塩原:かつての塩原御用邸を移築保存した“天皇の間記念公園”を見る
- 4.0
- 旅行時期:2018/10(約7年前)
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by jijidarumaさん(男性)
塩原温泉郷 クチコミ:2件
若い頃にお世話になった山形の友人に会うために出かけた。
2018年10月15日(月)~19日(金)の四泊五日の旅、久しぶりに国内の高速を走る大旅行(往復987km)になった。往復の途中、いわきと塩原に一泊し観光もしながら、山形の旅をしたわけだ。
2018年10月18日(木):曇りのち晴れ、11℃、約240km
14時、二本松を出て、再び東北道にのり、宇都宮方面に向かって走る。那須高原でトイレタイムの後(15分)、15時6分に那須インターを降りる。
ちょっと立ち寄った那須高原 私の美術館」(此木三紅大(コノキミクオ)氏の美術館である匝瑳市の松山庭園美術館の姉妹館)は既に閉館していた。
一帯を20分ほど写真に撮って、15時40分にはスタートした。
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今夜の宿泊先である塩原のかんぽの宿 塩原にはもう暗くなった16時25分に到着した。
④2018年10月18日(木) 1 泊
かんぽの宿 塩原 0287-32-2845
〒329-2921 栃木県那須塩原市塩原1256
TEL:0287-32-2845
標高1000メートル級の山々に囲まれ、箒川(ほうきがわ)沿いにたたずみ、泉質の異なる11もの温泉地が連なる塩原温泉郷は開湯約1200年の歴史をもつといわれる古くからの名湯揃い。そのひとつ、塩の湯地区にかんぽの宿は位置して、天然温泉を24時間堪能できます。
洋室(216号室ツイン:禁煙)、1泊2食@14,700円X 2名 = 29,400円
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10月19日(金):小雨後曇り時々晴れ、14℃、約240km
最終日、朝食は7時40分~8時15分、今日は遅いチェックアウトにしたので、朝食後に一風呂浴びた。だれもいない天然温泉を堪能できました。
腰痛にも効き目があるとかで、気持ちも良い。
12時出発し、久しぶりの塩原見物に。
≪塩原:かつての塩原御用邸を移築保存した“天皇の間記念公園”≫
<塩原見物>
①天皇の間記念公園(旧塩原御用邸) 12:15~50
〒329-2921 栃木県那須塩原市塩原1266番地113
開園:午前9時から午後5時まで(ただし、12月1日から3月31日までの間は午前9時から午後4時30分まで)
お休み:毎週水曜日(祝際日の場合は翌日、ただし7月20日から8月31日までは無休)
入場料:【一般】1人につき200円、【小学生・中学生・65歳以上の高齢者・障がい者】1人につき100円、【幼児(小学生就学前の者)】無料
http://www.sjc.ne.jp/nasusiobara/ShiobaraEmperorsRoom/index-tennounoma.htm
かんぽの宿 塩原から天皇の間記念公園まで凡そ900mと近い。公園手前の薬局の駐車場横に広いスペースがあったので、そちらに車を停めさせてもらった。
入口で入場料200円を払い、中に入ると人慣れした山鳩夫婦が水場でのどを潤していた。河北町のトンボといい、山鳩も”天恵 ”といったツキの感じがある。
移築保存された旧塩原御用邸(敷地面積2,067㎡)の屋根は銅板平葺き、むくり破風(はふ:中央部が盛り上がっている形状)の緩やかな勾配を持ち、木造平屋の建物(251.6㎡)は大きなものではないが、歴史を感じる姿で、慎ましやかで落ち着いた雰囲気がたいへん好ましい。
階段を登って邸内に入る。建物外側に板縁(赤絨毯敷)を東南西の三方に巡らせ、中心部に位置した「御座所」は長畳敷き四間、壁は皇室独自の美濃和紙を使った袋張、照明器具は洋風のものが使われ、御寝所の四方の柱には蚊帳を掛けるための釣り金具がつけられていた。御厠は漆塗り畳敷きで、天皇を始めとする皇族方の健康状態のチェックのため外部に向かって引き出し式の車がついていました。
敷居には樫木が埋め込まれ、窓の木製レールには水抜きの造作がされて、床下は樫格子を打ち、侵入を防ぐといった精密な施工がなされているのが見えた。
<天皇家と塩原の歴史>
塩原温泉は雄大な自然と湯量豊富な良質の温泉とに恵まれた温泉郷で、古来より多くの人々に愛されてきた。
その塩原にはかつて皇室の別荘として「塩原御用邸」がおかれていた。
皇室と塩原のかかわりは古く、その始まりは明治三十五年(1902年)にさかのぼります。時の皇太子殿下のちの大正天皇には塩原温泉に避暑のため行啓になられ、翌三十六年にも前年に続き行啓になられました。
皇太子殿下には、塩原滞在中その自然、気候、温泉等を大変お好みになられ、そのため福渡の地に別荘を所有していた「那須野が原開拓の祖」栃木県令三島通庸の嫡男三島弥太郎が、その別荘地献上を宮内省に願い出、明治三十七年に「塩原御用邸」が構えられたものだ。
大正天皇は塩原の地を愛され、そのこともあり、貞明皇后をはじめ御幼少の昭和天皇、秩父宮殿下、高松宮殿下、御結婚前の香淳皇后をはじめ、多くの皇族方に塩原御用邸は御利用されたと云う。
特に澄宮(すみのみや)と称された三笠宮崇仁親王殿下(みかさのみや たかひとしんのう)には、六歳の夏より十年間にわたり毎年夏の御利用があり、そのため塩原御用邸は「澄宮御殿」とも言われた。
戦前から戦時中には御幼少の今上陛下、常陸宮殿下が御利用になられ、戦局が悪化すると昭和天皇の皇女であられた孝宮和子内親王(第三皇女:たかのみや かずこないしんのう)、順宮厚子内親王(第四皇女:よりのみや あつこないしんのう)、清宮貴子内親王(第五皇女:すがのみや たかこないしんのう)の三内親王殿下が終戦の後までの一年余を疎開先として御利用になったそうです。
旧塩原御用邸内の御座所は塩原の人たちから敬愛を込めて「天皇の間」と呼ばれ、昭和五十六年(1981年)現在の場所に原型のまま移築公開されたものである。
今は「天皇の間記念公園」と呼ばれ、邸内には当時を偲ばせる多くの参考品が展示されている。
見学はゆっくり見ても20~30分で十分、後は近くの渓流散策路に行くのも良いが、腰痛の身なので、無理せず駐車場に戻った。
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- 施設の満足度
-
4.0
- 利用した際の同行者:
- カップル・夫婦(シニア)
- アクセス:
- 4.0
- 雰囲気:
- 4.5
クチコミ投稿日:2018/12/15
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