咸臨丸終焉の地
- 4.0
- 旅行時期:2011/08(約14年前)
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by のださん(男性)
松前半島 クチコミ:15件
あの咸臨丸がここで沈没したとは知らなかった。
咸臨丸は、明治時代には開拓使の輸送船として活躍しましたが、仙台藩(伊達氏)の家老片倉小十郎の家臣達401名を移住させるため、北海道小樽へ向け出航し、その途中北海道木古内町和泉沢沖で暴風雨により遭難し、サラキ岬で沈没しました。
サラキ岬は綺麗に整備され、チューリップが満開となる花壇や、咸臨丸モニュメント、碑などが置かれています。
- 施設の満足度
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4.0
クチコミ投稿日:2013/04/30
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