泰平の世に増築された開放的な櫓
- 5.0
- 旅行時期:2013/08(約12年前)
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by ゆっくさん(男性)
松本 クチコミ:15件
石川氏による天守築城から約40年後、松平氏によって建造されました。善光寺参りの家光の宿泊の為に建造したとのことです。
天守や小天守の武備した城郭とは違い、その名の通り、泰平の世に月を眺めるため大きく三方向に窓が大きく開かれており、朱色の回縁が巡っています。
天守見学の際、最後に立ち寄る櫓になります。辰巳附櫓から奥に入る必要がありますので、スルーしないように。
私が訪れた時は暑かったため、前が大きく開かれたこの部屋は風通しがよく、多くの人が涼んでいました。
イメージ的に赤い回縁越しに、赤い橋である埋橋が眺められるのかと思いましたが、角度的に見えない位置なんですね。後でわかりましたが、埋橋は史実にはなく、昭和30年に造ったそうです。
なお、天守の出口はこの月見櫓の1階となります。
- 施設の満足度
-
5.0
- 利用した際の同行者:
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 1.0
- バリアフリー:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 5.0
クチコミ投稿日:2015/09/02
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