上杉家が明治まで生きながらえたのは、謙信公あってのこと。
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- 旅行時期:2019/05(約7年前)
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by ワンダラーさん(男性)
米沢 クチコミ:11件
米沢市といえば、会津120万石から米沢30万石に移封された上杉氏の城下町で、その中心の元のお城、現在の上杉神社に、米沢には直接の関係はない謙信公の像と説明文があります。
場所は、東からの上杉神社の参道を進み、舞鶴橋を渡ってすぐの右側、お濠端です。
見慣れた甲冑姿で、すぐに分かります。
織田信長や豊臣秀吉、徳川家康らに無念の涙をのんだ名将の姿は、気品と気迫があるように感じます。上杉家が明治まで生きながらえたのは、謙信公あってのことだと、つくづく感じる像です。
- 施設の満足度
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4.5
- 利用した際の同行者:
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 2.0
- 見ごたえ:
- 4.5
クチコミ投稿日:2019/05/30
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