かつて、高山右近が城主となったお城跡
- 3.0
- 旅行時期:2025/04(約10ヶ月前)
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by hijunoさん(非公開)
明石 クチコミ:13件
1585年に高山右近が高槻城から移ったお城で、新たに造ったものか、もとあるお城を改築したものかははっきりしないようです。右近は城下町の整備も行っています。
また、キリシタン大名だった右近の影響で多くの僧侶がキリシタンとなり、近くの法蔵寺なども教会の礼拝所として使われました。
1587年に高山右近はバテレン追放令で追放され、そのあとは1619年に明石城が築城され廃城となりました。
船上城の櫓も明石城の櫓として移築されたようです。
現在、本丸跡が残っていますが、周囲を住宅に囲まれ、田んぼのなかにぽつんと盛り土が残っており、小さな祠がみえます。
周囲からの道は見つからず現地には行けませんが、近くの公園からはその様子がうかがえます。こちらからが、一番、よく見えました。
公園には詳しい説明板もあります。
盛り土の上には、切り倒された樹々があり、荒れた様子で胸が痛みました。
- 施設の満足度
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3.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
クチコミ投稿日:2025/04/24
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