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古高俊太郎邸跡 施設情報・クチコミに戻る

拷問され池田屋事件を自白

  • 4.5
  • 旅行時期:2014/05(約10年前)
bluejaysさん

by bluejaysさん(男性)

二条・烏丸・河原町 クチコミ:18件

古高俊太郎は1829年、大津代官所の手代古高周蔵の子として、栗太郡古高村(今の守山市)に生まれた。尊王攘夷派の梅田雲浜に弟子入りし、1861年諸藩御用達の枡屋を継ぎ、枡屋喜右衛門を名乗る。古道具、馬具を商いながら尊王攘夷派と交流し、長州の武器調達にあたった。
1864年新選組の捜索を受け、諸藩浪士の書簡と武器を発見される。壬生の屯所(前川邸の蔵)に連行された彼は逆さ吊りにされ、足の甲から五寸釘を打たれ、それが突き抜けた足の裏に火のついた蝋燭を立てられるという壮絶な拷問を受けた。そして彼が自白した内容は、御所に火を放ち中川宮を幽閉し、松平容保ら佐幕派大名を殺害し、天皇を長州へ拉致するというものだった。池田屋事件はこれを阻止するために起きたものだが、古高の自白には史料的裏づけがなく、拷問により誘導されたか、新選組による捏造の疑いが強い。
古高は六角獄舎に収容されたが、禁門の変で火災が獄舎近くまで迫ったとき、逃亡を恐れた役人により斬首された。

施設の満足度

4.5

利用した際の同行者:
一人旅
アクセス:
5.0
人混みの少なさ:
4.5
見ごたえ:
4.5

クチコミ投稿日:2015/07/23

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