千木などが変わっていました。
- 5.0
- 旅行時期:2022/05(約4年前)
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by 旅好者さん(男性)
大分市 クチコミ:169件
早吸日女(はやすひめ)神社は佐賀関の町並みの別府湾側にありました。創建は紀元前667年(皇暦記元前7年)と伝わっています。神武天皇(この時は天皇にはなっていませんが)の東征の折、この地で、海底から取り上げた神剣を、天皇自ら奉じて建国の大請願を立てたのだそうです。現在地には神託により701年(大宝元年)に遷座したそうです。戦国時代末期に戦火で焼失しますが、この地は肥後藩の所領となったので、加藤清正が再建、その後は、肥後藩主細川家の保護を受けました。
総門の先に二ノ鳥居があり、正面にお社が見えたので拝殿かと思いましたが、これは境内社の1つ・伊邪那岐社でした。ご神体である神剣は伊邪那岐神が落としてしまったものだそうですね。説明書きによると屋根はチタン葺きで、塩害を避ける効果を狙ったもので、世界で最初の試みだったそうです。今はほかにもいくつか普及しているとのことです。右手前方に進んだところに拝殿がありました。どちらかというと、神社ではなくお寺さんの様な建物です。その奥に大きな本殿がありました。1673年(宝暦13年)に再建されたものです。本殿の屋根に乗っている千木ですが、通常は一対だと思いますが、こちらでは二対が乗っています。また、通常は男千木か女千木に統一されていますが、ここでは両方が組み合わされていました。男神も女神も同列の主祭神ですよといっている感じです。この千木に関しては、境内社全部に共通していました。鰹木は千木の横に置かれていて、4つありました。偶数は女神を表わしているはずですから、女神が主なのかなとも思いました。また、これも鳥ふすまというのか、千木のところから細いものが伸びてきて、長く突き出ていました。
- 施設の満足度
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5.0
- 利用した際の同行者:
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 5.0
クチコミ投稿日:2022/07/30
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