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上狛駅

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JR「上狛(かみこま)駅」から西へ約400mの上狛環濠(かみこまかんごう)

  • 3.5
  • 旅行時期:2011/10(約14年前)
さすらいおじさんさん

by さすらいおじさんさん(男性)

木津・加茂 クチコミ:30件

JR「上狛(かみこま)駅」から西へ約400m、国道24号「上狛(かみこま)」信号を北へと県道70号に入ると上狛環濠(かみこまかんごう)がある。
上狛(かみこま)は渡来人狛氏の居住地で居住地を含む東西430m、南北420mの環濠集落を城としたもので、狛城といわれ文明年間(1460−87年)狛日向守の築城とされている。
狛氏は興福寺領狛野荘の下司・公文職として大きな勢力を持ち、北の椿井氏と対立した国人(土着武士)で、応仁の乱(1467−87年)では狛山城守秀盛は東軍に属し畠山政長・義就の対抗では狛氏は政長派、椿井氏は義就派で大和へも出陣したが文明15年(1483年)狛山城守は義就派の夜襲を受けて没落し椿井氏の勢力下となった。
戦国の混乱期、上狛の地では有名な国人一揆を経て織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の時代へと変遷し安定した時代になっていった。
街を歩くと、環濠集落跡の堀が南東から南西を通り北西へ抜ける部分が残っている。
かっては堀幅がおよそ3間(約5.4m)もあったそうだが、今は幅が狭くなっている。環濠集落は環濠で囲まれた中に田畑と村があり堀の内側に土塁を築き、竹薮や雑木林を連ねていたそうだ。人々は郷とか垣内と呼ばれる単位で共同生活を営んでいたが、角垣内・城垣内・御堂垣内・磯垣内・殿前・小仲小路・野目代という七つの郷名が通称名となって残っている。
町中は現在も江戸時代の町割そのままに、人がやっと通れる道幅の小路で構成されている。
家屋も長屋門を設けた豪農の屋敷風の民家が目立ち、かっての繁栄の跡が偲ばれる。上狛環濠(かみこまかんごう)も数百年間街並みを残している歴史遺産だ。

施設の満足度

3.5

施設の快適度:
3.5
バリアフリー:
3.5

クチコミ投稿日:2012/03/04

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