桂小五郎雌伏の地
- 4.5
- 旅行時期:2013/11(約12年前)
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by bluejaysさん(男性)
出石・但東 クチコミ:7件
1864年、蛤御門の変で敗れた桂小五郎は出石に逃れ、広江孝助という偽名を名乗り潜伏した。最初は広戸甚助の家に匿われ、その後は番頭も丁稚もいない荒物屋を開業した。 だが桂には商売の経験はなく、甚助の妹八重が行っていた。彼女は、行動の不自由な桂の身の回りの世話も行っていた。
1865年、甚助が京都から幾松を連れて来る。長州では奇兵隊クーデターが成功し、尊王攘夷派が再び実権を取り戻していた。桂は幾松を連れて、長州へ帰る。八重のその後の消息は、不明である。
桂は出石滞在の10ヶ月間に、7箇所以上潜伏先を変えている。そのいくつかは今日判明しており、出石の至るところに記念碑が残されている。
- 施設の満足度
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4.5
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 2.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.5
クチコミ投稿日:2015/02/16
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