西国三十三所第11番札所・下醍醐から山上の上醍醐へ・忘れ難い参拝となりました
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- 旅行時期:2019/10(約6年前)
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by DoubleO7さん(男性)
伏見 クチコミ:10件
3泊4日の寺社巡り一人旅の三日目は西国三十三所番外札所の元慶寺を参拝後、西国三十三所第11番札所の醍醐寺を参拝しました。醍醐寺は2015年の桜の時期に訪れて以来の参拝です。地下鉄東西線の醍醐駅から徒歩10分程で醍醐寺に着きました。総門を入ると拝観受付があります。今回は上醍醐への参拝が主目的ですが拝観は伽藍・三宝院・霊宝館のセット(1,500円)しかありません。上醍醐へ行きたい旨伝えると伽藍に入らずに外の道を行けば拝観料を払わずに行けるが第11番札所の御朱印は下醍醐の伽藍内の観音堂で授与するので貰えないとのことで他に良い選択肢がないので1,500円を払い伽藍、上醍醐、霊宝館、三宝院の順に拝観することにしました。結果これは大正解で大変充実した醍醐寺参拝となりました。まず醍醐寺の伽藍を拝観します。総門から続く桜馬場と呼ばれる風情ある参道の突き当りに西大門(仁王門)があります。朱塗りの雄大な門です。西大門が伽藍拝観の受付になっています。門を入り参道を進んで行くと左手に醍醐寺の本堂である金堂があります。朱塗りに白壁の威風あるお堂です。右手には醍醐寺のシンボルである五重塔が現れます。砂利敷きの整備された広い空地内に五重塔は建っています。国宝です。醍醐天皇の菩提を弔うために第一皇子の朱雀天皇が着工し第二皇子の村上天皇の天歴5年(951年)に完成した塔です。千有余年前に下醍醐が開かれた時から度重なる罹災にも耐えて今に残る京都府最古の建造物です。高さ38メートルで屋根の上の相輪が13メートルあります。均整のとれた安定感のある塔でほれぼれとするような美しさです。参道を挟んだ向かい側の不動堂、祖師堂に参拝した後、更に参道を進み日月門という小さな山門をくぐり大伝法院と名付けられた区画に入ります。醍醐寺もここまで来ると奥深く入ったという印象になります。大伝法院の主要殿堂となるのが観音堂です。白壁に朱の柱の立派なお堂です。西国三十三所第11番札所であった上醍醐の准胝堂が2008年の落雷火災で焼失したため現在はこの観音堂が札所となっています。第十一番札所准胝観世音菩薩の赤い幟が堂を囲むようにはためいています。周辺の木々が少しずつ色づき始め正面から見るお堂には優美さも感じます。参拝者はまばらで静かな雰囲気です。堂内に入ります。札所御本尊の准胝観世音菩薩は5月のある1週間の御開帳で当日は観音堂の御本尊である阿弥陀如来坐像に家内安全と健康長寿を祈願しました。丈六仏の大きな仏様です。十一番札所の御朱印を観音堂で有難く頂戴しました。観音堂を参拝後、更に先に進むと左手に林泉があり池のほとりに弁天堂が佇んでいます。朱鮮やかなお堂です。下醍醐の最奥にあるお堂です。お堂は、池、周辺の木々、お堂前の朱鮮やかな太鼓橋と相まって絵のような美しさです。周辺の木々が色づき始め彩を添えています。お堂が水面にも映り絶好の写真スポットです。太鼓橋を渡り弁天堂に参拝しました。弁天堂の名の通り弁財天が祀られています。参拝者もまばらで静かな雰囲気の中、素晴らしい景観を満喫しました。弁天堂の先にある回転扉を通り抜けて上醍醐に入りますが回転扉は逆向きには動かず一度出てしまうと下醍醐の伽藍には入れないので注意が必要です。
上醍醐は標高450mの醍醐山にあり醍醐寺開創の地です。上醍醐・准胝堂が西国三十三所第11番札所となっていますが准胝堂が2008年の落雷火災で焼失しました。そのため札所御朱印は下醍醐の観音堂で頂けましたがどうしても上醍醐の参拝を果たしたく山登りの参拝に挑戦です。上醍醐は醍醐寺の境内とは違う深山幽谷の趣となります。参道を上るとすぐに女人堂があります。上醍醐への登山口にあたりここで入山料(600円、醍醐寺伽藍・三宝院・霊宝館の拝観料を払っていれば500円)を支払います。正式名称は成身院ですが女人禁制の昔は女性がここから山上の諸仏を拝んだことから女人堂と呼ばれています。静謐な雰囲気の中、女人堂前には左から不動明王、理源大師、弥勒菩薩、役行者、地蔵菩薩が並んで祀られており印象的です。ここから上醍醐まで1時間の上りが始まります。鬱蒼と繁る樹々の中、石段や土を踏みしめてひたすら上ります。中程に不動の滝がありひと休みします。山道は意外に長く急で息が切れます。女人堂から上ること50分、ようやく上醍醐に到着しました。静謐な境内で最初に見える建物が清龍宮拝殿です。国宝です。石垣の上に建ち前面が崖にさしかかる懸造りになっており印象的です。正面に醍醐水があります。祠になっており格式を感じます。醍醐寺の開祖である理源大師聖宝が霊水を発見し庵を結んだ醍醐寺発祥の地です。静謐な雰囲気の中、オーラも感じます。蛇口から醍醐水を口にすると軟らかなお水でまさに「醍醐味なるかな」の感でした。石段を上って行くと途中に地主「横尾大明神」の祠がありすぐに開けた台地に出ます。西国三十三所第11番札所の准胝堂跡です。お堂は2008年に落雷火災で焼失、御本尊の准胝観音像は下醍醐の観音堂に仮安置されています。准胝堂跡から更に山上に上醍醐の伽藍が続きます。上って行くと最初に現れるのが薬師堂です。醍醐天皇の勅願により延喜13年(913年)頃に聖宝(理源大師)により創建されたお堂で国宝です。清楚で落ち着いた雰囲気です。御本尊の薬師三尊像は下醍醐の霊宝館に安置されています。堂前から山々の眺めが見事でした。薬師堂からきつい上りの参道行くと道は二股に分かれ左に行くと突き当りに五大堂があります。境内は明るく開放的な雰囲気です。お堂の前に三体の像が並んでいます。中央が醍醐寺の開基の理源大師 聖宝、左が醍醐寺一世座主 観賢僧正、右が修験道の祖 役小角です。堂は美しく小さいながらも威容があります。堂内に入れます。彩色豊かな壁画が見事です。御本尊の不動明王像/五大明王像は下醍醐の霊宝館に安置されています。五大堂を後にして最後のきつい上りの参道をひたすら踏みしめて進むと山上に二つのお堂が現れます。左手にあるのが如意輪堂です。崖にせり出して建つ懸造りが見事です。美しいお堂です。元々は醍醐寺開山の理源大師聖宝が上醍醐を開いた際、准胝堂と共に貞観18年(876年)に創建したお堂ですが現在のお堂は慶長11年(1606年)の再建です。御本尊は如意輪観音ですが堂内には入れません。奥に建つのが開山堂です。女人堂から上り始めて途中諸堂の参拝時間も含めて1時間半かかりました。醍醐寺開山の理源大師聖宝を祀るお堂で延喜11年(911年)に理源大師の弟子 醍醐寺一世座主 観賢僧正による建立ですが現在のお堂は慶長11年(1606年)に豊臣秀頼により再建されたものです。標高450m醍醐山に建つ上醍醐で最大のお堂です。山上の静謐な境内に開山堂、白山大権現、如意輪堂が建ち並ぶ中、色づき始めた木々もあり独特で忘れ難い雰囲気です。下醍醐から上り続けてきた達成感にしばし浸りました。山上の静謐で清々しい雰囲気を満喫した後、下山を開始します。下りは上りと違い息はきれませんが石などで足元が滑ることがあり注意が必要です。途中、不動の滝を過ぎてすぐの所に太閤秀吉の醍醐の花見跡がありました。行きは上り坂の背後にあったので気がつきませんでしたが思いのほか狭い跡地でした。下ること50分程、無事女人堂に戻りました。下界に降りた気分です。下醍醐の境内には入れないので五重塔を右に見ながら境内に接するフェンス沿いを道なりに進むと西大門(二王門)前に戻ります。山の上り下りと山上での参拝時間を含めて3時間弱かかりましたが上醍醐は深く思い出に残る参拝となりました。
- 施設の満足度
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5.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
クチコミ投稿日:2019/11/18
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