かなり目を惹く金色のブロンズ像です。
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- 旅行時期:2017/09(約8年前)
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by たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん(非公開)
長崎市 クチコミ:57件
長崎平和会館横にひときわ目を惹く金色のブロンズ像がありました。『原爆殉難教え子と教師の像』、昭和57(1982)年8月3日に長崎県内の教育関係者の団体が中心となって建立されたものになります。
金色に輝く5人が輝く子の像は、1人の巨人と4人の子供達を表しているそうで、子供達の上に立つ巨人が原爆の脅威を振り払おうと右手を大きく振り、その下にいる4名の子供達は平和を叫ぶというシチュエーションで作られています。
作者は平和記念像の作者北村西望に師事した長崎生まれの彫刻家富永直樹の手によるものだそうです。昭和20(1945)年8月9日午前11時2分に投下された原子爆弾ファットマンの熱線と爆風により長崎市の北部一帯は廃墟と化し、14万余名の市民が犠牲となりました。またその時に自宅にいた国民学校児童5,800余名と報国隊として工場に出動していた1,900余名の生徒達は、100有余名の教師と共に即死、若しくは放射能により次々と尊い生命を奪われました。
この悲惨な史実が年を経るに従い忘れ去られてしまうことを危惧した県内外の教職員及び有志の協力によって、亡き御霊を安らかならんことを祈念し再び惨禍を繰り返さぬことを誓ってこの像を建立したと書かれていましたが、そのシチュエーションは理解できるにしても、なぜ金色なのかは凡人の私には理解できないところがあります。
平和公園内やその周辺にある慰霊碑その他の碑の特徴として、敢えて金色になぜしたのかと疑問に思うものも多く存在します。
慰霊碑とは亡き人の霊を慰め、同じことを繰り返して同様の犠牲者を出さないようにする『願い』をこめたものだと私は思っています。しかしただビジュアル的に目立つだけでは、モニュメントとして見た目でスルーされてしまう大きな理由の一つになりうるものだと感じています。廃墟と化した街からの復興、それを示すかのようにしているのかとも思えてしまい、素直に碑の重みを感じられなかった自分に気付きます。
- 施設の満足度
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3.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 浜口町電停から徒歩5分程。
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 誰も訪れてはいませんでした。
- バリアフリー:
- 5.0
- 舗装はしてあります。
- 見ごたえ:
- 3.0
- モニュメントだと感じました。
クチコミ投稿日:2017/10/08
いいね!:16票
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