戦時中、父がここで、、、、、
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- 旅行時期:2017/07(約9年前)
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by nichiさん(男性)
長野市 クチコミ:15件
第二次世界大戦末期、本土決戦を覚悟した大日本帝国は、ここに地下壕を掘り、大本営を作り始めました。
父は学徒動員でここに連れてこられ、作業していました。
多くの朝鮮半島の方々が旧日本軍の指示を受けて作業していたことを目撃した記憶があるようです。
父たちの日本人の学徒動員組は、壕に入ることはなく、朝鮮半島の方々によって壕からトロッコで運ばれてくる岩石をトラックまで運ぶ作業をしていたそうです。
壕に入るのは無料ですが、ヘルメットをかぶらなければいけません。
壕は総延長10kmに及ぶようです。
壕の中には、作業していた方々によって刻まれた文字が残っています。
壕の前には資料館がありました。
こちらで当時の壕を掘った作業の様子を知ることができました。
中は撮影禁止。
父はこれだけ多くの朝鮮半島の方々がかかわっていたことを初めて知ったそうです。
この資料館を見て、父は様々な記憶を蘇らせました。
地下坑道は象山、舞鶴山、皆神山の3つの山の3箇所で掘られました。
象山地下壕には日本政府、NHK、電話局。
そして地下壕の近くには、天皇御座所、皇后御座所、宮内省が造られ現在も残っていることがわかりました。
ほとんど遷都ですねーーーー
- 施設の満足度
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4.0
- 利用した際の同行者:
- 家族旅行
クチコミ投稿日:2017/12/07
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