壬申の乱で敗れた大友皇子のお墓
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- 旅行時期:2022/10(約3年前)
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by piglet2017さん(非公開)
大津 クチコミ:48件
延暦寺の見学は悪天候で早めに切り上げ、余った時間で、比叡山延暦寺巡拝大津線きっぷを利用して大津市役所前で途中下車し、弘文天皇陵に立ち寄りました。
2022年は壬申の乱から1350年目・弘文天皇1350年祭にあたり、昨日訪れた近江神宮の展示によれば、乱に敗れて自害したのではなく生き延びたのだとする大友皇子伝説が各地に残っているそうです。こちらのお墓も明治に入ってから選定したものにすぎず、年代も合っていないとかで今も謎に包まれているようです。大友皇子の息子の与多王が父親の菩提を弔うために建立した三井寺の近くにあるので、こちらの古墳が選ばれたのかもしれません。弘文天皇陵への入口にはお墓を見守っている管理事務所のような小さな建物まであり、監視員がしっかり常駐していました。明治時代になってやっと39代弘文天皇と認められた悲運の天皇ですが、大津市役所の裏手に立地し、市民から大切に追慕され続けている特別感のある陵墓でした。
- 施設の満足度
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3.5
クチコミ投稿日:2024/02/08
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