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旅行のクチコミと比較サイト フォートラベル

岩出・紀の川の寺・神社・教会 ランキング

3.39
アクセス
3.23
最寄り駅となるJR和歌山線・岩出駅からタクシーで10分程度です。 by hiroさん
人混みの少なさ
3.85
平日の午前中に参拝しましたが、参拝する方は他にいませんでした。 by hiroさん
バリアフリー
2.81
根來一山の広大な敷地は高低差があります。 by hiroさん
見ごたえ
4.19
広大な境内には、国宝・重要文化財などの建造物が多い歴史のある寺院です。 by hiroさん

クリップ

新義真言宗の総本山。広い境内には多数の重要文化財等が存在する。大塔は旧高野山大塔の遺構で国宝。

  • 満足度の高いクチコミ(31件)

    国内最大の木造・多宝塔(国宝)などの建造物とあわせて歴史を学び楽しめました!

    4.5

    旅行時期:2021/11(約3年前)

    『根來寺』は、現在の和歌山県北部の岩出市に位置する山号を「一乗山」、院号を「大伝法院」と称する... 
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    「新義真言宗」の総本山であり「大日如来」・「金剛薩埵」・「尊勝仏頂」の三尊を本尊として祀る寺院です。 『根來寺』の開創については、平安時代・後期の1132年(長承元年)に「空海」上人(諡号:弘法大使)が平安時代・初期の816年(弘仁7年)に真言密教の聖地となる修禅の道場として開山した高野山において「空海」上人以来の学僧さらに真言宗中興の祖といわれ諡号を「興教大師(こうぎょうだいし)」と称する「新義真言宗」の始祖でもある「覚鑁(かくばん)」上人が高野山に建立した「大伝法院」が始まりとされています。 「覚鑁」上人については、1095年(嘉保2年)に肥前国藤津荘(現在:佐賀県鹿島市)で誕生したとされ、13歳のときに京都「仁和寺」で出家得度し仏門に入り、17歳の頃から本格的な真言密教の修行を始め、1114年(永久2年)に「東大寺 戒壇院」で受戒し正式な僧侶として「覚鑁」の名前を授かるとともに高野山に登っています。 1132年(長承元年)になると高野山「大伝法院」座主に「覚鑁」上人が就任、さらに1134年(長承3年)には「金剛峯寺」座主も兼ねるようになったことで、周囲の嫉妬などから不和・対立を招く結果となり、高野山内部での紛争に発展することを避けるため、1140年(保延6年)に「覚鑁」上人が自ら身を引き高野山を離山しています。 離山後の「覚鑁」上人の新たな活動の場となったのが現在の『根來寺』がある場所であり、かつてあった草庵を新たに「豊福寺」として建立したほかに学問所となる「円明寺」および居住の場となる「密厳院」などを建立していますが、1143年(康治2年)に「円明寺」で49年間の生涯を閉じており、現在の『根來寺』境内にある「奥の院」霊廟に埋葬されています。 また、鎌倉幕府・第3代将軍「源 実朝」の時代である1205年(元久2年)頃になると現在の『根來寺』の名称が成立したとされ、高野山「大伝法院」については十三堂塔が建立されるまでに発展していましたが、鎌倉幕府・第4代将軍「藤原頼経」の時代である1242年(仁治3年)に焼失、鎌倉幕府・第7代将軍「惟康親王」の時代である1288年(正応元年)頃に「頼瑜(らいゆ)」僧正により高野山「大伝法院」の教学の拠点が『根來寺』に移されることで「新義真言宗」の教学の基礎が『根來寺』に築かれています。 さらに室町時代・後期の『根來寺』は、僧侶を育てる学山として寺領:72万石、堂舎・伽藍:2,700余におよび数千人の僧侶を有するまで発展し、戦国時代には「根來衆」と呼ばれる僧兵を擁することで戦国大名と肩を並べるほどの勢力を誇るようになっています。 しかし、桃山時代になると「羽柴秀吉」が豊臣の姓を賜り関白となる年の1585年(天正13年)に「羽柴秀吉」軍による紀州攻めが実施され、ほぼ無抵抗状態で『根來寺』が「羽柴秀吉」軍に制圧されましたが、その日の夜に詳細不明の出火により『根來寺』境内の「大伝法堂」・「大塔」・「大師堂」など一部の建造物を残したものの根來一山の殆どの施設が焼失しています。 その後の『根來寺』は、しばらくの期間にわたり復興が許されず衰微していましたが、江戸時代になると「紀州徳川家」の祖となる紀伊和歌山藩・初代藩主「徳川頼宣」の外護などにより徐々に復興し、現存する建造物では室町時代・前期となる1391年(明徳2年)に建立の「弘法大師・空海像」を安置している「大師堂」が1941年(昭和16年)に国の重要文化財に指定、国内最大の木造・多宝塔(高さ40メートル)として室町時代・後期となる1547年(天文16年)に建立の「大毘廬遮那法界体性塔(通称:大塔)」が1952年(昭和27年)に国宝に指定、江戸時代・後期となる1827年(文政10年)に建立の「大伝法堂(本堂)」および根來一山の総門として江戸時代・末期となる1850年(嘉永3年)に建立の「大門」がそれぞれ2019年(令和元年)に国の重要文化財に指定されるなど歴史のある見どころの多い寺院となっています。 今回は、和歌山市在住の方の案内で『根來寺』に立ち寄りましたが、限られた滞在時間内で広大な『根來寺』境内を見学して廻ることが難しかったためメインの「大伝法堂」・「大塔」・「大師堂」のみのエリアに絞り参拝して廻り、「覚鑁」上人および「羽柴秀吉」軍の紀州攻めにまつわる歴史を学び楽しむことができました。 機会があれば、今回立ち寄ることのできなかった「大門」・「覚鑁」上人が埋葬されている「奥の院」などのエリアも散策してみたいと思います・・・ 
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    hiro

    hiroさん(男性)

    岩出・紀の川のクチコミ:8件

アクセス
根来下車 徒歩 25分
岩出駅 バス 10分
紀伊駅 バス 10分
根来下車 徒歩 25分
和泉砂川駅又は南海樽井駅 バス 30分
根来下車 徒歩 35分 根来寺を経由するバスは1日に3便あり
民俗資料館前下車 徒歩 5分
岩出駅(駅前ライブラリー) バス 15分
予算
【料金】 大人: 500円 入山料 備考: 団体30名以上400円
3.32
アクセス
3.19
人混みの少なさ
4.13
バリアフリー
2.67
見ごたえ
3.90

クリップ

庭園は山畔を利用して作られ、奥には池に注ぐ2段の豪華な滝石組がみられる。池中は鶴亀の低い中島と、筋ちがいにかけられた石橋が美しい調和をみせている。

アクセス
岩出駅 バス 10分
根来下車 徒歩 25分
紀伊駅 バス 10分
根来下車 徒歩 25分
根来下車 徒歩 35分 根来寺を経由するバスは1日に3便あり
和泉砂川駅又は南海樽井駅 バス 30分
岩出駅(駅前ライブラリー) バス 15分
民俗資料館前 徒歩 5分
予算
【料金】 大人: 500円 入山料 備考: 30名以上団体400円
3.31
アクセス
3.07
JR和歌山線・粉河駅から徒歩で15分程度です。 by hiroさん
人混みの少なさ
4.13
土曜日の夕方に参拝しましたが、誰もいませんでした。 by hiroさん
バリアフリー
2.29
参拝するには参道の石段を上ります。 by hiroさん
見ごたえ
3.38
拝殿の奥にある本殿の全形など伺うことができないのが残念です。 by hiroさん

クリップ

住所2
和歌山県紀の川市粉河2788番地

ピックアップ特集

3.31
アクセス
3.40
JR和歌山線・粉河駅から約900メートル(徒歩12分程度)です。 by hiroさん
人混みの少なさ
3.90
土曜日の夕方に参拝しましたが、誰もいませんでした。 by hiroさん
バリアフリー
3.13
道路と境内に数段の段差があります。 by hiroさん
見ごたえ
4.00
御神木の”クスノキ”に圧倒されました。 by hiroさん

クリップ

  • 満足度の高いクチコミ(3件)

    コンパクトな境内ですが、御神木の”クスノキ”に圧倒されました!

    4.0

    旅行時期:2021/11(約3年前)

    『大神社(だいじんじゃ)』は、和歌山県北部の紀の川市粉河に位置する「西国三十三所観音霊場」の第... 
    続きを読む
    三番札所として知られる粉河観音宗・総本山「粉河寺」最古の建造物となる朱塗りの楼門「大門」の門前に鎮座し、祭神として「天照皇大神」を祀る境内面積がおよそ330平方メートル(100坪程度)の小規模な神社です。 『大神社』の創建年代などは不詳とされていますが、伝承によると1585年(天正13年)に「羽柴秀吉」軍による「紀州攻め」ののちに「粉河寺」を牽制するため「羽柴秀長」に仕えていた「藤堂高虎」が1587年(天正15年)に「羽柴秀吉」から大名として紀伊国粉河の領地を与えられ、もともと「粉河寺」が寺の防御のために築城した「粉河寺」南側に位置する「猿岡山城」(現:秋葉山公園)を改築して、1592年(文禄元年)に「朝鮮出兵(文禄の役)」となるまでの7年間に渡り居城としていた「藤堂高虎」が『大神社』を氏神として崇敬していたと伝えられています。 また、徳川幕府・第2代将軍「徳川秀忠」の時代となる1608年(慶長13年)に「藤堂高虎」が、伊予国今治から伊賀国・伊勢国の一部に領地替えで初代・津藩主となった際には、『大神社』の社殿を改築したとも伝えられています。 ちなみに「藤堂高虎」は、室町幕府・第13代将軍「足利義輝」の時代である戦国時代に近江国(現:滋賀県)に生まれ、江戸時代初期の徳川幕府・第3代将軍「徳川家光」の時代となる1630年(寛永7年)までの人生の中で「浅井長政」・「羽柴秀長」・「羽柴秀吉」・「徳川家康」などに仕えた武将・大名であり、「黒田孝高(黒田官兵衛)」・「加藤清正」とともに「築城三名人」と称された築城の名手としても知られる人物です。 今回は、和歌山県で開催された「紀の国わかやま文化祭2021」(国民文化祭)の催しに参加する家族に同行して『大神社』の道路向かいにある「丸浅旅館」に宿泊する機会があり、旅館周辺を散策しながら『大神社』を参拝しました。 コンパクトな境内の『大神社』には、パワースポットとして存在感のある樹齢1000年余りと推定される御神木の「クスノキ」(高さ約25メートル・幹廻り約15メートル)があり圧倒されました。 この「クスノキ」については、徳川幕府・第11代将軍「徳川家斉」の時代である1806年(文化3年)から第12代将軍「徳川家慶」の時代である1839年(天保10年)までの33年間の期間をかけて編纂された紀伊国の地誌「紀伊続風土記」(本編97巻・高野山之部81巻・古文書編17巻:全195巻)において本編の那賀郡粉河荘粉河村の項に大神宮として”境内樟の大樹あり周囲三丈五尺許”と記述されており、2005年(平成17年)に5町合併により紀の川市が誕生する以前である1997年(平成9年)に旧・粉河町の「文化財(自然保存木)」に指定されています。 一般的に御神木ならびに天然記念物に指定されている樹木は、柵に囲われて直接触ることのできないパターンが多く感じられますが、『大神社』の場合は”御神木に触れてパワーを頂いて下さい”と立看板が設置されており、間近で実際に大樹に触れて改めて幹廻り約15メートルの大きさへの驚きとともに1000年余り生き続けている生命力の凄さに圧倒され邪念が洗い流されたような清々しい気分になりました。 
    閉じる

    hiro

    hiroさん(男性)

    岩出・紀の川のクチコミ:8件

住所2
和歌山県紀の川市粉河2090番地
3.27
アクセス
3.42
人混みの少なさ
4.42
バリアフリー
2.67
見ごたえ
3.08

クリップ

アクセス
和歌山電鐵 貴志駅下車 徒歩10分
3.22
アクセス
2.33
人混みの少なさ
4.17
バリアフリー
2.33
見ごたえ
3.33

クリップ

住所2
和歌山県紀の川市猪垣191番地

岩出・紀の川への旅行情報

3.20
アクセス
2.50
人混みの少なさ
4.50
バリアフリー
1.50
見ごたえ
3.50

クリップ

住所2
和歌山県紀の川市神領272番地
3.20
アクセス
3.50
人混みの少なさ
4.50
バリアフリー
1.50
見ごたえ
3.75

クリップ

住所2
和歌山県岩出市北大池396番地
3.07
アクセス
2.00
人混みの少なさ
3.50
バリアフリー
3.00
見ごたえ
3.50

クリップ

住所2
和歌山県岩出市宮75番地
3.07
アクセス
2.00
人混みの少なさ
4.00
バリアフリー
2.00
見ごたえ
3.00

クリップ

住所2
和歌山県紀の川市貴志川町岸宮1124番地の1

宿公式サイトから予約できる岩出・紀の川のホテルスポンサー提供

3.07
アクセス
4.00
人混みの少なさ
3.50
バリアフリー
3.00
見ごたえ
3.50

クリップ

アクセス
JR和歌山線紀伊長田駅より徒歩4分
3.03
アクセス
1.50
人混みの少なさ
5.00
バリアフリー
2.50
見ごたえ
2.50

クリップ

住所2
和歌山県岩出市大字森237番地
3.03
アクセス
1.50
人混みの少なさ
4.00
バリアフリー
2.00
見ごたえ
2.00

クリップ

住所2
和歌山県紀の川市神通34番地
2.95
アクセス
2.25
人混みの少なさ
4.50
バリアフリー
3.00
見ごたえ
2.00

クリップ

住所2
和歌山県紀の川市中三谷808番地
評価なし

クリップ

住所2
和歌山県紀の川市西川原常谷308番地

岩出・紀の川への旅行情報

評価なし

クリップ

784年(延暦3年)に建立されたとされ、十三柱の神を祭ることからこの名がついたといわれています。檜皮葺きで三間社流造りの本殿、一間社春日造りの摂社など中世末の建築様式を知る上で重要な神社とされています。

アクセス
阪和自動車道海南・海南東IC 車 30分 国道370号利用
JR海南駅 バス 30分 大十バス『登山口』バス停下車
大十バス『登山口』 タクシー 10分

1件目~16件目を表示(全16件中)

※施設情報については、時間の経過による変化などにより、必ずしも正確でない情報が当サイトに掲載されている可能性もあります。

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