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国宝松本城 施設情報・クチコミに戻る

城壁の上部が白漆喰、下部が黒漆塗りで、黒と白のコントラストのバランスがとれた美しいお城です

  • 5.0
  • 旅行時期:2023/11(約6ヶ月前)
Lily-junjunさん

by Lily-junjunさん(男性)

松本 クチコミ:3件

「上高地」から「松本城」に向かいました。「上高地帝国ホテル」から「松本城」への所要時間は、バスでほぼ1時間でした。当日は、「松本マラソン2023」が行われているので、渋滞するかと思いましたが、すんなりと松本城近くの「松本城大手門駐車場(大型車専用)」に着きました。ここから「松本城」まで歩いて10分弱でした。「松本城」の「松本城観覧券発売所」付近に「松本城」へ上るには30分待ちと書いたボードがありました。この時点では、すぐ天守閣まで行けるだろうと楽観していましたが、「松本城」の入城口である「渡櫓」まで長蛇の列ができていました。ここからすんなりと行けるかと思いきや甘い考えでした。「松本城」の各階層とも通路が狭く、階段も急で大渋滞です。特に、「天守最上階」とその下の「御座所」は、さらに通路が狭く、階段も一つ一つの間隔が広く、ジェットコースターのような感じで、観光客がすし詰め状態でした。余りにも人が多すぎ、写真に人が写りこんでしまうので、写真を満足に撮ることができませんでした。「松本城」に関して、詳細にここでレポートしていきたいと思います。「松本城」の正面の入口を左手に進むと、「松本城」と「内堀」が見えてきます。「松本城」は起伏のない平らな場所に築かれた「平城」で、「山城」と比べて防御性が低いため、城の周囲にはお堀が造られたそうです。お堀は本丸を囲む「内堀」、「外掘り」と「総掘り」があります。「松本城高麗門」に架かる橋を渡り、「高麗門」をくぐると「松本城観覧券発売所」があります。「本丸庭園」と「天守の観覧」は有料ですので、こちらの「券売所」で入城券を購入します。観覧料は大人700円、小中学生300円です。入場券は松本市立博物館との共通券になっているのでお得です。次に、「本丸」に入る重要な役目を果たした「黒門」をくぐると目の前に「本丸庭園」と「松本城」が目の前に現れます。「黒門」をくぐったすぐ右手には「松本城保存の功労者」が建立されています。左手奥には、「水野忠直奉献灯籠」、さらにその先に進むと日本にある「全国城郭管理者協議会」に加盟している全国49城の写真が展示されています。お城の出口である「月見櫓」付近には、「おもてなし隊」がいて気軽に写真撮影に応じてもらえます。
「松本城」の歴史等を紐解いてみると、「松本城」は、標高約590mの松本盆地に築城され、築城当時のままの姿が残っている歴史的価値のあるお城で、「姫路城」、「彦根城」、「犬山城」、「松江城」とともに国宝に指定されています。松本藩の城主は年代によって変わり、その数は6家23人にものぼります。松本城の最大の特徴が、戦国時代に作られた大天守、乾小天守、渡櫓と泰平の戦のない江戸時代に作られた辰巳附櫓、月見櫓がひとつの天守群になっていることです。また、「松本城」は、天守の築造年代は文禄2年~3年(1593年~1594年)と考えられ、現存する五重六階の天守としては日本最古の城で、戦国時代の永正年間に造られた「深志城」が始まりです。なお、現存12天守の中でも、5層の天守を持つ城は、日本では松本城と姫路城しかありません。
「本丸庭園」を散策したあとは、いよいよ「松本城」の内部へ入ります。「松本城」の入城口は「渡櫓」にあります。靴を脱いで上がるので、入城口では警備員の方がビニール袋を渡してくれます。その警備員の方の話だと「松本城」は、フランスで人気があり沢山の観光客が来るそうです。もちろん他国の観光客もいましたが、そう言えば、「上高地」は台湾で人気があり、台湾人の比率が一番多いとネイチャーガイドが言っていたのを思い出しました。「松本城」の「天守」は、入ってみると驚くぐらいシンプルで飾り気がありませんでした。お城と言うと豪華絢爛なイメージがありますが、「松本城」は、戦のために建てられたものなのだからそうです。チェックポイントの一つ目として「松本城」は外から見た時にかなりの数の窓のようなものが確認できました。何かと思ったら、攻撃を受けた時に、敵兵に弓や鉄砲を発射したり、石を落したり反撃するための小窓だそうです。ちなみに、弓矢を放つ「矢狭間」は60カ所、鉄砲を撃つ「鉄砲狭間」は55カ所、城壁を上ってきた敵へ石を落とす「石落」は11カ所もあるそうです。ただし、「松本城」では実戦が行われたことは一度もなかったそうです。次のチェックポイントが刀剣、槍、刀、火縄銃そして合戦時の武士の格好を再現した甲冑です。この甲冑を身につけた武士は、腰に巾着のようなものをぶら下げていました。これは、火縄銃の弾薬を入れるためのものだそうです。甲冑、刀と銃で相当な重さだったそうです。次のチェックポイントは、「大天守最上階」です。約16畳の正方形の部屋になっています。東西南北に窓が配置されていて、それぞれ異なる景色が楽しめます。天気がよければ、北アルプスの山々も見えるそうです。天守の天井が明るかったので、顔をあげ見てみると「二十六夜神」という月の神様が祀られていまました。「松本城」がさまざまな危機を回避できたのは、この神様のおかげと言われているそうです。現在でも、警備員さんが毎朝必ずお祈りをしているそうですよ。次が、「天守」の下の4階の「御座所」です。「御座所」は、城主が「天守」の最上階ではなく、4階に座を構えたと考えられます。ただ、接待の場所ではなく、あくまでも戦闘で最終局面を迎える時に座る場所だったようです。次のチェックポイントは、「辰巳附櫓」です。「辰巳附櫓」は「天守」の2階と繋がっていて、太平の世に造られたものなので、豪華絢爛とはいかないまでも優美な造りになっています。ここで注目して欲しいのが、「花頭窓」という寺院建築で見られる窓が採用されています。最後のチェックポイントは、「月見櫓」です。「辰巳附櫓」から階段をくだった先には、「月見櫓」があります。こちらも「辰巳附櫓」と同じ時代に造られたもので、その名の通り「お月見をするための櫓」で、「本丸庭園」の眺めがすばらしい場所です。「月見櫓」から1階におりて、「松本城天守」の見学は終了です。

01_【「松本城」の一口メモ】
⑴ 所在地…〒390-0873 長野県松本市丸の内4-1  電話:0263-32-2902(松本城管理事務所)
⑵ 観覧料…大人700円、小中学生300円 ※松本市立博物館と共通入場券
⑶ 「本丸庭園・天守」の 開場時間:8:30~17:00 ただし、GW・お盆期間は8:00~18:00
※ 最終入場は閉場の30分前
⑷ 休園日…年末を除き無休

02_【「松本城」へのアクセス】
⑴ 徒歩…JR篠ノ井線「松本駅」お城口から徒歩15分1500m
⑵ バスを利用して
★ [松本駅お城口] ⇒[松本城・市役所前バス停]≪松本周遊バス・タウンスニーカー:北コース≫
・バス乗り場:JR篠ノ井線「松本駅」お城口(21番のりば)
・7停留所目(「上士町」の次の停留所) 所要時間約8分
・9時から15時の間に1時間平均2便 休日は平均3便
・「松本城・市役所前バス停」で下車し「松本城」まで徒歩1分60m
・「松本城・市役所前バス停」で降車後、バスの進行方向とは反対方向に60mほど戻ると「松本城太鼓門桝形二の門(高麗門)」があります。そこから入ります。「太鼓門」をくぐり左方向に進みます。右手にみえる内堀に架かる橋を渡れば、「高麗門」の先の左手に「松本城観覧券発売所」があるので、チケットを買って入城します。

03_【「松本城」の見どころ】
⑴ 「黒門」
「黒門」は本丸へ入るための重要な入口で、現在は手前に券売所があります。ここから先の「本丸庭園」と「天守」の観覧は有料となっています。「黒門」は、最高色調の黒を使っていることからそう呼ばれました。「一の門」の屋根には、歴代城主の家紋が付いた屋根の縁を飾るための円形の瓦である「軒丸瓦」が見られます。これは、天守解体修理のときに、保存しておいた状態の良い瓦を再利用したためです。さらに内堀を渡ったところに「二の門」である「高麗門」があります。1989年(平成元年)には、この門に続く塀を支える柱を備えた塀である「控塀」と2つの門の間を石垣や土塀で囲う防御様式である「枡形」を復元しました。「控塀」には「狭間」があり、対岸の敵を弓矢や火縄銃で攻撃できるようになっています。
⑵ 「太鼓門」
二の丸御殿の入口にある「太鼓門」は、1文禄4年(1595年)に築かれた門です。名前の由来は、北側門台上に、登城や火急の合図などの役割を果たす太鼓楼があったことからそう呼ばれるようになりました。「太鼓門」は、「松本市役所」側にある門で、二の丸御殿の入口にあたり、文禄4年(1595年)に築かれた門です。名前の由来は、北側門台上に、登城や火急の合図などの役割を果たす太鼓楼があったことからそう呼ばれるようになりました。また、太鼓門のすぐ横にある総量約22.5tの巨石は、「松本城」を築城した「石川玄蕃守康長」が運ばせたことにちなんで、「玄蕃石」と呼ばれています。なお、明治初期に破却された「太鼓門」ですが、平成3~平成11年(1991~1999年)に発掘調査を行い、「太鼓門」の復元が完了しました。
⑶ 「大天守」
「松本城」の天守は5層6階の造りで、1,000tある巨大な「天守」で、約16畳の正方形の部屋になっています。「松本城」の土台となる石垣内部には直径約39cm、長さ約5mの栂の丸太が16本、まるで碁盤の目のように埋め込まれています。その上にそびえ立つ「大天守」は、5層6階の構造です。城壁の上部が白漆喰、下部が黒漆塗りと当時の城郭では珍しい仕上げになっています。「天守1階」の展示ケースには修理の際に切り取られた天守の壁を展示してあります。この壁は厚さが約29cmもあり、火縄銃の弾も貫通しないそうです。「天守2階」には、格子状の「武者窓」があります。これは、3連及び5連の格子窓から火縄銃を発砲するための設計だと考えられています。「天守3階」は構造上、窓が造れなかったため「隠し階」もしくは「暗闇重」と呼ばれていました。「天守4階」には「御座所」があり、戦いにおいて最終局面に追い込まれた際には、城主がここに座を構え、戦況を把握する場所です。最上階である「天守6階」からは、城下町や北アルプスの山々などを眺望することができます。ちなみに、天守の天井には、「二十六夜神」という月の神様が祀られています。「松本城」がさまざまな危機を回避できたのは、この神様のおかげと言われているそうです。現在でも、警備員が毎朝必ずお祈りをしているそうです。また、「松本城」の「天守」内部は、天井が低いことが特徴的です。これは、建物内で抜刀ができないように工夫されたと考えられます。
⑷ 「乾子天守」
「乾子天守」は、「松本城」に向かって右側部分にあり、「大天守」と「渡櫓」で連結され、戦国時代に建立されたものです。「乾子天守」の特徴は「大天守」と比較すると、「大天守」は角柱のみで構成されていますが、「乾子天守」は角柱の他に丸太柱が使用されていることです。何と1階中央にある「菅柱」をはじめ、2階「側柱」はすべて築城当時のもので、実に400年以上も経っているそうです。また、4階にある「火灯窓」は、火を嫌うことから「花頭窓」とも呼ばれ、寺院建築で見られ、天守建築では格式の高い窓とされています。
⑸ 「辰巳附櫓」
「辰巳附櫓」は、「松本城」に向かって左側部分にあり、泰平の世となった江戸時代初期に新たに建立されました。天守の2階は、江戸時代に増築された「辰巳附櫓」とつながっています。「辰巳附櫓」は、平和な時代につくられたもので、戦の備えはほとんどなく、石落を設置する場所は板敷きになっています。「大天守」の隣に増築された「辰巳附櫓」は、天守に「月見櫓」を付けるための役割を持っていました。なお、「辰巳附櫓」の窓にも「乾子天守」と同様に、格式の高い寺院建築で見られる「花頭窓」が付けられています。
天守の2階は、江戸時代に増築された「辰巳附櫓」とつながっています。こちらは平和な時代につくられたもので、戦仕様ではなく優美な造りになっています。花頭窓という寺院建築で見られる窓が採用されています。
⑹ 「月見櫓」
「月見櫓」は、「松本城」に向かって左側部分にあり、辰巳附櫓から階段をくだった先にあります。「月見櫓」は、「辰巳附櫓」と同じ時代に造られたもので、寛永10年(1633年)に「松平氏」により増築されました。戦の備えはほとんどありません。柱と舞良戸と呼ばれる桟を打った薄い引き戸だけの櫓で、月見の際には、この舞良戸を外し、月を眺められるよう設計されていました。月見櫓の三方は朱色漆で塗られた回縁が巡り、風情があります。また船底の形をした天井には、柿渋が塗られ、優雅な雰囲気を感じられるのが特徴です。「月見櫓」から1階にくだると出口になり、「天守」の見学は終了です。

施設の満足度

5.0

利用した際の同行者:
家族旅行
アクセス:
3.0
JR篠ノ井線「松本駅」お城口から徒歩15分1500mほどです。
人混みの少なさ:
1.5
入城者が大変多く天守へ上るまでに一時間以上かかりました。
見ごたえ:
5.0
他の城と違った建築方法が用いられているのが見どころの一つです。

クチコミ投稿日:2023/11/25

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