幕府の命により薩摩藩士が動員されて行った長良川等の治水工事で亡くなった人の慰霊塔
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- 旅行時期:2020/08(約5年前)
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by ぬいぬいさん(男性)
鹿児島市 クチコミ:31件
鶴丸城祉のあたりを朝の散歩をしているときにこの碑を見つけました。
てっきり西南戦争の犠牲者の慰霊塔かと思ったらそうではありませんでした。
徳川幕府から薩摩藩に対し、いまの岐阜県の木曽川・揖斐川・長良川の治水工事を命じられたそうです。
薩摩藩は1,000人もの人を動員し当時のお金で40万両を費やした末、1年3ヶ月もの長きにわたり工事を続けたものの、幕吏や地域の住民との対立したり、悪疫の流行などで88名の人が亡くなったそうで、その供養塔としてここにこの碑が建立されたそうです。
- 施設の満足度
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3.5
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 2.5
- 見ごたえ:
- 3.0
クチコミ投稿日:2020/08/15
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