稿日:2012/05/03

  • 乾隆帝の直筆による「皇建有極」

    • 4.0
    • 旅行時期:2011/11(約14年前)
    • 0

    明代は式典が行われる際の皇帝の着替えの間として使われていた。清代に入ると科挙の最終試験である殿試の会場としても使われた。
    ...  続きを読む
    太和殿と同じ規模の保和殿が着替えの場所って・・・吃驚
    保和殿の玉座。「極有建皇」の額は、清朝の黄金期に君臨した乾隆帝の宸筆。
    三名君と謳われた繁栄の時代、三名君のひとり乾隆帝
    乾隆帝は絵画や文芸、歌舞音曲、建築、工芸にいたるまで、幅広く芸術を愛し、歴史的な名品を作らせて数多くの文化的遺産を後世に遺した


      閉じる

    投稿日:2013/05/13

  • 明代・初期の呼称 は「謹身殿」・・・

    • 4.0
    • 旅行時期:2011/11(約14年前)
    • 0

    太和殿の裏に回ると外朝三殿の中和殿と保和殿が見えてきました。
    中和殿は大和殿へ 向かう前に、春分など節目の祭事前日に農具...  続きを読むや祭文を皇帝自身が確認し太和殿出廷の 折に休息したり控えの場所だといいます。
    保和殿は、中和殿の北側。科挙の最終試験「殿試」が行実施された所だと言われます。  閉じる

    投稿日:2013/02/08

  • 更衣室だけど科挙の部屋でもある。

    • 3.5
    • 旅行時期:2011/08(約14年前)
    • 0

    保和殿
    皇帝のための更衣室。
    でも、宴会場としても使用してて、モンゴルからのお客さんとここで宴会をしていたそうです。あ...  続きを読むとは科挙試験にも使われていた。

    玉座の上の額の文字は、乾隆帝の書。
    ちなみに書かれている意味は、皇帝にも限りがあるので、有能な物を求めよっていう意味なはず。科挙試験最終場所にはピッタリなお言葉。  閉じる

    投稿日:2012/04/27

  • 故宮三大殿の最後

    • 3.0
    • 旅行時期:2009/12(約16年前)
    • 0

    太和殿、中和殿から更に奥に進むと、故宮内の三大殿のオオトリとして保和殿が現れます。ただ、前者2つと比べると、やや印象が薄い...  続きを読むです。宴会や試験会場として使用されたようで、今で言う多目的ホールのようなものかな?などと考えながら見学しました。  閉じる

    投稿日:2013/10/27

  • 明王朝では「謹身殿」と称し、皇帝の着替える場所として使われていました。
    デカい!広すぎでしょ!?と思ってしまいます。
    ...  続きを読む(紅白で小林幸子が衣装替えするならこれくらいは必要かも知れません)

    清代後は名前を現在の「保和殿」と改め、少数民族王公の接待所や科拳の試験所
    として使われました。
    「保和」の大意は、宇宙万物の覇者。

    建築面積1240?、その中に正殿を含めて9間の部屋と、更に奥室4間。
    他の殿堂と違う点は、柱を減らす構造を駆使して作られており、従来の殿堂建築より
    6本の柱を減らすことが出来た為、快闊感が強く主張された空間になっています。  閉じる

    投稿日:2012/07/24

  • 科挙の最終試験、殿試もここで行われたよう

    • 5.0
    • 旅行時期:2007/04(約19年前)
    • 0

    太和殿・中和殿・保和殿は、前三殿。保和殿は、一番奥にあって、明代には建極殿と呼ばれました。式典が太和殿で行われる前、皇帝は...  続きを読むここで更衣を行いました。また、科挙の最終試験、殿試もここで行われたよう。内部にも入れて、清朝時代の宮廷の姿が目の当たりにできます。  閉じる

    投稿日:2024/01/12

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