徳川吉宗と縁の深い神社
- 4.0
- 旅行時期:2014/12(約11年前)
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by すぶたさん(女性)
和歌山市 クチコミ:17件
八代将軍、徳川吉宗と縁の深い神社です。
その昔、捨て子は元気に育つ、貰い子は元気に育つという伝えから、
身分の高い貴族や武家ではわざと一旦は子供を捨てて、
家臣などに拾わせたり、養子にしたりする習慣がありました。
(豊臣秀吉と茶々の子供が「捨」や「拾」と付けられたのが有名ですね)
紀州藩2代藩主の徳川光貞の第4男として、
徳川吉宗は貞享元年(1684年)10月21日に生まれました。
吉宗は誕生と同時に、
和歌山県城南西にある扇の芝(和歌山城の追廻門付近)に捨てられました。
そして、吉宗の産土神である刺田比古神社の神主、
岡本周防守長諄が拾い親となりました。
吉宗は四男だったために、生まれた時は紀州藩主の可能性もありませんでした。
しかし、兄たちの死亡により紀州藩主となり、
その後徳川幕府八代将軍となったことから、
刺田比古神社は開運出世の神と敬われれました。
吉宗は神社境内の殺生を禁じ、
黄金装飾の太刀壱振(国宝)と神馬一頭を献じて永く国家安泰の祈願社としました。
境内にある馬屋には神馬の模型が置いてありました。
開運出世を希望する人は参拝してみてはいかがでしょうか。
- 施設の満足度
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4.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 和歌山城から徒歩10分
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 誰もいなかった
- バリアフリー:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.0
クチコミ投稿日:2014/12/07
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